はりねずみのジレンマ
連続で投稿します。見てくださる人がいるかは、わからりませんが……。見ていただけたら最高にうれしいですね。
これあらすじがあらすじじゃねえだろ、と思った方。正解です。
この作品は途中からわけわからなくなると思いますが、最後まで読んでいただければ、なんとなく理解できるのではないかと……。
微妙ですいません。
では、どうぞ―――
よく喧嘩をする女友達がいた。名前は彩華という。
名前だけ見れば可愛らしいものだ。しかし、名前の印象と人格が必ずしも一致するわけじゃない。そりゃ、たまには名前の印象とピッタリな人格の人間がいるかもしれない。だけど、彩華は一致しない方の人間だった。
目が合えば口喧嘩が始まり、さらに取っ組み合いの喧嘩になって、自分が女だということを武器に彩華はおれをボッコボコにした。もちろん、女を殴るほどダメな人間じゃないおれは、なす術もなくボッコボコにされた。
そんな感じの喧嘩があったけど彩華が一方的におれを苦しめたわけじゃない。おれだって反撃はするさ。
記憶に新しいのが、彩華の靴にミミズを入れてやったときのこと。やつは靴をはいたと同時にミミズを踏み潰し、その感触に悶絶していた。あのときはスカッとしたね。
と、まぁ。こんな喧嘩を高校一年生の頃から繰り返してすでに二年。すでになんでこうなったのかは覚えてないけど、おれにはこんな感じで喧嘩ばかりする女友達――彩華がいた。
「……いや、でもこれはどうだろう」
おれは一言呟く。今、おれの目の前には『これはどうだろう』という光景が広がっているのだ。
「……なにが?」
彩華が目つきを鋭くして、おれを見上げた。
――そう、見上げたんだ。
「なにがって言われても、この光景?」
なぜ、彩華はおれを見上げているのか。それは、彩華が今布団の中で寝込んでいるから。そして、おれは彩華のとなりで看病をしている。つまり、おれが彩華の布団のとなりであぐらをかいていて、彩華は布団からおれを見上げている。というわけだ。
「……なによ。いくら二人だけだからって、あたしに欲情しないでくれる?」
「黙り散らかせ。誰がお前に欲情するか。お前に欲情するか、PKO活動に参加するか。っていう二択があったら、迷わずPKO活動に参加するわ」
実はウソだ。ちょっとだけ迷う。
「……それちょっと傷つくんだけど」
彩華が小声で何かを呟いた。あまりに小さすぎてよく聞こえない。あまり聞こうとしていなかった、ってのが正直なところだ。なぜなら、今頭の中を整理しているところだから。
なぜ、喧嘩ばかりしている女の看病をしているのか。それには深い理由がある。
理由その一、彩華がおれの目の前でぶっ倒れやがったから。放課後、いつもの如く教室でボッコボコにされてしまったおれが、彩華のくつにカエルを仕込んでやろうとした時だった。偶然、そこへ通りかかった彩華に現場を目撃され、おれが逃げようとした瞬間に彩華はなぜかぶっ倒れた。カエルがダメだったのかと思って保健室に連れて行ったところ、彩華は熱を出していたらしく、それなのに激しく動き回ったせいでこうなったらしい。
保健室の先生が彩華の自宅に連絡をとったところ、両親は不在だったらしい。先生もこれから用事があるらしく、彩華を看ているわけにはいかない。そこで白羽の矢が立ったのが、おれだ。「家まで連れて帰れ」と先生に言われ、背中に彩華をおぶってコイツの家まで来た次第である。
理由その二。おれは彩華のことがそんなに嫌いじゃないから。これは理由になってないかもしれないが、わざわざ彩華を家まで連れて帰ったのはこれが主だった理由だ。コイツのことが嫌いだったら、保健室だろうがどこだろうが、放っておいて自宅に帰っている。
以上が深い理由である。
「……おれ、なにすればいいんだ?」
「……さぁ」
素っ気無い返事を返す彩華。マジで何をすればいいのかわからない。
ここは彩華の部屋らしいんだが、コイツの印象とは違い、結構女の子らしいものがたくさん置いてある。ぬいぐるみとかぬいぐるみとかぬいぐるみとか。
「……お前ぬいぐるみ好きだな」
「う、うるさいわね」
彩華は少し頬を赤くして、明後日の方向を向いてしまった。
ますます何をすればいいのかわからなくなったおれは、とりあえず立ち上がって部屋の散策でもすることにした。
「どっこらせっと……」
「あ、あんたなにやってんの?」
おれが立ち上がった瞬間に、こちらを振り向く彩華。まだ、ほんのりと頬が朱に染まっている。あ、そういうばコイツ熱出してるんだったな。
「なにやってんの? って……部屋の散策、をやろうとしてた」
「しなくていいから」
「そーかい。じゃ、お前が寝てから散策させてもらおう」
「絶対寝ないから」
「そうかよ。……ところで、台所ってどこ?」
「……なに? いきなり」
眉をつりあげておれを睨む彩華。完璧におれを警戒してやがる。
「今まで忘れてたが、お前熱あるだろ」
「ついさっきのこと、もう忘れたの?」
「いいから。どこだよ、台所」
「……階段下りて右に行ったところ」
彩華は渋々といった様子で答える。まったく、人が厚意でやってやろうというのに……。
「ちょいと待ってろ」
おれは自分のカバンからタオル――もちろん新しいやつ――を出して、台所に向かった。熱冷シートがあればいいんだけど、勝手に人の家を探し回るのはよくないだろう。タオルを濡らして額においてやれば、気休めにはなるだろうと思う。
階段を下りたおれは右手にある台所にむかった。蛇口を捻り、タオルを濡らしてよく絞る。思った以上に水が冷たかったので、ちょっとビックリした。
そしてさっき下りた階段を上り、彩華の部屋に。彩華は体を起こして、布団に座っていた。
「おいこら。病人は寝てろ」
「うるさいわね」
うるさいわね、と言いつつも彩華は再び布団の中に入っていった。なんだこいつ。言ってることとやってることが反対すぎる。
とりあえず彩華の隣であぐらをかいた。次いで、彩華の前髪をかきあげて、額に湿ったタオルを置く。
「……つめた」
「これくらいがちょうどいいんだよ」
さて、これでやることはやったかな。手持ち無沙汰になってしまった。
「……あ、はりねずみ」
ふと彩華の机の上に視線をやると、はりねずみのぬいぐるみを発見。それをヒントに、ある話がおれの頭の中に浮かんでくる。
「なによ、あったらいけないの?」
「だれもいけないなんて言ってないだろ。可愛いじゃん」
「え? ……可愛いって?」
「ば、バカタレ! はりねずみ! はりねずみのことだよ!」
「わわ、わかってるわよ! そんなこと!」
ま、まったく。わかってるならへんな感じで聞き返すなよ……。ガラにも無く、少し慌ててしまった。
このままだと非常に気まずい感じだったので、さっき頭の中に浮かんだ話をすることにした。
「……なぁ。ヤマアラシのジレンマ、って知ってるか?」
「え? はりねずみのジレンマじゃないの?」
なんとか話を変えることに成功。
「はりねずみのジレンマって言われるようになったのは、『新世紀エヴァンゲリヲン』の第四話のサブタイトルが影響していると言われている。正確なのはヤマアラシのジレンマだ。ドイツの哲学者、ショーペンハウエルって人の話だ」
「……なんでそんなこと知ってんの?」
彩華は非常に驚いていた。その拍子に、額のタオルが落ちてしまったので、彩華の額に置きなおす。そして質問に答えた。
「趣味だから」
おれの趣味は雑学を調べつくすこと。まぁここでは関係ない。
「んで、知ってるか? その話」
「……知らない」
「よし、ヒマだから話してやるよ」
おれは覚えている限りの情報を、出来るだけわかりやすく話す。
ヤマアラシのジレンマ、というのは前述したようにドイツの哲学者ショーペンハウエルという人の寓話である。場合によって、ショーペンハウアーと呼ばれることもある。
寒い冬の日、ヤマアラシは寒さを凌ごうと、もう一匹のヤマアラシと抱き合って互いを暖めようとする。
「だけど、そこで問題が生じるんだ。わかるか?」
「……針が邪魔するの?」
「正解」
寒さを凌ぐため、抱き合った二匹のヤマアラシだが、互いの針が邪魔をして相手を傷つけてしまう。だけど、抱き合わないと寒さで凍えてしまう。
「そこで、二匹のヤマアラシどうしたと思う?」
途中で区切って、彩華に問いかける。これを繰り返していれば、わりと長く話せるし、彩華も考えることが出来るから、結構面白くなるだろう。
「……痛みを我慢して、抱き合った」
「残念、不正解。それじゃ痛みと寒さで、温かさなんか感じられないだろ」
「……じゃ、正解は?」
むすっとした顔で彩華は聞いてきた。
少し間をあけて、正解を言う。
「正解は、抱き合ったり離れたりを繰り返した、だ」
「……どういうこと?」
「まぁ続きを聞け」
おれは話の続きを話した。
二匹のヤマアラシは、くっついたり離れたりを繰り返し、あまり痛みを感じずに互いの温もりを感じられる距離を見つけた。そして、夜の寒さを凌いだ。この二匹はその後も幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
「まぁ実際のヤマアラシは、頭と頭を引っ付けて寝るんだけどな」
最後に一つ付け加え。
「それ言わなかったら、最高にロマンチックだったのに」
「そうか? まぁ所詮は寓話だな」
「……」
「……」
――会話が、途切れた。
あれ、おれなにか間違えた? この話をするっていうのはナイスなアイデアだと思ったんだが……。あ、もしかして最後の付け加え? それか。いや、それしかないだろう。
「ねぇ」
おれが一人で悩んでいると、彩華が唐突に口を開く。
「なんだ?」
「あたしたち、なんで毎日喧嘩してんだろうね?」
「さぁな。もう忘れた」
「あたしも」
意味の無い会話を漠然と続ける。
「たぶんあんたが原因よ」
「しらねーよ。たぶんお前だろ」
責任の擦り付け合いになっていた。意味がない。おれはどうせなら有意義な会話がしたかった。
「いいや、絶対あんたが原因」
「ちがーう。絶対お前だ」
あぁ、なんでヤマアラシのジレンマなんて話をしたんだろう。今のおれが、まさにそんな状態だ。自分が本当に言いたいことを言えず、なぜか喧嘩をしてしまっている。互いの針で互いを傷つけあっている状態。これじゃなにも始まらない。
「……喧嘩の原因、わかったかもしれねぇ」
おれは突然、話を切り替えた。意味のない会話から、意味のある会話へ。
「言ってみないさいよ」
言う前に、いいわけを一つ。
たぶんこんな話をするのは、おれがタイミング悪くヤマアラシのジレンマの話をしたせいだ。彩華と喧嘩してる最中にヤマアラシのジレンマの話をしていたら、きっとこんなことにはなっていない。
でも今は、目の前で彩華が寝込んでいる。いつもは男勝りな女が、女の子っぽい顔で弱々しく布団の中で咳き込んでいる。
たぶんこのシチュエーションがまずかったんだ。
「喧嘩の原因……それ、たぶんおれがお前のこと好きだからだ」
「……え?」
恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
いや、これはこのシチュエーションのせいだ。それがおれを狂わしたんだ。
心の中で言い訳を唱えながら、間髪いれずに話を進める。
「ヤマアラシのジレンマ状態なんだよ。おれはお前が好きなんだけど、でも喧嘩ばっかりしてるから、言いたいことが言えない。ちょうどいい距離が見つからない。だから、いつまでも喧嘩が続く。あぁ、いつになったら痛みを感じずに暖めあえるんだろう、って思いながら一年以上経っちまった」
彩華の顔をみないよう、はりねずみのぬいぐるみを見た。
「このまま寒さにやられちまうのかな、って思ったときだ。……このシチュエーションだよ。今のこのシチュエーションがおれを狂わしたんだ。
さっき言ったろ。お前に欲情するか、PKO活動に参加するかの二択の話。迷わずPKO活動だって言ったけど、あれウソ。たぶんちょっと迷う。いや、さすがに欲情はしないけど……」
気が付けば、思ったことをべらべら喋りまくっていた。
もう後戻りは出来ない。今のこのシチュエーションを呪おう。いけないのはこのシチュエーションだ。いや、保健室の先生だ。おれにコイツを連れて帰らせたから、いけないんだ。
彩華は布団で顔を隠して、ずっと黙っていた。
おれはずっとはりねずみのぬいぐるみを見ていた。
そのままの状態で十分くらい経っただろうか? 先に口を開いたのはおれだった。
「……そろそろ帰るわ。おだいじにな」
このまま帰ったら、たぶんダメだ。そう思ったけど、もう帰る、以外の言葉を見つけられなかった。
ゆっくりと腰を上げて、彩華の部屋をあとにしようとした。その時だった。
「……ま、待ちなさい」
彩華の声がおれを引きとめた。
振り返ると、体を起こしておれを見据える彩華の姿。手には、おれが持ってきたタオルを握り締めている。
「……たぶん、まだ……ちょうどいい距離を見つけられないと思う」
彩華はゆっくりと言葉をつむぐ。
「痛みも感じずに温かさを共有できる距離って、そう簡単に見つけられるものじゃないでしょ。たぶん、ヤマアラシも苦労したんだよ」
「……苦労したんだろうな」
「だから……」
彩華の口が閉じられた。
おれは再び口が開くのを待つ。
「だから、喧嘩しようよ」
再び開かれた彩華の口がつむいだ言葉はそれだった。彩華の笑顔つきで。
「喧嘩して、喧嘩して。たぶんそれでちょうどいい距離を見つけられるんだと思う。……ためしに今度、手をつなごう? そこから、ちょうどいい距離を測ってみようよ」
おれは急いで彩華を視線からはずした。
いや、これ以上は直視できない。だって、あれだ……。いつも喧嘩して、笑顔なんか見たことないから。……その、たまにああいう笑顔を見ちゃうと……もうとんでもないくらいドキドキしちゃうわけで。心臓、ぶっ壊れるんじゃないかと思うわけで。
苦し紛れにおれが言った一言は、あまりにも雑で男らしくなかった。
「そ、そそそのタオル。今度返してくれればいいから」
「……ぷっ」
後ろから聞こえた笑い声は聞こえなかったことにする。
きっと、今度手をつないだとき、おれはヤマアラシのジレンマから開放されるのかもしれない。
どうでしたでしょうか。
うん、ビミョーだね。くらいに思っていただければ幸いです(`・ω・´)




