ハロウィンの日
「ふぅ……」
温かいミルクココアを用意して、コタツでくつろぐ。明日は土曜日だから仕事は休み。特に予定もないからゆっくり出来る。
本を読もうかな。DVDを見ようかな。買い物に行こうかな。
仕事が忙しいわけでも、嫌いでもないけど、休みの日のことを考えるだけで楽しい。久しぶりに映画見たいかも。
せっかくゆっくりしてたのに、勢いよくドアが開いた。うるさいな。
「久美ぃ、おなか減ったぁ」
ズカズカと入り込んできた充が、背中から圧し掛かってくる。母さんが開けたのかな。いつ帰ってきたんだろう。
「重いよ」
「いいじゃん、別に。ねぇ、久美、おなか減ったってば」
何でこいつはこんなに気安く触るんだろ。充はすぐにべたべたしてくるけど、別に私達は恋人同士じゃない。
「わかったから、退いて」
溜息を吐きながら、渋々キッチンへ移動する。充もそのままくっついて。こういうの、本当やめてほしい。心臓に悪い。
時間も時間だし、冷凍庫にあったうどんをゆでるだけ。たまご、わかめ、かまぼこ、天かす……くらいしかない。
「いただきます!」
出来上がったうどんを嬉しそうに食べ始めた。
高校生って夜中出歩いちゃだめなんじゃなかったっけ。出歩くっていってもすぐそこだけど、今10時過ぎ。充は同じマンションの同じ階に住んでいる。小さな頃からずっと同じマンションだから、いわゆる幼馴染。あちあち言いながらうどんを食べる充。その端整な顔立ちを眺める。うらやましい。
「ごちそうさまでした! ねぇ久美、ハロウィンって知ってる?」
「知ってるよ、それくらい」
この時期ショッピングモールやケーキ屋さんに行くと、ハロウィンの飾りで賑やかになってる。かわいかった、それだけの理由で、私も部屋にかぼちゃの飾りを置いている。
「じゃあさ、ハロウィンの日遊びに来るし、お菓子用意しといてね!」
「何それ。充もお菓子持って来るの?」
「うん! 今さー駅前のケーキ屋で林檎まるごと使ったパイが売っててマジ旨いの」
強引にハロウィンの約束をさせられ、一時間も経たないうちに充は帰宅。何しに来たの。あ、うどん食べにか。
「久美」
充が帰った音に気付いた母さんが、台所に入ってきた。
「どうしたの? 充くん、もう帰ったの?」
「帰ったよ。おなか空いたんだって」
「うどん食べたの? 母さんも食べたいなぁ」
そういって作って欲しそうにじっと見てくる。いいけど。いいんだけど。
「太るよ?」
最近体重計に乗るたびに唸ってるくせに。
「さて、寝ようかなー」
わざとらしい逸らし方につい笑ってしまう。いい年したおばさんなんだけど、かわいらしい人だと思う。自分の母親をほめるのもなんだけど。
「久美は太らなくていいなぁ」
確かに太る体質じゃないけど。親子なのに何でこんなに体質が違うのかな。
「広川さんちも大変ね、相変わらず夜遅いみたいで」
「母さんも充分夜遅いと思うよ」
広川さん、充のお母さんは飲食店、母さんはデパートで、どちらも夜遅い。充は料理が苦手だからよくうちに食べに来る。
「んー、まぁ、遅いといえば遅いかー。久美みたいに6時とかに帰りたい」
それだと母さん、出勤時間が4時間くらい早くなるけどね。朝弱いくせに。
日曜日は家でゆっくりすると決め、土曜日はひとりで買い物に行くことにした。映画館をのぞいて、見たい映画があれば見ようかな。お気に入りのショップをめぐり、洋服や靴、雑貨を見て回る。ハロウィン用のお菓子も買わないと。
「あ……」
充だ。綺麗な女の子と腕を組んで歩いてる。課外の帰りなのか、二人とも制服姿。
「高校生、だなぁ」
お似合いの、高校生カップル。彼女いるくせに、人に抱きついたりして、悪いやつだ。あぁ、女扱いしてないから抱きついたりするのかも。
私は19歳で、充は18歳。年齢だけ聞くと問題なさそうなのにね。19歳社会人二年目と、18歳高校三年生。もっと年を取れば気にならない年齢差も、この年だとちょっと、って感じ。
「高校生には高校生がお似合いだよね」
胸がジクジク痛むなんて、気のせい。
「やっぱり彼女、いたんだなぁ」
それはそうだ。頭は悪いけど顔は良くて、優しいし。
「はぁ……」
買い物は日曜日にすればよかった。そうすれば見なくてすんだかもしれない。傷つかずにすんだかもしれない。
「今更何を言っても、」
事実は変わらない。泣いてなんかない。そんなに充のこと好きじゃなかった。全部、気のせい。
「久美、ただいま!」
「……おかえり」
学校から直接寄ったみたいで、学校指定のバッグを持ったまま。
「じゃーん、まるごとアップルパイだよ! 紅茶淹れてー」
催促されるまま、紅茶を淹れる。淹れると言ってもティーパック。コーヒーなら豆があるけど、紅茶はない。母さんはコーヒー派、私はココア派。
球体のパイにフォークをいれる。サク、とパイ生地を進み、甘く煮た林檎が顔を出す。ほんのりと温かく、シナモンの香りが漂う。
「美味しい」
「でしょー?」
充はにこにこと楽しそう。心臓がきしきしする。
「久美のお菓子は?」
「……ないよ」
用意しなかった。忘れていたわけじゃない。わざとだ。そんな気になれなかっただけ。
「また今度買って来る。ごめん、調子が悪いの、寝るね」
返事を待たず、引きこもる。ベッドにもぐり、目をぎゅっとつむった。
「久美」
ドアがノックされ、開かれた。私返事してないのに。
「どうしたの? 風邪?」
ゆっくりと布団越しの背中を撫でる、充の手。大きくて、筋張っていて、いつの間にか男の人の手になっていた。昔は私の手の方が大きかったはずなのに。
「ストレス」
「会社で何かあったの?」
首を横に振る。
「……美人に生まれたかった」
「は?」
もう二年、あとに生まれたかった。充と同じ年になりたかった。
「充の、彼女みたいな美人になりたかったな……」
「は? 彼女? ……ねぇ、久美」
ばさりと、布団がはがれた。寒い。
「何」
「……お菓子ないならさ、いたずらしちゃおっかな」
充が私の頬に触れた。後ろ向きだから、顔が見えない。充、今どんな表情してるの。
そのまま首筋を撫で、背中を撫で、腰に触れる。
年下だとか、高校生だとか。もう、どうだっていい。
「いたずら、して」
私は振り向いて充の背中に手を回した。