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2.Aチーム、特攻しないでじわじわ前進 (vol.1)

「やっとこれ、脱げるのか」

 トリコが、スーツのヘルメットを外したのは、黒猫の魔獣を呼び戻した後だった。

 機関室から、正常濃度の酸素がある場所まで出て、先にジョン太がシールドを開き、呼吸可能か確認した。

 右サイドの乗務員用バックヤードと違って、左サイドは駆動系が占めていて、この先は連絡通路からいきなり客室だ。

 通常、客室との行き来は無い場所なので、侵入経路は点検口だけだった。

「テスターも使わないで、よくシールド開けるな。ハイブリットの方が無酸素状態に耐えられるっても、二、三分長いだけだろう」

 このメンバーの中では、一番地球外の活動に慣れているレビンが言った。

「シールド戻して、元通り呼吸出来る様になるのに、十秒も掛からんだろう。大体、魔界でテスターの信頼性なんざ気休めだ」

 ジョン太は平然と言い切った。

 まぁその通りで、怖いのはパニックになる事だ。

 後、気体に毒物を混入される可能性。

 後者は、この船の構造上、一部の大気だけ汚染させるには、エアロックや非常用シャッター等の設備を閉じる必要があるので、行われていないだろうと推測出来る。

 今後実行されないという保証は無いが。

 通常、人の出入りがあまり無い場所は、照明も消されている。

 ヘッドランプを頼りに、宇宙服を脱ぎ捨てて私服に着替える。

 体にぴったりしていて、裸同然のシルエットが出るアンダースーツ姿のトリコを、野郎三人がガン見する。

 こいつ四十近い上に運動嫌いなくせに、何んでこんなええ体してんだよ…と、ジョン太は内心思った。

 五年前くらいまでは、心身成長同調不全症候群という、魔界出身で、魔力の高い者だけが患かる病気で、外界では中学生みたいな外見だったので、実年齢と肉体年齢は違うのかも知れないが。

 それでも、二年前に退職した時よりは、年相応の外見に近付いている。

 まぁ、昔の年相応ではなく、アンチエイジング治療が一般化してからの外見で年相応ではあるのだが。

 もちろん、通常の嗜好の男なら、守備範囲内だ。

 レビンとエイハブとジョン太に、巨乳をガン見されたトリコは、とりあえず代表でジョン太を殴る事に決めたらしい。

 避けた時の精神的ダメージより、避けない肉体的ダメージの方が破格に低いので、ジョン太はトリコのパンチを軽く受け流した。

 それから、ショルダーホルスターを素早く装備して、両脇にレトロなリボルバーの拳銃と、古くさい小型の短機関銃をぶち込み、上着を羽織った。

 普段は、拳銃二丁という組み合わせが多かったのに、めずらしいな…とトリコは考えた。

 おそらく、銃の威力より弾数優先で、この選択になったのだろう。

 リンクは張っていないが、二人で組んで仕事をする事が多かったので、お互い手の内は良く分かっている。

 エイハブとレビンも、かなりの年数裏家業を続けて来た仲間だ。

 二人編成の二組が組んだ状態だが、Aチームの指揮権はジョン太にあるので、エイハブは一歩下がって装備を調えた。

 ブーツに、湾曲した刃のごつい山刀を仕込み、上からジーンズで隠す。

 レビンは、細いワイヤーの様な物を、暗い中、迷いのない動作でベルトや手首や上着の中に仕込む。

「じゃあ開けるぞ」

 この中では唯一ハイブリットで、暗視能力の高いジョン太が、宇宙服のヘッドランプを消し、点検口の入り口を暗い中で解錠する。

 細い隙間から、光が流れ込んだ。

 点検口が開かれ、四人は客室層の廊下に出た。

 照明は通常の状態で、四人は少しの間、眩しさに顔をしかめた。

 点検口を元通りに閉めたジョン太は、しばらく周囲の様子を伺ってから、普通の人間バージョンに姿を変えた。

 身体能力は、この状態の方が若干落ちるのだが、魔力は高い位置に保てる。

 そして、何より目立たない。

 身長二メートル弱の、無駄に男前な中年が、目立たないと云えば嘘になるのだが、原型タイプのハイブリットに比べれば、地味な存在感だ。

「近くには誰も居ないが、この先はヤバイな」

 トリコは、船内図をポケットから出して広げた。

 いつの間にか、黒かった髪の毛が、昔と同じ赤毛に戻っている。

 魔力の高い人間は、魔界に入ると無意識で外見が変わる事がある。

 彼女にとって、魔界ではこれが自分的に自然な姿なのだろう。

「気配は分かるか」

 ジョン太は尋ねた。

「何だかざわざわしてるな」

 トリコは答えた。

「通路のこっち側って厨房だっけ…誰か居るぞ」

 鯖丸が要求した設計図とは全く違う、単なる見取り図だが、乗務員用の物なので、バックヤードも記載されていた。

 何事も無く、誰にも遭遇せずに来れば、この場で反対側から来たBチームと合流するはずだった。

 しかし、リンクを張った相手が近くに来れば、普通は分かる。

 Bチームのルートの方が、少し長いからな…と、ジョン太は考えた。

「よし、レビン行け」

 容赦なく言った。

「俺がか?」

 一番魔力の高いトリコか、リーダーのお前が行くんじゃないのか…という表情だ。

「お前が一番、低重力での動作が確実だ。見つからない様に様子を見て来い」

「そいつは」トリコの方を見て「擬態が使えるだろう」

「全裸にならないと使えないし、こんな環境じゃすぐバレるわ。お前が行け」

 トリコも、容赦なく言った。

「お前ら非道いな」

 文句を言いながら通路を進んだレビンは、直ぐに戻って来た。

「乗務員が一人居る。見張りは居ない。食事の用意をしている様だ」

「一人でか?」

 百二十人分の食事を、一人でと云うのは厳しそうだ。いくら、宇宙船のミールキッチンがシステム化されていても。

 人質が死なない程度には、水や食事を与えられているはずだが、おそらく良い待遇ではないだろう。

「話を聞こう。トリコ、入り口を見張れ」

 見張れと云うより、誰も来ない様にしろという意味だ。

「めんどい事押し付けるなよ」

 トリコは、客室に繋がるドアの前に立った。

「騒がれると面倒だ。取り押さえてから話を聞くぞ」

 ジョン太は言い切った。

「お前、意外とひどい奴だな」

 エイハブは、呆れた顔で言った。

「魔法使いとしては、優しい人柄だと思うけどな」

 言った次の瞬間に、ジョン太の姿はその場からかき消えた。

 瞬きする間に、食事の用意をしていた乗務員は、音も無くがっちりと拘束されていた。

 戦闘用ハイブリットの反射速度と身体能力は、普通の人間や一般的なハイブリットとは、全く違う。

 だから、てめーが最初から行けば良かったんだ…と文句を言っているレビンを無視して、ジョン太は乗務員をがっちり押さえ込んだまま、小声で話しかけた。

「暴れるな、国連宇宙軍だ。救助に来た」

 東南アジア系の男は、目を見開いた。

 もちろん、ジョン太やトリコやエイハブ、レビンの四人は、国連宇宙軍でも何んでもない。雇われているだけだが、一瞬で理解出来る肩書きを名乗った方が、面倒が少ない。

 男は、少し拘束を緩められて、無言でうなずいた。

 完全に拘束を解かないのは、テロリスト側の偽装の可能性がゼロではない事と、パニックを起こされるのを避ける為だ。

「質問に答えろ、人質は無事か」

 男はもう一度うなずいた。

「ここを制圧してる連中は、何人居る。配置は?」

「客室に四人、左右のエアロックに一人ずつ、操縦席に二人、他にも居るはずだが、人数は分からない」

 冷静な口調だ。

「こいつ、嘘ついてると思うか?」

 トリコに聞いた。

「いや、本当だろう。調べようか」

 トリコは、見張りのポジションをエイハブと交替して、側に来た。

 指先で、乗務員の額を軽く触る。

 ジョン太が抱きかかえる手の中で、男が一瞬がくがく震えた。

「本当だ。これで間違ってたら、私の手に負えない魔法使いだ」

 ジョン太はうなずき、乗務員の拘束を解いた。

「何んなんだ今の。あんた達も軍人じゃなくて魔法使いなのか」

「あんた達もって言ったな、こいつ」

 エイハブは、ドアの前で身構えたまま言った。

「テロリスト達も魔法使いなのか?」

 ジョン太は聞いた。

「そうだよ、全員かどうかは分からないが。なぁ、もう仕事に戻らせてくれ。遅れたら人質がどうなるか分からん」

 乗務員の表情は真剣だった。

「俺が手伝う。作業しながら話を聞かせろ」

 レビンが、腕まくりして乗務員の隣に立った。

「短期だがシャトル乗務員の経験がある。指示を出せ」

「分かった。そこのカートに飲料水とDからEのストックを積めるだけ積んで搬出。軽食用のミールを十人分用意。内、二つはベジタリアン用で」

 レビンが、壁に差し込まれたカートを次々引き出して、飲み物と食料を詰め込み始めた。

 その間に、乗務員はミールを解凍しながら話を続ける。

「あいつら、まともじゃない。人質が百人以上居るんだ、何人か殺しても痛くも痒くもないって態度だ」

「乗客は、今無事なのか」

 ジョン太は、レビンの作業を手伝いながら聞いた。

「メッセンジャーとして外へ出された四人を除けば、今の所は。しかし、機長と副操縦士は怪我をしている。怪我の程度は、私には分からない」

「俺達が魔界に入った時点では、メッセンジャーは二人だった。新しく出されたんだな」

 ジョン太はうなずいてから、乗務員に言った。

「投薬が必要な乗客が四人居る。気が付かれない様に薬を渡せるか?」

「お客様の持病は把握しています」

「お前、プロだな」

 カートに、がんがんドリンク類を詰め込みながら、レビンが言った。

「よし、チャンスがあったら薬を渡せ。無理はするな」

 ジョン太は、内ポケットから薬の束を取り出して、乗務員に渡した。

 それから、眉をしかめて聞き耳を立てた。

 一瞬だけ、ジョン太の姿が原型タイプのハイブリットに戻ってから、今の姿に落ち着いた。

「誰か来る。一旦戻るぞ」

 言ってから、乗務員に聞いた。

「俺達が人質の中に紛れ込むチャンスはあるか?」

「分からない。乗客を危険に晒すのはやめてくれ」

 それから、付け加えた。

「私の他に、二名の乗務員が、人質とあいつらの世話に残されている。二人には、どうにかして救助が来ている事と、出来れば協力する様に伝える」

「済まん、頼んだ」

 ジョン太は、もたもたしているトリコの襟首を掴んで、通路の奥にに飛び込んだ。

 エイハブとレビンが続く。

 暫くして、今まで居た場所で「遅い、何やってた」という声と、壁に何かが叩き付けられる音がした。

 幸い、カートが運び出される音も聞こえたので、四人はその場で、人の気配が無くなるまで、息を潜めた。


 メッセンジャーは、船首右側のハッチから、月面に放り出された。

 安全上エアロックではあるが、通常は機密構造の通路で、ステーションと繋げるのが普通だ。

 ハッチは地上から二・五メートルの高さにあった。

 落ちて死ぬ様な高さではないが、1Gで宇宙服を着ていたら、大怪我をする様な距離だ。

 月面でも、非常時の脱出にはシューターを使う。

 地面に落ちた二人は、どうにか助け合って立ち上がった。

 しばらく、その場で立ち尽くしていたが、歩き出す。

 二人とも、無器用な動作だった。

 船の背後に居る基地車からも、それは見えた。

 狭い窓から見ていたロンとティンマンが、宇宙服を装備していたので、出ようとする。

「待て、今保護すれば、我々の存在が知れる」

 マクレーが止めた。

「少し移動すれば、岩陰に入る。それまで待て」

「自分が、ローバーで回り込みます」

 ユートが申し出た。

「私も行きます。あの人達、多分地球人だわ。今の落下で怪我してるかも」

 ファニーメイが、髪の毛をバラクラバに押し込んで、軽装宇宙服に手を掛けた。

 私物らしく、パールピンクの外装が可愛い。

「君はダメだ。ライル…」

 回復系の使える部下に声を掛ける。

「スーツ越しに、回復魔法使える人は、あまり居ません。私が行きます」

 十四歳の少女は、有無を言わせず地球人には真似の出来ない速さで、スーツを着装した。

「月でも魔界に入った事があるんだな。立ち入り禁止なのに、悪い子だ」

 マクレー…バットは、少し表情を歪めて笑った。

「割と多いですよ、そういう子」

 ファニーメイは軽く流して、ユートの後に続いた。

 エアロックを通り抜け、暫くしてローバーが、船から視認されない様に回り込みながら、指揮車を離れた。


 二人のメッセンジャーは、ファニーメイの予想通り地球人だった。

 一度目と同じく、やはり男女のペアで、二人とも他人と云うのも同じだ。

 お互い、妻と夫を楯に脅されて、必死になって境界を目指していた。

 ファニーメイが回復魔法をかけたので、落とされた時の打撲傷と捻挫は、大方治っていたが、怯えた様子で訴えた。

「お願いします、メッセージを届けないと夫が殺されます」

「妻は、コロニー出身ですが、出産の為に月へ来たんです。このままでは妻も子供も…」

 必死な様子の二人を、バットはなだめた。

「落ち着いて。ここから外界まで、ケーブルが繋がっている。通信は出来ます。先ず、渡されたメッセージを」

 男の方が、震えながら手書きのメッセージを差し出した。

 女の方も、全く同じ物を持っていた。

 二人居るのは予備なのだ。

 どちらかが倒れても、人質を取られているメッセンジャーは、相方を置き去りにしてでも、必死で外界を目指すだろう。

「23、これ、基地車に送信」

 バットは、A4のレポート用紙にマジックインキで書かれたメッセージを、コンパネの前に陣取って、ジャックインプラグで指揮車全体を制御している風変わりな軍人に命じた。

 魔界名も妙だが、外見も男なのか女なのかすら分からない。

 フリッツの部下で、かなり魔力は高いが扱いにくいという話しか聞いていない、

 23は返事も無かったが、すごいスピードでメッセージを送信した。

「メッセンジャーは基地車に引き取り。了解?」

 声を聞いて女だと分かったが、軍人にはあり得ないコミュ障振りだ。

「了解」

 そこそこ慣れているので、バットは了解して、予備のメッセージを読んだ。

 サウスシティーに拘束されている同志を解放し、地球までの飛行能力のある船を用意する様に書かれていた。

 船の機種指定と、ここまで飛んで来て、パイロットを人質として拘束する事。更には、現在押さえている人質の中から数名を同行させる事。地球での着陸地点の詳細と、手出しすれば月に残った同志が乗客を一人ずつ殺す事。

 武装解除したメッセンジャーを、こちらから一名送る事。

 最後に、北ルミビア解放同盟のサインがあった。

 返信のタイムリミットは、二時間後になっていた。

 境界の外に、宇宙軍が控えている事を想定した時間設定だ。

「ドリー、君が行け。百分後に、外界からの移動を装って接触、メッセージを伝えろ」

「はい」

 髪の毛全体を短く刈り込んだ軍人は、敬礼して答えた。

「じゃあ、伝言も終わった事ですし、船内の様子を詳しく話してもらえますね」

 バットは促し、メッセンジャー二人は、まだ怯えた表情のままうなずいた。


 BチームがAチームと合流したのは、乗務員がおそらくテロリストにぶん殴られつつ、飲み物と軽食を運べるだけ運び出した後だった。

「思ったより酷い状況だな」

 フリッツは苦い表情をした。

「そうだが、誰だお前は」

 ジョン太が聞いた。

「そういうおっさんは誰だ」

 ピーターがジョン太に聞いた。

 それから、フリッツに言われた事を思い出したらしく「魔法整形ってそんな事も出来るんだ、俺もやってみるからコツを教えろ」と言った。

「お前は連絡係だからいいんだよ」

 バニーにまた、どつかれている。

 今までの経緯を短く説明したジョン太は、一度指揮車に戻ってメッセンジャーの安否を確認して来る様に言った。

「分かった、ここバミっといて、転送ポイントにするから」

 シールドを閉じたピーターは、その場から消えた。

 合流した二チームは、ピーターの帰還を待ちつつ、双方の報告をした。

 乗客は、今の所死者も怪我人も居ない様子だが、パイロット二名の安否は気掛かりだ。

 それから、乗務員六名の内二名は救出、三名は人質の世話に残されているとして、残り一名の行方がまだ不明だ。

 貨物室に居るらしい人物が、乗務員なのかテロリストなのか乗客なのかも今の所不明だ。

「どうにかして、客室まで入れないか」

 ジョン太は、鯖丸に聞いた。

「通気口から行けるけど、気が付かれない様に出るのは無理だよ。何かあったら突入出来る様に隠れてるのは可能だけど」

 図面を出して、通行可能なルートに線を引いた。二ルートある。

「それから、バックヤードと貨物室を通って、後部客室トイレの真下に行ける。これは、非常用のシャトルと宇宙服の格納庫横を通るから、多分見張りが居る。魔界では通信出来ないから、見張りはぶちのめせばいいと思うけど、向こうにもリンク張ってる奴が居たら、相方は気が付くな」

「忍び込めないなら、連れて行ってもらえばいいだろう」

 エイハブが提案した。

「今まで隠れてた乗客を装えばいい。わざとドジって発見されて、そのまま人質追加だ」

「乗客名簿チェックされたら、アウトじゃないのか」

 トリコが聞いた。

「名簿は船内にあるが、詳細データは外部だ。魔界内では確認出来ない」

 ジョン太は、少し思案して、言った。

「そうだな、エイハブの提案で…」

「ジョン太、指揮官はフリッツだ。勝手な判断するな」

 鯖丸は言った。

 ジョン太は、本当に意外そうな表情をしたが、直ぐに謝った。

「指揮系統が複数だと混乱するな。悪かった」

 フリッツは、あまり表情を変えなかった。

 原型タイプのハイブリットから、普通の人間タイプに魔法整形しても、顔に出る喜怒哀楽は、整形前と変わらない。

「エイハブ案と、鯖丸の提示したルート両方で行く。先ずピーターが戻るのを待とう」

 皆はうなずいた。


 ピーターが戻るまでの間、とりあえずチームを再編成した。

 人質グループと、潜入グループ。

「エイハブ、バニー、レビンは、通気口で待機、これは動かせん」

 フリッツは断言した。

「何でだよ、俺達のスキルが低いとか…」

 エイハブが反論した。

「いや…見た目一般人じゃないんだよ、君ら。乗客として、あまりにも不自然だ」

「何処がだ」

 両腕(おそらく見えない所も)刺青だらけのエイハブと、ぴっちぴちのジャンプスーツに身を包んだバニーが言った。

 自分で分からないとは、病の根が深い。

「ジョン太も目立つから、通気口組な」

「お前の方が目立つだろうが。何んだそのVシネマのヤクザみたいな服装は。トリコもどうにか出来なかったのか」

 ジョン太は反論した。

 まぁ、服装はジョン太の方が普通だ。

「俺、何か変か?」

 自覚症状のないフリッツは、聞き返した。

「フリッツ、私服が残念」

 鯖丸に言われた。

 絶対に、こいつにだけは言われたくない人選だ。

「トリコ、本当にどうにか出来なかったの?」

「服装は個人の自由だからなぁ…」

 トリコは、真顔で言い切った。


「俺の精神的苦痛は、外界に出てから謝罪してもらうとして…」

 素肌(外見上は。実際には軍用アンダースーツを着ている)に白のサマーセーターという、くつろいでいるVシネマのヤクザみたいな服装のフリッツは、問題点が全く分かっていなかった。

「乗客に偽装するなら、武器は持てん。選択肢はアウラとトリコしか無い」

 外見も、小柄なアーリア人と普通の東洋人の体格だ。油断は誘えるだろう。

「それから、俺も乗客組だ。これ、預かっててくれ」

 大振りのサバイバルナイフを二本、ジョン太に寄越した。

 更に、身体検査されて見つかるとヤバイ装備品全部を取り出した。

 Bチームで持っていた医薬品、乗客や判明したテロリストの名簿、船内図。

 トリコとアウラにも、乗客なら持っていると不自然な物を、全て出させた。

「じゃあ、俺とピーターは貨物室?」

 鯖丸は聞いた。

 自分の武器は、このメンバーの中で一番目立つ。

 乗客として潜入するなら、手放さなければ無理だろう。

 近距離なら手元に呼べるが、二年も使っていない刀を、どの程度の距離まで操れるかは、正直やってみないと分からない。

「貨物室は低酸素状態だと思うが、行けるか?」

 フリッツに聞かれた。

 鯖丸はうなずいた。

「行けるけど、途中に居る見張りと、貨物室に居る奴は、こっちの判断で処理していい?」

 フリッツは一瞬考えた様だったが「かまわん」と答えた。

「相手がテロリスト側じゃなかったら、ピーターに保護させろ。後はお前の判断に任せる」

「不可抗力に見せかけて、殺すかも知れないよ」

 鯖丸は、真顔だった。

「聞かなかった事にする」

 フリッツは言ってから、付け加えた。

「お前はそんな事しないだろう。最悪、乗客が無事ならそれでいい」

「そこまで信用すんなよ…」

 正直、あいつらに出くわしたら、自分でも何をしでかすか自信が無い。

 皆の背後に、ピーターが出現した。

 指揮車からそのまま移動して来たのか、宇宙服のシールドは開けっぱなしで、高カロリーの行動食をパックからすすっている。

 人数分をそのまま床にばらまきながら、慌てた口調で報告した。

「ドリーだっけ、あの、美人なのに残念な丸刈りのねーちゃん。もうすぐメッセンジャーでこっち来るぞ。それに合わせて、Cチームが入るって」

 ピーターの伝言は要領を得なかったが、さすがに想定範囲内なのか、アナログ(直筆)のメッセージを持たされていた。

 船から新たなメッセンジャーが送り出されて、表面上、テログループの要求を呑んだ事にして交渉を続けるという内容だった。

「それと、俺、こっちに転送するぎりぎりだったんで、自信ないんだけど…」

 ピーターは言った。

「ファニーメイが変な事言った。内通者が居るって」

「誰が?」

 フリッツは聞き返した。

「そんなの分かんねーよ。転送ぎりぎりで言われたから。聞かれたらヤバイからギリギリで言ったんだろ」


 ピーターの持って来た行動食を流し込んで、皆は散開した。

 残された人質組は、周囲を探って、なるべく不自然ではない潜伏場所を探す。

 結論としては、ミールキッチンの隣にある、ブランケット置き場の上段に決まった。

 巧妙に隠れれば、下の段のブランケットを取り出した時(一度くらいはここも 捜されたり開けられたはずだ)にも発見されないし、これ以上見つかりにくい所だと、本気で見つけてもらえないからだ。

 乗客用のブランケットと簡易枕を除けて、スペースを作っているフリッツの横で、トリコは服を脱ぎ始めた。

「何してるの」

 アウラが、驚いて聞く。

「調べられた時に、アンダースーツを見られたら不自然だから脱ぐんだよ。あんたも脱いで」

「ここで?」

 フリッツを、ちらりと見る。

「済まんな、客室の方から足音がする。向こう向いてるから、急いでくれ」

 フリッツは、背中を向けたまま、ブランケットを奥から手前に積み直す作業を続けた。

 フリッツに聞こえるとは云え、トリコとアウラが気配を察していないなら、距離的には余裕がある。

 アウラは諦めて、ブラウスを脱いだ。

 いい年した人妻だが、おずおずした動作なのは、まぁ普通の反応だ。

「捕まった時に、裸にされて調べられるかも知れない。大丈夫か」

 急いで服を着ながら、トリコは聞いた。

「まぁ、平気じゃないけど耐えられるとは思う。そうならない方がいいけど」

 ランクSの魔法使いとは云え、携わって来た仕事の内容は人それぞれ違う。

 悪い意味での汚れ仕事は経験していないのかも知れないし、人前で服を脱ぐ事へのタブーは、民族によっても違うし、個人でも違う。

「トリコは、ちょっとぐらい怖がって見せてくれよ。不自然だから」

 背中を向けたまま、フリッツがぼやいた。

「それくらい分かってる。もういいぞ」

 アウラが着替え終わったのを見届けて、トリコは言った。

 二人を棚の上段に作ったスペースに押し込んだフリッツは、自分も速いペースで服を脱ぎ、再び着て、三人分のアンダースーツを丸めて、ダストボックスに放り込んだ。

「そう云えばまだ、設定決めてなかったな」

 そこ、ちょっと除けて…と合図して、狭い棚に潜り込みながら、フリッツは言った。

「不自然な設定だとバレるし、お前と私は夫婦でいいだろ。アウラは、たまたま一緒になった他人で」

「あなた達、リンク張ってるっぽいとは思ってたけど、夫婦だったの」

「実はそうだ。一緒に仕事した経験は少ないけどな」

「まぁ、狭い世界だものね…」

 何か思い当たる節でもあるのか、アウラはため息をついた。

 人員を集める際に聞いた話では、アウラの夫も魔法使いだ。

 宇宙に出た経験が無いので、今回の招集候補に挙がってはいないが、魔法使いとしてはそこそこの経歴の持ち主だった。

「リンクしてる相手は、教えてくれた方がやりやすいんだけど」

「俺とトリコは、指揮官に特別な身内が居る事は、知らせない方がいいと思って隠していた。魔界に入ればバレると思ったんだが、皆、意外と気が付かない物なんだな」

 フリッツは、言い訳とも現状説明とも付かない事を言った。

「後は…そうだな、このチームは寄せ集めだ。何もかもを全員が知っていたら、相手に心理探索系の魔法使いが居た時に、全部が首根っこを押さえられる」

 捕まって不利な立場に立った時は、他の安全の為に切り捨てられる可能性もあるという事だ。

「意外と酷いのね、国連宇宙軍も」

 アウラは、暗くて狭い棚の中で、肩をすくめた。

「でも、魔法使いの事を良く分かってるわね」

 全体として動かすより、個々の小さなチーム単位の方が、魔法使いは能力を発揮出来る。

「まぁ、俺も非力だが一応魔法使いなんで」

 フリッツは言ってから、聞き耳を立てた。

「こっちへ来る。今までのは同一ルートの巡回だったが、今度は別だ。不自然でない様に見つかる準備を」

 トリコとアウラはうなずいた。

 もう、二人の感知範囲にも、こちらへやって来る気配が感じられる。

 三人が、棚の奥で不用意な物音を立てて、見回りに銃を突き付けられたのは、それから一分も経たない時間の出来事だった。

 ひとまず、潜入成功だ。

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