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1.それなりに幸せな生活 (vol.2)

 武藤玲司は、大急ぎで自宅に帰った。

 引っ越してまだ半年の部屋は、昔だったら絶対住めない様な家賃の、豪華な物件だった。

 マンションなのかアパートなのか、区分としては微妙な、要は、都会の郊外にある普通の賃貸だ。

 千秋は家に居た。

 最近、大事を取って仕事はパート程度にしている彼女は、こんな時間に慌てて帰って来た夫に、変な顔をした。

 それでも、さすがにこんな変人と夫婦をやっているだけあって、奇行には慣れているらしく「あら、玲君お帰り」とか、のんきな事を言っている。

「ただいま」

 とりあえず、お帰りの挨拶でがばーっと抱き合った。

 だいぶお腹が大きくなって来たので、気を使ってやんわりと。

 ついでにキスしてそのまま押し倒しそうになるのを、毎度の事だがぐっと堪える。

 生活習慣って恐ろしい。

 それから、気を取り直した。

 こんな事してる場合じゃない。ちゃんと説明しないと。

 でも、どうやって…?

「あの…」

 何をどう説明していいのか、自分でも分からなくて、武藤玲司は玄関で固まった。

 旧姓水品千秋と知り合ったのは、まだ川崎の社員寮住まいで、宇宙船舶開発部門の、エンジン開発研究員として働いていた頃だ。

 色々あって有坂と別れて、廃人状態になっていた彼を鬱陶しがって、同室の木場や技術交換留学のマッシュやらがセッティングした合コンで知り合ったのだ。

 会ったその日にラブホテルに直行という、破天荒な交際開始だったが、お互い単なるセフレのつもりが、何だか惹かれる所があって、普通に付き合った後、半年程前に入籍した。

 自分にはほとんど身内が居ないし、奨学金を返し終わったばかりで貯金もあまり無かったので、水品家の人々にお披露目程度の地味な式を挙げて今の部屋に引っ越し、現在に至る。

 ちなみに、新婚旅行は一応行ったが、千秋のリクエストだったので、鯖丸的にちょっとご不満だ。

「何かあったのね」

「うん」

 隠しても仕方ないので、素直に言った。

「あのね…ちあ」

 靴を脱いで玄関を上がり、フローリングの床に正座した。

「俺、今の会社辞める」

 武藤千秋は、全く驚いた様子も無く、むしろほっとした表情をした。

「それ、何時言ってくれるかと思ってた」

 重荷になっていたんだな…と思った。

 自分一人なら、さっさと辞めて転職先を捜していただろう。

 その辺の事は、気付かれているし、隠せるとも思っていない。

 ただ、ここから先は説得出来る自信が、全く無い。

「俺が、学生の頃魔法使いしてたのは、話したよね」

「うん」

 千秋は、目の前に座った。

 いやー、ダメだろ、こんな硬い床に正座しちゃ。春とは云え、フローリングはまだ冷えるし。

 某外資系量販店で買ったステキソファーに座ってくれ。お願い。

 新婚半年の嫁をソファーに座らせて、武藤玲司は話の続きに入った。

「月にも魔界がある」

「へぇ」

「そこでハイジャック事件が起きた。人質は百二十人、子供も沢山居るそうだ」

「そうなんだ」

「出動要請が来てる」

「ええっ」

「これから行って来る」

「何ですとぉー」

 まぁ、予想通りの反応だった。


 千秋は、許容範囲が東京ドーム十個分くらいの女だった。

 しかし、変人の夫は、たまに易々と許容範囲を越えてしまう。

 幸い天然なので、今まであまり思い悩む事は無かった。

 家庭内に一人もツッコミが居ない状況は、多少問題ではあるが。

「ちょっと待って、話が見えない」

 さすがにそう言われた。

 当然だ。

 頑張れ俺。営業にとばされて四ヶ月、身に付けた口先三寸を、今こそ役立てるんだ。

「ええと…俺ってやっぱり最強だから…?」

 やはりダメでした。

 良く考えたら、自分が営業で重宝されているのは、技術者と突っ込んだ話が出来るからで、営業手腕があるからじゃない。

「大丈夫?」

 千秋は、寝言を言い出した夫の額に手を当てた。もちろん、平熱だ。

「真面目に聞いてくれよ」

「じゃあ、真面目な話をして」

「分かった」

 床の上で姿勢を正した。

「変な事言ってるのは、自分でも分かってる。でも、お願いします、行かせてください」

 床に額がぶつかって、ゴツッと云う勢いで頭を下げた。

 今までの生活を壊して、ここまでして月に行こうとしている事が、自分でも少し、分からなくなりかけていた。


 やんわりと肩に手を置かれた。

 顔を上げて、初めて自分が泣いているのに気が付いた。

「どうせ止めても行くんでしょう」

 言い出したら聞かないのだ。

「説明して欲しいんだけど」

「うん」

「どうして、軍隊とか警察とか、そういう人達より、自分の方がその…ええと、ハイジャック現場で必要だと思えるの?」

「それは…俺、世界で多分四、五人しか居ない、地球外の魔界で活動経験のあるランクSだから」

「そりゃ、びっくりだわ」

 さすがに、魔界とは何の関わりもない人々にも、Sと云うのが希少な魔力の最高ランクだという事は、そこそこ知れている。

 むしろ、魔界を知らない人達には、尾ヒレが付いて化け物の様な存在として伝わっているくらいだ。

「え…言ってなかったっけ」

 武藤玲司は素で驚いた。

 結婚前に昔の事は全部話したつもりだったが、自分的に大して重要だと思わなくて言い忘れた事もあるはずだ。

 千秋が、聞いたけど大して重要な話だと思わず忘れた可能性もあるし。

 普通に生活していれば、一生知らなくても差し支えない事だ。

「分かった。でも、私の意見も一応言うね」

 床の上で正座して聞こうとしていた所を、隣に座る様に言われた。

 一緒に座っていちゃいちゃするのを主目的に買ったと言っても過言ではないソファーに並んで座って、緊張して聞き耳を立てた。

「行っちゃ嫌だ」

「うん、じゃあ止めるよ」

 その時、自分がどんな表情をしていたのか、もちろん本人は分かっていなかった。

 千秋が、あまり見ない様な悲しげな顔をした。

「あ…あのね、仕事も直ぐには辞めないから。転職先が見つかってからにするし、ちあは何も心配しないで」

「玲君ずるい」

「え…?」

「本当は辛いくせに、どうして何時も平気そうな振りをするの」

 それは、心配かけたくないからだし、そもそも生きていれば辛い事なんて普通にあるし。

 むしろ、仕事が上手く行っていない事さえ除けば、今までで一番幸せだ。

 ちゃんとした所に住んで、お金にも特に困っていない安定した生活。

 おまけに、ラブラブの嫁と、四ヶ月後には子供も生まれるという、何と云うか、ずっと望んでいた理想に限りなく近い状態だ。

 正直、壊したくない。

「大丈夫、俺は幸せ。論文の事はいずれ解決するし、今の仕事もやり甲斐はあるし、月にも頼りになる知り合いが行くし、問題無い。こんな話持ち出さなきゃ良かったね、ごめん」

「じゃあ、何んでそんな辛そうな顔するのよ」

 自覚症状のない事を責められても、どうしていいのか分からない。

「俺、辛そうかな?」

「今年に入って、ずっとだよ」

 思ってもいない事を言われた。

「じゃあ、行っちゃ嫌だとか言わないでくれよ」

「だって、私はそう思ってるんだから、仕方ないじゃない」

 千秋はきっぱりと言った。

 そう云えば、結婚前にはお互い何でも話せていた様な気がするのに、何時からこうなったのだろう。

 東賀中との事があってから…いや、違う。

 子供が出来たと分かって、物凄く嬉しかったけど、これからはそれなりに責任が生じるんだと思った時からだ。

「私は反対だけど、玲君はどうしたい?」

 少しの間考えた。

 どうしたいかは決まっていた。

 反対されれば止めようと云う事も、決まっていた。

 千秋と、生まれてくる子供に、責任を押し付けちゃダメだ。自分で決めないと…。

「月に行く。菱田重工は辞める。東賀中は、いずれ偉くなってから、大恥かかして学会から追放してやるよ。その子に、君の将来の安定の為に沢山の人達を見捨てたなんて、言いたくないし、一生隠し通せる自信もない。ごめん、行って来ます」

 千秋は、にっこり笑った。

「バーカ、行って来いや、ろくでなしが」

 ああ、やっぱりちあは最高だ。

「それで、何時出掛けるの?」

 現実的な事を聞かれた。

「ええと…」

 時計を見て時間を逆算した。

「あと、一時間半後に幕張」

「それを早く言わんかー」

 怒られた。


 旅行鞄に、着替えやパスポートを突っ込んでいる千秋の傍らで、武藤玲司はジョン太に電話をかけた。

 ワンコールで出た。

「あ、ジョン太。俺、月に行くよ」

 電話の向こうで一拍あって『そうか』という声がした。

「今からで間に合う?」

『お前、今どこに居るんだ』

 家に居る事と、住所を言うと、電話の向こうで何か話し合っている声が聞こえた。

 内容は聞き取れないが、緊迫した雰囲気は何となく伝わる。

『分かった。今から緊急車両をそっちにやる。外へ出て待ってろ』

「うん」

『お前所の会社、屋上にヘリポートあっただろ、そこから幕張までヘリをを飛ばす。五分以内に家を出られるか?』

 思ったより大事になっている。

「大丈夫」

 安請け合いしてから、千秋の方を見た。

「わぁ、そんなに着替え要らないってば。バスタオルも要らないから」

 急いでスーツを脱ぎ、普段着に着替えて、財布とケータイをポケットに移した。

 少し迷って、今年の初めに書いてから、ずっと仕舞ってあった辞表を取り出した。

 渡せる時間があるかどうかは、分からない。

「行って来る」

「うん、早く帰って来てね」

 もちろんだ。

 大変な事件ではあるが、ハイジャックが長期化する事は考えにくい。それ程長い旅にはならないだろう。

「すぐ帰って来るよ」

 その時は、本気で思っていた。


 緊急車両はパトカーだった。

 未成年の頃とはいえ、前科三犯の自分的に、あんまり乗りたくない車両だ。

 乗っているのは警官と、明らかに警察ではなく軍関係の制服を着た男だった。

 自衛官なのか国連軍関係なのか、詳しくないので分からない。

 ドアが開き、名前を確認され、早く乗る様に促された。

 どういうウルトラCで、警察の車両を動かしているのか見当も付かないが、事態が大事になっているのだけは理解出来た。

「じゃあ、行って来るから」

 見送りに出て来た千秋に言った。

「後で連絡する。すぐ帰れるとは思うけど、気を付けて。何かあったら実家に戻ってて」

「玲君も気を付けてね。あんまり危ない事はしないでよ」

「分かった」

 抱き合っている所を、早くしろと軍人っぽい男に怒られた。

 仕方ないので、嫌々離れて車に乗った。

 パトカーは直ぐにサイレンを鳴らしながら発進して、路肩に頼りなげに佇む女は、あっという間に視界から消え去った。

 ほんの少し後悔した。


 菱田重工本社ビル前に、ジョン太はイライラした様子で立っていた。

「遅い」

 文句を言われた。

「俺なりに頑張ってこの時間なんだよ。苦情は受け付けない」

 きっぱり言い切った。

 上司と部下だった頃と同じ感覚で文句を言ったジョン太は、けっこう変わってしまった相方を見た。

 まぁ、二年くらいで外見がそんなに変化する訳でも無いが、服装や髪型は、別人の様に変わってしまっている。

「おま…何だそのちゃらちゃらした格好は」

「え…? 普段着」

 どうせ月まで行って、確実に都市の外へ出て宇宙服を着る事になる。スーツなんか着てても仕方ないので、普段着に着替えて来たのだが。

「お前の普段着は、破れたジャージだろうが」

「何時の話だよ、それ」

 当時のジャージが、未だに部屋着として愛用されている事実はともかく、さすがに服くらい買うわ、俺でも。

 ジョン太に引っ張られて、ロビーを移動した。

 受付で止められるが、無視して奥にある屋上直通のエレベーターに乗る。

 というか、本社に来てから、このエレベーターに乗るのは初めてだ。

「待って、一応辞表出して来るから、七階に行きたいんだけど」

 ジョン太に言うと、急にシリアスな表情になって、こちらを向いた。

「お前、まさか上司に辞めるとか言ってないだろうな」

「言ってないから、せめて挨拶してから行こうと思ってるんだけど」

 ジョン太は、エレベーターが動き出してからため息をついた。

「バカかお前は。自分から辞めるとか言ったら、自主退社になるだろうが。会社の都合で無理矢理クビになった方が、失業手当も早く支給されるし、退職金もぶん取りやすい」

「相変わらず黒いね」

 そこまで気が回らなかった。

 自分一人じゃないんだから、そこまで考えなきゃいけなかったのに。

「一応話は通してある」

 ジョン太は言った。

「承認しなかったのは向こうの都合だ。お前は、気にせんでいい。悪い様にはしないから」

 薄暗い法律関係にコネのあるジョン太の事だ。確かに悪い様にはしないだろう。自分にとっては。

 東賀中や、この件を断る様に仕向けた連中はどうでもいいが、竹村部長や今の同僚達や、エンジン開発部に居た頃の仲間には迷惑をかけたくないな…と思った。

 もう、行くと決めてしまったし、何が出来る訳でも無い。

 エレベーターは、通常の各階止まりとは違って、かなりのスピードで本社ビルを一気に上昇した。


 菱田重工本社に転勤になってから、屋上に出た事は一度も無かった。

 今時、学校の屋上だって、気楽に出られるのはドラマやアニメの中だけだ。

 ヘリポートを備えた本社ビル屋上に、一般の社員が出る事などほぼ無い。

 民間機とは違う、スリムなシルエットのヘリが、プロペラを回したまま停泊していた。

 たまに映画やドラマで見る光景だが、体感してみると思っていたより凄い風圧だ。

 つい、1Gで飛び立つ時に必要なエネルギーを計算してしまう。

 後部座席から、トリコが顔を出していた。

 昔の、目立つ赤毛ではなく、黒髪に戻して短く切った髪を、風圧に吹き上げられて押さえながら、こちらを見ている。

 ヘリの傍らに、自衛官なのか軍人なのか分からない男と、明らかに東洋人ではないので、国連宇宙軍から来たと思われる男が立っていた。

 自分に向けて、ちらりと視線をくれる。

 バイトの魔法使いだった頃にも、こんな風に、民間人が何の役に立つんだ…という視線を向けられた事は、幾度もある。

 魔法使いは、いくら魔力が高くても、外界では普通の人間だ。

 それでも、二人の視線は、ぶしつけではない程度に訓練されていた。

 側に、先刻呼び出された時に会った重役の内二人と、それから東賀中が居た。

 正直、二度と見たくない顔だ。

 どうせ将来、裁判所か学会で(多分両方で)顔を合わせるはずだが。

「武藤君、君は本当にトラブルメーカーだな」

 半分白くなった髪を、風圧に煽られながら、東賀中は言った。

「今までトラブルが無かったなんて、何人泣き寝入りさせて来たんですか」

 くそう、ヅラ疑惑があったから、写メ撮ってやろうと思ってたのに、地毛かよこいつ…。

 風圧に耐えている東賀中を見ながら、武藤玲司は内心毒突いた。

「俺は絶対引きませんから。続きは帰って来てからゆっくりやりましょう」

 物凄く悪い顔でにや〜と笑った。

「じゃあ、行って来ます」

「待て…」

 止めようとする重役(推定)に、ジョン太が割って入った。

「お話は後で、うちの弁護士が伺います。こいつは必要なのでお借りしますよ」

 あからさまに、武藤を無理矢理拉致する様に、強引にヘリに押し込んだ。

 先の展開を考えたジョン太のポーズだ。大人しく従った。

 スリムなシルエットの軍用ヘリは、菱田重工本社ビルのヘリポートを飛び立った。

 もう、後戻りは出来ない。

 分かっているのに、何だか爽快な気分だった。

 少しだけ笑った。


 幕張宇宙港は、四年前に来た時と、大して変わりは無かった。

 ただ、四年前に来た時は、一般の旅客機に搭乗した。

 こんな、港の隅にある、怪しげな発着場にぼんやり佇んでいる状況は、想定していなかった。

 春とは云え、まだ冷たい海風に吹かれながら、武藤玲司はケータイを取り出してメールを打った。

『今、幕張。これから出発』

 千秋からの返信を待つ間に、エンジン開発部に居た頃の同僚に、どうでもいい連絡を入れた。

『東賀中ヅラじゃねぇ!! がっかりだぜ』

 何んと云うか、社会人としてもっと優先するべき事はあるはずなのだが、あっという間に返信が来た。

『ウソだと言ってくれ!! ていうか、お前何してんの』

『ヒ・ミ・ツ』

「お前はアホかー」

 あっという間に、ジョン太のツッコミが入った。

「えー、機密っぽい事は何も書いてないよ」

「それ、没収な」

 ケータイを取られそうになった。

 どうせ、地球を離れたら使えない機種だが、今取り上げられるのは困る。

 戦闘用ハイブリット相手に、外界で阻止出来るはずもないが、全力で抵抗した。

 押さえつけられている間に、メールの着信音がした。

 千秋専用に設定している音が鳴って、メッセージが表示される。

『行ってらっしゃい、気を付けてね』

「うん」

 思わず、ケータイを両手で確保したまま涙ぐんでしまう。

 さすがにジョン太は、取り上げるのを中止して、黙認する。

 少し考えてから、今度は長めのメールを打っている間に、ヘリの中で調べられていたディバックが戻って来た。

 少ない荷物だ。特に問題はない様だ。

 メールを送り終わってから、辞表を引っ張り出してその場で破った。

「どっか、ゴミ捨てられますか」

 ケータイも取り上げられて確認されたが、地球外の通信はカバーしていない普通の機種だと分かって、特に中身も見ないで返された。

「問題無い重量だ、後にしなさい。発進準備が完了した」

 一緒にヘリに乗って来た東洋人の方が言った。

「えっ、あれに?」

 一般旅客機の発着場から外れた場所には、民間機ではない機体がいくつか並んでいた。

 漠然と、向こうにあるシャトルに乗るのだろうと考えていたが、今現在、直ぐに飛び立てそうなのは、二回りも小さい手前の機体だ。

 シャープなラインの軍用機…というか、ほぼ戦闘機に近い。

「ここ半年以内の病歴は? 持病はあるか」

 戦闘機に向かって急かされながら、矢継ぎ早に聞かれた。

 出国手続きも無しで、健康診断は口頭かよ…と、武藤玲司は少し呆れた。

「特にありません」

「じゃあ早く乗って」

「待って、宇宙服着ないでいいんですか」

 なまじ、どういう性能の機種か知っているので怖い。

「訓練も積んでいない素人が、1Gでフル装備してステップを上がるのは無理だ。安心しろ、中で着替えるまで待つから」

 トリコは、さっさと先に乗り込んでしまっている。

 あんな狭いコクピットで、しかも1Gで、ちゃんと着替えられるんだろうかと心配になった。

 まぁ、宇宙服着るのは初めてじゃないから、大丈夫だろうけど…。

 ジョン太が続いて、その後から外付けのステップをよじ登った。

 パイロットらしき男は、もう軽装宇宙服を身に着けていて、後から登って来る。

 いくらパイロット用の軽量化された宇宙服でも、あれでよく動けるな…さすがプロ。

 狭いコクピットに入ると、案の定トリコは、さっきまで着ていたスーツを脱いで下着姿になり、軽装宇宙服と格闘していた。

 横からちょっと手伝ってから、ジャケットとズボンを脱いでディバックに押し込み、壁にストラップで固定して、急いで宇宙服に潜り込む。

 さすがにコロニー出身なので、一連の動作は体が覚えていたが、軍用で最新型の軽装服は馴染みのないタイプで、最後にスリットを閉じる所で少し手間取った。

 それでも、民間人にしては異様に早い。

 ジョン太は、いつの間にかサブパイロットの席に収まっていて、カウントダウンが始まっていた。

 何もかも展開が速過ぎる。

 深く考える閑も、詳しい事件の状況を聞く閑も無く、軍用機は上昇し、民間人を乗せている事は全く考慮されていない加速で、体がシートめり込んだ。

 あっという間に成層圏を突破し、ふわりと体が軽くなるまで、大して時間はかからなかった。

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