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1.それなりに幸せな生活 (vol.3)

 軍用機の中では、緊迫した雰囲気で、ほとんど話も出来なかった。

 急かされる様に、月へ行く高速艇まで追い立てられる。

 やっと落ち着いたのは、狭い高速艇の船内で、軽装宇宙服を脱いだ時だった。

 こちらも軍用機ではあるが、成層圏から軌道コロニー周辺までを活動限界にしている戦闘機と違って、小型だが長距離宇宙艇だ。それなりに居住空間が確保されている。

 妙に薄暗い明かりの中で、地球から月までずっと同行する予定らしいパイロットも含めて(しばらくは、オートパイロットで飛んでいる)四人はひとまず食事を取った。

「そろそろ、ちゃんとした話を聞きたいんだけど」

 味気ないカロリーブロックを飲み込んで、武藤玲司は頭の上辺りに座っている二人に言った。

 というか、ジョン太とトリコとパイロットは、きちんと壁に設置された折りたたみのシートに体を固定していて、好き勝手に浮遊しているのは武藤君の方なのだが。

「そうだな…」

 ジョン太はうなずいてから、話を始めた。

「正直、この話をすれば、お前は何の説得もしなくても、即答で来てくれたかも知れんのだが…」

 少し、嫌な予感がした。

「現段階では機密情報でもあるし、言ってしまえば絶対断れないだろうと思ったから、黙っていた」

 背中がひやりとした。

 次にジョン太が何を言い出すのか、分かっているのに分かりたくない。

「北ルミビア解放同盟…って知ってるよな」

 体が震えた。

 知らない訳が無い。

 聖地の上にコロニーが浮いているという事実が許せないとか、理解不能な寝言をほざいて、マイナーコロニーのR13を壊滅させたテロリスト集団だ。

 多分、標的になる軌道コロニーは、どれでも良かった。

 見せしめに丁度いい規模と、政治的にどの宗教圏にも属していない、日本の企業コロニーだった事と、後は運不運の問題だ。

 やつらの教義がどういう物なのかも、真面目に信仰している無害な人達が居るという事実も、正直知りたくも認めたくも無い。

 自分の家族も仲間も友達も、あいつらに皆殺しにされたのだ。

 身体的にも精神的にも、酷い傷を負って、今でもちゃんと立ち直れているかと聞かれたら、返事をためらってしまう。

「あいつら、まだ居たんだ」

 最近、表立った話はあまり聞かない。

 それなりに沈静化していたと思っていた。

「組織の幹部が、先月サウスシティーで捕まってな」

 ジョン太は言った。

「今度のハイジャック事件は、そいつの釈放が目的だ」

 サウスシティーは月の都市だ。

 シティー以外にも人類の居住圏はあるが、都市と呼べるのはサウスシティーだけだ。

 他は、研究施設や観測基地や、その他企業の資源採掘基地が点在している。

 月は、政治的には独立していないが、地球上のどの国家にも属していない。

 そのせいで、地球上では居づらい連中が亡命したという話も良く聞く。

 もちろん、法治地区で、政治的な駆け引きもあるので、あからさまに国際指名手配のテロリストを、そのまま放置したりはしない。

 きっちり確保されて、地球に送り返されるはずだった。

 それが、解放を要求されて、百二十人もの人質を取られてしまった。

 地球に戻されてしまえば、解放を要求するのは、より困難になるだろう。

 月に居る間に勝負を付けたい為の、強硬手段だった。

「これを期に、組織全体を弱体化したいって云うのが、国連宇宙軍の考えだったが、月の魔界に逃げ込まれてしまった」

「それ、人質だけじゃなくて、自分らの命も危ないよね」

 稼働実験もしていない宇宙船を、故意に月面の魔界に不時着させるのは、危険な行為だ。

 生命維持装置は働いていると云うし、計画的にそんな事をしたなら、おそらく相手方にも魔法使いが居るのだろうが…。

「ま、それで死んでも、神様の所へ行けるからいいんだろ」

 ジョン太は言った。

 胸くそ悪い、吐きそうだ。

「ええと…今度の事って、非公式で、事態を収拾すれば何してもいいんですか」

 パイロットの男に聞いた。

「どうして、そのお仲間二人でなく、自分に聞くのですか」

 パイロットは聞き返した。

「人質の安全の為なら、そいつら、皆殺しにしてもいいのかな…と思って」

 うわー、こいつ人質のせいにして、皆殺しモードに入ってるよ…と、ジョン太は考えた。

「最悪の場合は、やってもいいぞ」

 ふいに、トリコが言った。

 彼女に、そんな決定権は無い。

 しかし夫のフリッツは、今現場に居る。

 この場で、現地での状況を一番知っているのは、彼女だろう。

「人質の安全が最優先だ。ただし、奴らの情報は欲しい。出来る限りは生きたまま捕まえろ」

「ちっ」

 本気で舌打ちしている。

「ま、生存に差し支えなければ、手足を切り落とそうが、目玉をえぐろうが、それは現場での判断だ。フリッツは多分黙認するぞ」

「まぁ、ステキ。色々やっちゃっていいのね」

「やっちゃうな!!」

 ジョン太は一応止めた。


 高速艇は、月に向かって飛び続けていた。

「それで、マジな話、相手は何人くらい居るの」

 さすがに『色々やっちゃう』のは冗談だったらしく、狭い空間をくるくる回りながら、顔だけは皆の方へ向いて、聞いた。

「解放された人質の話では、確認出来たのは四名、ただ、他にも仲間はかなりの人数居る様です」

「解放された人質も居るんだ…」

 女子供や弱った者を解放したのかと考えたが、帰って来た返事は違っていた。

「魔界では外部との通信が出来ません。二名が、メッセンジャーとして解放されました」

 徒歩で境界を出て、保護されたのが十時間前。

 釈放されたのは、乗客からランダムに選ばれた男女で、船内の様子は、彼らの証言以外に情報が無い。

 二人が出て来た段階では、船内での動力は生きていて、生命維持に必要な装置は動作していたが、船に飛行能力が残っているかどうかは分からないという話だった。

「船の型番は? それと、設計図、見せてください」

「ああ、それはここに…」

 パイロットは、ポケットから個人用のノートパッドを取り出した。

「向こうに着いたら、魔界に持ち込む為に、紙にコピーした物を受け取れます」

 軍人のくせに、なぜか可愛いストラップを付けたノートパッドをちらと見て、武藤は眉をひそめた。

「違う、こういう船内図じゃなくて詳細な船全体の図面と仕様書。メーカーに問い合わせれば手に入るでしょう。間に合わなければ、整備士が持ってる様なやつでもいいですから」

「それは…あると思います。送ってもらう事は出来ますが、受け取る前に向こうへ着いてしまうかも」

 パイロットは、コクピットに戻って連絡を入れ始めた。

「シグマ010かー、手堅く安定してる機体で良かった。エンジンはちょっと非力でイマイチだけど、これ、多分、魔界でも動力が切れるまでは、生命維持装置もちゃんと動くよ」

 さすがに、くるくる回ると話しにくいのか、靴下を脱いでポケットに突っ込み、足の指でバーを掴んで体を固定した。

「うん、お前の専門家としての意見は分かった。コウモリみたいな真似してないで座れ」

 ジョン太が注意した。

「久し振りの無重力を堪能してたのに」

 壁面のあちこちに付いている取っ手を足の指で掴んで、座席まで移動して来た。

 床に落ちている物を、足で拾うタイプだ。

 振り返ったパイロットが、ぎょっとした表情をした。

「スキップドライブに移行するので、データ通信は間に合いませんが、図面は用意出来るそうです」

「スキップするのか?」

 トリコが、驚いた。

 スキップドライブは、魔界の周囲で空間が歪むのを利用した技術だ。

 水切り石の様に、次の場所へ移動出来るが、宇宙空間で確認されている魔界は、少ない。

 それなりのリスクもある。

 月の様な近距離への移動に使われる事は希だ。

 そこまでの緊急事態ではあるが、魔法使いを現場に投入する事を、国連宇宙軍が真剣に考えている証拠だ。

「初めてだと、気分が悪くなる事もありますが、人体に害はない…と言われてます。カウントダウン、入ります」

 パイロットは、素早く軽装宇宙服を着て、コクピットに収まり、機械音声がカウントダウンを始めた。

 ジョン太と武藤は、大急ぎでトリコを捕まえて宇宙服に押し込み、座席に固定してから自分達の身支度を調えた。

 ナチュラルに態度でかいので、トリコは宇宙慣れしていると誤解していたパイロットは、一瞬青ざめたが、結果的に準備は間に合ったので、変更無しでスキップに入った。


 スキップ位置は、月から六万七千キロの距離だった。

 そんな位置にスキップ可能な拠点がある事すら、民間にはほとんど報されていない。

 宇宙船舶関係の仕事をしている武藤が知らないのだから、ほぼ軍事機密の部類だ。

 こんな事知ってしまって、大丈夫なのだろうかと思うが、明らかに民間人のジョン太とトリコが、平然としているので、今の所は問題無いのだろう。

 月まで飛ぶ間に、幕張から軌道ステーションからこの船まで、慌ただしく連れ回されて、個人的な話をする閑が無かったので、一応聞いてみた。

「トリコのそれ、イメチェン?」

 ずっと染めていた赤毛を、今まで見た事も無かった黒髪に戻して、おまけにショートカットにしてしまっているトリコに聞いた。

「いや…めんどくさくなったからだけど。あと、東洋人なのに赤毛だと、ご近所に違和感抱かれるし、説明も面倒だし…」

 とにかく、全体的にめんどくさいと云う事は分かった。

「お前こそ、健史って誰だ」

 ジョン太が、トリコに突っ込まれた。

「ええと…元々俺、ミドルネーム健史なんだけど。ばあちゃんがつけてくれた名前で」

 ジョン太のばあちゃんは、日本人だ。

 ジョナサン・T・ウィンチェスターのTは、タケシ君だったらしい。

「去年、国籍も日本に移したから、戸籍上の名前は吉村健史になったんだよ。魔法使い的に、戸籍上の名前と本名が違うのは都合いいしな」

「わぁ、何だよそれ。俺だけ本名丸出しで、めっちゃ不利じゃん」

 武藤玲司丸出しの鯖丸が、文句を言った。

「協力者の個人情報は、機密扱いになっていますよ」

 唐突に、パイロットが話題に加わった。

「ちなみに、自分も名前と所属と階級は、名乗らない様に言われています」

 言われてみれば、地球を出る時から同行しているのに、未だにこの青年の名前も知らない。

 大変なお仕事だ。

「ところで、聞いていいか」

 トリコに言われた。

「お前、何があったんだよ」


 ええと…それは、どの時点からの、何の話ですか。

 あまりにも色々あったので、武藤は返事に戸惑った。

「どこから話せばいいかな…」

「先ず、何んであの娘と別れたのか」

「そこからかよ…」

 苦い記憶が蘇る。

 でも、口で説明すると、短い言葉で済まされる。

「向こうでやりたい事が出来たから、何時帰れるか分からないって言われて」

 度量の大きい所を見せて、五年でも十年でも待ってる…とか言えれば、今でも続いていただろう。

 無理、絶対無理。

 戻って来るかどうかも分からない人を、ずっと待っていられる程は忍耐強くない。

「まぁ…ねぇ、さみしいと死んじゃうもんなぁ、お前は」

 あっという間に納得されてしまった。

 下手な言い訳をしないで済んだけど、その認識ってどうよ?

「で…会社では何しでかしたんだ」

 今度はジョン太が聞いた。

「うーん、それは…」

 ちらりと、コクピットの方を見た。

「自分は口外しませんよ」

 パイロットは言った。

「まぁ、ここの部分は秘密でも何んでもないんだけど」

 苦い表情をした。

「仕事とは別に、個人的に書いてた論文を、上司に見せたんだ。一応、この業界では権威のある人だし、意見を聞きたくてね」

「なるほどね」

 ジョン太はもう、問題点が分かった様子だった。

「ガキだったな、俺。学生気分が抜けてなかったし、今まで回りが皆いい人だったから、忘れてたんだ。倉田教授も、こういう事たまにあるって言ってたのに。

 あいつ、俺の論文を自分の名義で公表しやがった」

 注意していた当の倉田教授が、超の付く変人ではあるが、公正な人柄だ。

 そういう人の周りには、やはり似た様な人が集まる。

「お前、けっこう人柄黒いくせに、自分より黒い奴には耐性無かったんだな」

「言わないでくれよ、割と本気で気にしてるんだから」

 普通なら、泣き寝入りして終わる様な事柄だが、こいつの事だから絶対に、引かぬ媚びぬ顧みぬで、大変な事になっているんだろうな…と、ジョン太は考えた。

「でもまぁ、あいつ、来年には退職して、どっかの大学で名誉教授のポストに収まる予定だから、居なくなったら俺も元の職場に戻れるはずだったんだけど…」

 それで、こっからが秘密の部分…と、武藤は前置きした。

「菱田重工は、本年度一杯で、宇宙船舶のエンジン開発から手を引く事に決まりました」

「ええぇぇぇ、何んですってぇ」

 一番驚いたのは、パイロットの青年だった。


 自社製の機体を作っていても、エンジンは他社の物を使っている企業は多い。

 いわゆる、パワード・バイ・○○○だ。

 しかし、菱田重工は、宇宙開発の初期から、手堅いエンジンを作る会社として名を売っていた。

 撤退となれば大ニュースだ。

「言わないでね」

 一応、パイロットには口止めしたが、何だかとてもショックを受けている様子だった。

「自分、菱田のVF型エンジンとか、大好きだったのに、ショックです」

「ああ、俺もあれは好き」

 武藤は、しみじみしてから我に返った。

「乗る方はまだいいだろうが、他のに乗りゃいいんだから。俺なんか、エンジン開発一本に絞って就職したのに、やめますって何んだ。専門職なんだよ、つぶしが利かないんだよ。どうしてくれるんだ」

「落ち着け」

 ジョン太に空中で絞め落とされた。

「お前、マジで魔法使いに戻ったら?」

 トリコに言われた。

「それは嫌」

 言い切った。


 月に着いたのは、幕張を出てから六時間後だった。

 宇宙港や軌道ステーションを、フリーパスで抜けて、素通りと言ってもいい状態で通過して来ているが、それでもあり得ない速さだ。

 国連宇宙軍の本気が垣間見える。

 月に来るのは、コロニー住みの小学生全般の通過儀礼…地球で云う所の修学旅行みたいな研修旅行以来だ。

 サウスシティーは、昔より大きくて綺麗で、明るくなっている気がした。

 もちろん気のせいの可能性はあるが、規模は少し拡大しているはずだ。

 検疫所で、持ち物と健康状態をを調べられて、公共スペースもあっという間に通り抜けた。

 昔は無かった植物のある公園や商店街や…少し驚いたが、ここも走り抜ける様に急かされて素通りした。

 宇宙服を調整した後で、やっと作戦本部まで通された。


 重装宇宙服を支給されると思っていたが、実際に用意されていたのは軽装服と重装服の中間の様なスーツで、月面の魔界で何度も実験された機体だと説明を受けながら、採寸とフィッティングが行われた。

 その間に、事件の概要は説明されないままに、現場での状況が話される。

 普通なら男女別に分けられるフィッティングが、トリコも同じ場所に押し込められて、進行している。

 軍隊式かも知れないし、別に裸になっても気まずい間柄じゃないが、これってどうよ…とは思う。

 さすがに重装服じゃないので、全裸にはされなかったが、下着姿にされて、ちょっと笑ってしまった。

「これはないよな…」

「普通だろうが」

 トリコに言われてしまった。

「ていうか、お前。何んだそのぷにぷにの脇腹は」

 ジョン太にも突っ込まれた。

「仕方ないじゃん。ここしばらく剣道場にも、ボルダリングのジムにも行ってないし、転勤になってから自転車通勤も出来ないし」

「お前、自転車には乗れなかっただろ」

 トリコに突っ込まれた。

「そうなんだけど、通勤ラッシュにマジで引いたから、自転車買ったの。乗り方は、お店の人にユーザーサポートで…」

 十キロが徒歩圏内だった男には、かなりの距離が自転車圏内のはずだが、二十代半ばの客に一から乗り方を教えるなんて、自転車屋も大変なお仕事だ。

「おま…ボルダリングとかちゃらちゃらした趣味を」

 ジョン太は一応注意した。

「元々ワンゲルなんだけど、俺」

 誰もが忘れている設定を、引っ張り出して来た。

「これでもだいぶ痩せたんだよ。就職してから一気に十キロくらい太っちゃって…」

 少し考えてから、地球外では使えないケータイを取り出した。

「自戒の為に残してあるんだけど、見る?」

「見る」

 即答してケータイを見たトリコは、そのまま床に取り落とした。

 1Gなら壊れているかも知れない。

「お前、これは無いわ。どうしてこうなった」

「ええと…世の中には美味しい物がたくさんあって、割と簡単に買えるから」

 小金を持たせると、ろくな事がないタイプだ。

「体が貧乏に適応してるんだから、贅沢したら死ぬぞ」

 トリコは一応注意した。

「うん、奥さんが選んでくれたんだろうけど、服も地味に似合ってるしなぁ。ジャージしか着てなかったくせに」

 ジョン太にまで言い掛かりをつけられた。

「いやいや、服くらい自分で選ぶよ。ジャージしか着てなかったのは、お金無かったからだし」

「余裕があったら、ちゃらちゃらしたかったのか…」

 別に、ワンシーズンごとに二枚ずつ服を買うのは、ちゃらちゃらじゃないと思う。

 川崎の開発部に居た頃は、職場では作業着だったから、誰も通勤でスーツなんか着てなかった。

 今現在、宇宙服調整の為に床に放り出されている服が、こいつ本人の選択だとしたら、特にセンスは悪くない事になる。鯖丸のくせに。

 あまり見ないタイプの、軽装服と重装服の中間の、中装服と呼べそうな宇宙服を調整されながら、更に言い掛かりをつけられた。

「髪型もチャラいぞ、お前」

「それは仕方ないよ。俺、プラグ付けてるけど、営業でこんなん見えたらアウトだから」

 ジャックインプラグが見えない様な髪型にすると、どうしても会社員としてギリギリ可能なチャラい髪型になってしまう。

 未だに、プラグを付けている人間に対する差別感情は残っている。

 最近は、デジタルドラッグやアダルトソフトも下火になったり、合法な物は容認されたり…そもそも、その手の物と実用のジャックインプラグは、別物だという認識が、社会全体に浸透しているのに。

「いや…本気で鬱陶しいから、どっかで切ってもらえませんか? 宇宙服着たら邪魔くさいんで、この際丸刈りでもいいですから」

 宇宙服の調整をしている技師に、とんでもない事を言い始めた。

 確かに、首の後ろにあるプラグと宇宙服の端子は、中途半端な長さだと干渉して鬱陶しいが、髪の毛をまとめるアンダーは、どうせ長髪でも短髪でも被らないといけない。

「思い切るなよ」

 トリコに言われた。

「だって鬱陶しいんだもん。仕事だから仕方ないけど、こういう髪型、俺の趣味じゃない」

「お前に髪型の趣味があったのかよ!!」

 トリコは、驚いた様に言った。

「あっちゃダメかよ」

 ダメではないが、ちょっとびっくりだ。


 重装服程ではないので、フッティングは短時間で終わった。

 十五分程の個人的な時間を与えられ、作戦本部に招集される。

 呆れた事に、武藤は本当に髪の毛をばっさり切っていた。

 首筋に、点検済みのパッチがあるので、散髪ではなくプラグの点検が主目的だったらしい。

 がっつり刈り上げられた、さっぱりした頭で、テーブルを囲んでいる輪の中に加わる。

 見知った顔がいくつもあって、驚いた。

 地球外で活動出来る魔法使いと、魔界に入れる軍人は、本当に少ない人材なのだと改めて思った。

 軍人達の方から、次々と自己紹介して行く。

 誰も、本名も所属も階級も名乗らない。

 階級章も外していて、服装も現場で着る様な戦闘服だ。

 自己紹介に応じて、壁面に次々と、魔界名や魔力ランクや魔法特性が表示される。

 フリッツの目立つ容姿が、円座になったテーブルの、奥の中央に近い場所にあった。

 目が合うと、一瞬親しげな表情をしてから、緊張した顔に戻る。

 久し振りに見るマクレーとその部下二人も居た。

 端の方に、ここまで一緒に来たパイロットも、神妙な表情で座っている。

「私の本名を知っている者は多いと思うが、今後作戦終了まで、バットと呼んでくれ。本作戦の責任者だ」

 マクレーが名乗った。

「ただし、魔界に入った時点で、指令系統の頂点は彼に移る。魔界対策本部のフリッツだ」

 周囲が少しざわついた。

 四年前に、マクレーは少佐だった。

 いくら何でも、当時軍曹だったフリッツが、彼より上の階級になっているとは考えにくい。

「軍内で、彼よりも魔界での活動経験が多い者は居ない。不満のある者も居るだろうが、魔界に入った時点で最高指揮官は彼だ。私も彼の命令に従う。異論はないな」

 現場の指揮はフリッツに取らせるが、責任は自分が持つという事だ。

 相変わらず、かっこいいおっさんだ。

 続いてフリッツが口を開いた。

「フリッツです。ここに居るのは全員、この特殊な事例の専門家です。我々に出来なければもう、打つ手がない。

 要請に応じてくれた民間の魔法使いの皆さんも、危険に身を晒す事になりますが、ここに居る皆が最後の砦です。よろしくお願いします」

「フリッツって、何時からああいう真面目なキャラになったの」

 小声でトリコに聞いてみた。

「やれば出来る子なんだよ、あいつは」

 相変わらずおかんみたいな立ち位置だ。まぁ、八才も年下の男なんて、ガキみたいなもんなのかも知れないが。

 パイロットの青年は、ユートと名乗った。

 日本人なのかと思っていたが、英語のなまりからすると、中国系の様だ。

「自分は、宇宙に慣れているだけで、魔界での経験は浅いです。でも、パイロットとしての技能には自信があります。どんな状態の船でも、動力さえ生きていれば、飛ばして見せます」

 そういう立ち位置だったのか…と思った。

 魔力ランクはB3だ。平均よりは高いが、魔法使いとしては並み以下だ。

 しかし、ここに来ているからには、それなりの技術を持っているのだろう。

 軍関係の紹介が終わって、民間の魔法使いに移った。

 四年前、U08の事件で、招集対象になっていたが、妊娠中で外されたインド系の女が、短く挨拶した。

「アウラです。よろしく」

 トリコとジョン太も、短く自己紹介する。

 トリコは、フリッツと夫婦だと云う事は、言わなかった。

 しかし、ビーストマスターの名前は、国際的にも威力がある様子だった。

 国際魔導士連盟の肩書きも、おそらく今回限りの為に登録したのだろうが、そんな事をしなくても、現場でのビーストマスターの威力は絶大だ。

「トリコって凄いね」

 ジョン太は、地味に自己紹介したが、軍関係の大半は、魔界とか関係なく、木星戦争で活躍したウィンチェスター中尉の名前は知っている。

 まぁ、普通の人間なら別人ですと言い逃れ出来るレベルだが、原型タイプの犬型ハイブリットでは、見た目で言い逃れが出来ない。

 それより驚いたのは、ジョン太の魔力ランクだった。

 元々、自分で調整出来るので、魔力ランクは不明で、公式には推定Bになっていたが、表示がA1になっている。

 ランクSに限りなく近い。

 ジョン太の魔力は、その程度だろうと思ってはいたが、色々面倒なので本人が低い状態で登録していたのだ。

 それを、今回晒している。

 本気でヤバイ状態なのだと分かった。

「鯖丸です」

 それだけの自己紹介で、周囲がざわっとなった。

 思っていたより、自分は有名人らしい。

「多分、魔力はここに居る皆の中で一番高いと思います」

 全く謙遜しないで、続けた。

「0Gでの船外作業経験はありますが、0.16Gでは未経験です。よろしくお願いします」

 謙遜はしないが、特にはったりもかましていない、通常営業の鯖丸だ。

 昔に比べれば、少し慎重な物言いにはなっているが、まぁ相変わらずだ。

「エイハブだ」

 隣に居た男が言った。

 正直、全く気が付かなかったのは、風貌がすっかり変わってしまっていたからだった。

 ボスだ。

 髪も髭も伸ばしていた以前と違って、両方をきっちり切り揃えている。

 半袖のTシャツから露出した腕は、両方とも刺青だらけだが、昔よりは少し人相が良くなっていると言っていいだろう。

 皆がボスと呼んでいたので、魔界名もボスだと思っていたが、どうやら単に親分みたいな意味だったらしい。

「この作戦に従事すれば減刑されるってんで来た。別に正義とかそんなんじゃねぇが、ま、やれるだけの事はやるつもりだ」

 U08での事件の所為なのか、別にまた、魔界で非合法な仕事をしたのか、おおっぴらに表を歩けない身の上らしい。

 ボスことエイハブの横に並んでいる二人は、それ程容姿が変わっていなかったので、作戦会議室に入った時に気が付いていた。

 ボスの仲間だった魔法使い、レビンとバニーだ。

 他にも五人仲間が居たはずだが、彼らの姿は無い。

 代わりにもう一人、ボスの仲間らしい男が居た。

 原型タイプのウサギ型ハイブリットだ。

 ウサギ型のハイブリットは、可愛いタイプが多いのに、こいつは明らかに目付きが悪い。

「ピーターだ」と、短く名乗った。

 まさか、ピーターラビットのピーターなのか? こんなにも可愛くないのに。

 原型タイプのハイブリットは、外見で年齢が分かりにくいが、さすがにこいつは若造…というよりガキだと分かる。

 おそらく、この作戦に関わる者の中で、最年少だろう。

 服装や雰囲気は、粋がっている不良少年だ。

 ポケットに手を突っ込んで、斜めに椅子にかけている。

 態度悪いなおい…とは思ったが、その辺は男の子なら大体通る道なので、無視をする。

 それより、こんなガキまで駆り出してるのかよ…と、武藤は少し不安になった。

 四年前の自分が、確実に同じ立ち位置だった事実は美しくスルーしているのだが、そもそも見た目がガキだっただけで、実際には当時も成人だ。

 こんな子供を連れて来るくらいなら、まだ魔力は低くても昔の仲間を招集した方がマシだったろうに。

 民間の魔法使いは、自分を含めて全部で十人居た。

 軍関係者は、この場に二十名近く居るが、実際に現場に入るのは半数で、他は外界からのサポートだ。

 最後に、メガネをかけた優しげな風貌の男が、挨拶した。

「ハリーです。魔界には地球でプレイヤーとして入っていた経験があるだけです。エンジニアです。現場での重篤なトラブルに対処する為に招集されました。ケンカは苦手なんで、戦力としては期待しないでください」

 どこかで見た事のある顔だった。

 思い出そうとしている時に、会議室の引き戸が、両側に開いた。

「ごっ…ごめんなさいっ。先生や叔母さん説得してたら、遅くなっちゃって」

 ぱたぱたと駆け込んで来た少女は、怖そうな軍人や魔法使い達の視線を浴びて、一瞬その場で立ちすくんだ。

 低重力コロニーか月育ちらしい、細いすらりとした手足と、きゃしゃな体。

 人種は良く分からない、浅黒い肌と、色の薄い金髪。

 月でも地球でも、流行はあまり変わらないのか、今時の女の子らしい服装で、学校の鞄を提げた少女には見覚えがあった。

 魔界に突入したU08で、半年間救助されなかった少女、メアリー・イーストウッドだ。

 ボスが、驚いた顔で息を呑むのが分かった。

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