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3.プロジェクトC (vol.4)

「あぁあー、くそめんどくせぇー」

 鯖丸は吼えた。

「やっぱりこれ、捨てて来れば良かった。フリッツだって、一人や二人、うっかり殺してもいいって言ってたしな」

 腰の周りに酸素供給ユニットと、人質(立場が逆転したテロリスト)から取り上げた備品をがちゃがちゃぶら下げ、片手に人質、片手に刀を握った、アンダースーツ姿の鬼丸は、多分味方でも、出会い頭だったら発砲されても仕方ない有様だった。

 大体、アンダースーツ姿だって、モラルの厳しい文化圏では、即逮捕されてもおかしくないぴっちぴちぶりだ。

 鬼丸の装甲が全身を覆っているからまだいいが、これ、装甲解けたら股間とか中身ほぼ丸出しだぞ。

 アンダースーツの性質上、下は裸だし。

 少し考えてから、ファニーメイのアンダースーツ姿に、別に何も思わなかった自分に安心した。ロリには無反応。

「まぁ、女は、大事な所は内蔵仕様だからな」

 続いて連想した、トリコとアウラのアンダースーツはヤバかったので、その場で少し深呼吸し、目を覚まして何してるんだと尋ねた人質は、もう一回タコ殴りにして意識を奪った。

「ダメだ俺、熟女マニア治ってねぇ」

 人質(仮)のテロリストを、引きずって歩きながら自問した。

「いやいや、性癖と愛情は別だろ。ちあだって、放っとけばいずれ熟女になるし、大体、今はタメ年だけど、学年はいっこ上…」

「お前はアホかー!!!!」

 背後から殴られた。

「あ…ジョン太。ここで何してんの」

 普通の人間バージョンの姿を捨てて現れたジョン太は、見慣れた犬っぽい顔をしかめた。

「暗い所を、腰ミノ付けてぶつぶつ独り言いいながら歩いてるバカが居ると思ったら、やっぱり知ってるバカだったから、がっかりしてんだよ」

「腰ミノじゃねーよ。戦利品だ」

 鯖丸は反論した。

「服とスーツはどうした?」

「盗られた」

 ああ…やっぱり…と、ジョン太は頭を抱えた。

 全裸じゃないだけまだマシだと考えてしまう自分が悲しい。

「刀を取り戻す余裕があるなら、服も探せよ」

「しまった、刀の近くに置いてあったのかも」

 今頃気が付いている鯖丸を無視して、ジョン太はたずねた。

「で…お前はどこへ向かってるんだ」

 客室とは、明らかに別方向へ歩いていた鯖丸に聞くと、「Drハリー捜してんだ」という答えが返った。

「あいつ、多分、この件の首謀者か、少なくとも指揮官だもん」

 言い切った鯖丸の肩を、ジョン太は軽く叩いた。

「お前は、考えなくていいんだよ、バカなんだから。考えるなバカ、感じろバカ、とりあえず感じるのも止めろ、バカ」

「俺、ジョン太の認識でどれぐらいバカなんだよ」

 鯖丸は一応聞いてみた。

「お前は、一番たちが悪い知能の高いバカだ」

 それは、バカではないのでは…と、鯖丸は内心思った。

「俺は、Cチームと合流して、ハストを捜す。お前は客室に戻れ」

 ジョン太は、鯖丸が引きずっているテロリストをちらと見た。

「それはピーターに任せて、乗客の護衛に回れ。まだ確保されていない奴らを捜し回るより、脱出を優先させた方がいい。

 そうだろうとは思っていたが、ピーターの無事を確認出来たのは朗報だ。

「でも、Drハリーが…。大体、Cチームって、合流出来る状態なのかよ」

 鯖丸は抵抗しかけてから、思い直した。

 ジョン太だって、それくらいは分かっているはずだし、船体のタイムリミットは、おそらくジョン太が考えているより深刻だ。

 いくらファニーメイが頑張っていても、一刻も早く脱出した方がいい。

「ジョン太…」

 鯖丸は、人質のテロリストを抱え上げて、背中に刀を固定した。

「Drハリーは、俺よりずっと遅かったのに、ジョン太より速く動いた。あいつの魔法は、多分特殊だと思う」

 魔力ランクは劣るのに、その魔法特性で格上の魔法使いより、遥に厄介な相手は存在する。

 例えば、今はどこに居るのかも知れない、ランクBなのに、異性に対しては無敵の魔法使いサキュバスの様に…。

「分かった。出会い頭に逃げればいいんだな」

 戦闘用ハイブリットのジョン太が、出会い頭に逃げるというのは、通常の人間なら出会わないという意味だ。

「うん」

 昔なら、ジョン太と一緒に行動する事を選んでいただろうが、鯖丸は素直に客室に引き返した。


 客室は、混乱しているものの、一定のルールは出来ていた。

 こういう時、手に負えなくなるのは地球人だろうと想定していたのに、実際はそうでもなく、個人差だった。

 黙々と、スーツの動作確認作業は進んでいて、地球人も宇宙人も、大人も子供も関係なく、冷静で、動ける者が動いていた。

 怯えて、パニックになっている者は仕方なく保護されて、実力もないのに支配的な態度に出る者は(おそらく、通常のコミュニティーではそれなりの地位だったのかも知れないが)捨て置かれた。

「ちぃーっす。俺、何んか手伝う事ある?」

 人質(笑)を引きずって、鯖丸は客室のドアを引き開けた。

 自動開閉の機能が止まっている。良くない兆候だ。

 ぎょっとした表情達が、こちらを見た。

 鬼丸のままだ。

 もちろん、わざとだ。

 人質(仮)を放り出し、恐ろしい形相のままで、客室内を一瞥した。

 蔦が這い回った室内で、人々はそれなりに秩序を保って動いている。

「ピーター、これ、外界に放り出しといて」

 人質(雑)を床に転がすと、ピーターはやっと気が付いた。

「うぉ、ニンジャマスター。変身かよ、パワーレンジャーかよ」

 一瞬、昔練習した変身ポーズを決めそうになったが、踏みとどまった。

「どう見ても怪人側だろうがよ、これ。威嚇目的なんだから、お前はさらっと流せや。長時間子供が見たら泣くだろ」

 しかし、子供は侮れなかった。

 パワーレンジャーだ…ニンジャマスターだという伝言は、ざわざわ広がった。マジで…?

 コロニーのガキども、純真過ぎるだろ。マイナーコロニーじゃ娯楽は少ないし、特撮やアニメや漫画みたいな、データの軽い物に取っつき易いのは経験上知ってるけど。

「いや…もしかして、怪人寄りだと思ってたのは気のせいで、本当は特撮ヒーロー…」

「正気に返れ、怪人ザリガニ男」

 後頭部を張り倒された。

「あれ…フリッツ?」

 忙しいんだから、ボケ続けるなと言いたげなフリッツのしかめ面が目前にあった。

 確かに、装甲の一部は甲殻類に似ているが、ザリガニは無いんじゃ…。

「お前の通り名はサムライセイバーだろうが。いつまでそのザリガニだ」

「ええと、何それ初耳」

「初耳なのか」

 フリッツは一瞬、驚いた表情をした。

 魔界名とは別に、勝手な通り名が付けられる事は良くある。トリコのビーストマスターがいい例だ。

「一応、変身ポーズ決めといた方がいいか?」

「変身ポーズがあるのかよ、お前は」

 ありますとも。

 若気の至りと云う程には、遠い過去でもない。今でも出来ますよ、寸分違わず。

 ただ、困った事に、既に変身済みだ。

 寄って来る小学生と特撮オタク(多分)を振り払い、周囲を見渡した。

 この場に居るはずのライルとマクレー(バット隊長)は、乗客の誘導にかかり切りになっているのか、客室内には姿が見えない。

 隔壁一枚挟んだ通路で、乗客の誘導をしている気配はあった。

「トリコは?」

 見当たらないので、フリッツに聞いた。

「いや…その…」

 曖昧な返事をしながら、ちらりとやった視線の先に、避難の準備をしている子供達の姿があった。

 その中の一人が、明らかに浮いた雰囲気で、周囲の子供達を誘導していた。

 トリコだ。

 何年振りかに見る、小さくて生意気そうな、中学生みたいな外観のトリコだ。

 魔法整形が得意なトリコが、魔界で様々な外観の女に変身しているのは見て来たが、この姿のトリコを見るのは久し振りだ。

 トリコは昔、心身成長同調不全症候群という、三十才以上なのに外界では中学生程度の外見しか保持出来ない、魔界出身者だけがかかる病気だった過去がある。

 その、外界にしか居なかったトリコが、ここに居た。

 自分が付き合っていた頃のトリコだ。

 一瞬視線が合って、すぐに怯えた表情の子供を連れて、通路へ出て行った。

「あ…あれ」

「何んだ、お前の方が見慣れてるだろう」

 フリッツに軽く言われて、我に返った。

 というか、今更軽くショックを受けてる自分も、何だかなぁと思う。

「お前は、ABチームの残存メンバーと共に、乗客の護衛に当たってくれ。ボス達が客席前部を護衛している。お前は後部だ。手が空いたらトリコとアウラが合流する」

 客席前部には、操縦室しか無い。

 外部からの侵入も困難だし、ファニーメイが守っている。

 残存テロリストが来るなら後部からだ。

「あー、はいはい」

 安請け合いしてから、気が付いた。

「それ、今の所俺一人でほとんどの敵を食い止めろって事?」

 フリッツ…現在はちょっと男前な黒人青年は、にっと笑った。

「出来るだろ」

「まぁね」

 ジョン太が、Drハリーを止めてくれるなら…だ。

 ハリーについては、その場で一通り話した。

 それから、船体が予想より持たないかも知れない事も。

 だから急いでいるとフリッツは答えた。

「最悪、ハストは見捨てるかも知れない。それは彼も了承している」

 コロニー出身の政治家としては、潔い態度だ。

 敵側がそんな態度を知っていれば、人質としての価値は落ちるし、知らなければこらが有利に事を運べる。

 確保に行ったジョン太の安全はどうなんだよと思ったが、そもそも元宇宙軍特殊部隊で、戦闘用ハイブリットで、練度の高い魔法使いのジョン太を、自分が心配するのが間違っている様な気もする。

「で…アウラは?」

 さっぱり見当たらない、小柄な魔法使いの事を聞いた。

「それは、あれ…」

 フリッツは、視線で客席の片隅を指した。

 そこには、体調や精神状態が悪くて、添乗員の一人が付き添った数人の集団が居た。

 内の一人は、潜入時に投薬が必要だと報されていた数人の患者の一人だった。

 後の者は、薬さえあれば、通常の健康状態を維持出来るので、非常用脱出艇と簡易宇宙服で、外へ逃れつつあった。

 その集団の外側に、アウラとレディーUMAが横たわっていた。

 通常の人間なら、とうの昔に目を覚ましているはずだ。

 どんだけ魔力高いんだ、こいつら…と、鯖丸は自分の事を棚に上げて考えた。

 見ている間に、アウラの方が、むくりと起き上がった。

 伸びをして、二度も欠伸をして、それからもう一度伸びをした。

「あーよ~く眠ったわ~。何んか頭痛い」

「殴っていいかな、こいつ」

 フリッツは聞いた。

「俺だって、ここで目を覚ましたらこんなもんだろ。慣れろ、いいかげん」

 鯖丸は諭した。

「分かってる。慣れてる。でも、愚痴は言いたいんだ」

「ああ…それは…」

 鯖丸は、フリッツの肩に手を回して、隅の方に引きずって行った。

 重力が軽いから、抵抗されなければ簡単だ。

「後で聞いてやるよ。サウスシティーで酒でもおごってくれれば」

「要らん。部下には弱音吐けんから、言ってみただけだ。愚痴はトリコが聞いてくれる」

 腹立つ事を言った。

「でも、終わったら酒でもメシでも、おごるぞ」

「要らねーよ。俺も、言ってみただけだ」

 鯖丸は肩をすくめた。

「それより、早く地球に帰って、嫁さんの顔見ながら、鰆の西京焼きで熱燗でも飲みたい」

「自分の芸風を考えろよ、お前は」

「俺の芸風の変化を指図するな」

 一応言ってから、通路に向かって群がっている子供達中心の人混みを除けようとしたが、かえって群がられてしまった。

 仕方がないので、鬼丸の形態を解いて、刀を構えて(鞘からは抜いていない)ポーズを決めた。

「レッツモーフィン!!」

「わぁ、パワーレンジャーサムライ」

「退け、ガキども。殿と呼べ」

 何もかも色々、間違っている。


 ジョン太は、船内を上へ向かっていた。

 嗅覚で、こちらが正解だと分かっていたからだ。

 上と言っても、旅客宇宙船の構造上、客室としての上は無い。

 乗務員も普段は入れない、メンテナンス用の狭い空間だ。

 空調は、貨物室と大差ないレベルで、それも今は保持出来ていない。

 その場所に、Drハリーが居た。

 おそらくハストも居ると思うのだが、いくら嗅覚の優れたハイブリットでも、知らない匂いは知らないとしか判断出来ない。

 ハリー以外に四人の人間が居る。

 それが、敵か味方かは分からない。

 通常なら、低酸素低温状態の空間では、低圧作業服か簡易宇宙服が必要だが、元々ハイブリットは宇宙作業用に作られた人工種だ。

 スーツから外して来たエアチューブを時々吸うだけで、かなりの時間活動出来てしまう。

 怖いのは、自分が普通の人間との混血で、どこまで耐えられるかの限界値が数値化されていない事だ。

 軍に居た時に真面目に検証しておけば良かったのだが、微妙な人権問題も絡む事なので、機会が無かった。

 カタログデータとしては、イルカくらいだと言われているが、過去の経験から、自分がそこまでの低酸素状態に耐えられるとは思っていない。

 鯖丸が腰ミノにしていた酸素供給ユニットを、一個もらって来たのは正解だった。

 非常灯すら消えた狭い通路を、でかい図体の割にほとんど音も無く移動した。

 相手の索敵にかからない様に、魔力レベルを最低限まで下げて、元特殊部隊で職業魔法使いのスキルを頼りに、狭い空間から体を引き上げた。

 この場所は、客室と違って外壁に近い。

 外壁に貫通孔を開ける危険は犯せない。

 拳銃よりも、弾丸一発の威力は低い短機関銃を、音も無くホルスターから抜いた。

 弾丸も低威力の樹脂弾に換装しているが、これでも上手く当てれば人は殺せるし、必要なら魔力も乗せられる。

 暗い空間の中で、薄く冷たい空気を吸い込んだ。

 吐く息が白い。

 ハイブリットの中でも、低温に強い犬型で、先祖返りのせいで暖かい毛皮もある自分は平気だが、相手はきっと、低圧作業服か簡易宇宙服を着ている。

 出来れば、人質のハストにも着せておいてくれと願った。

 ハストはハイブリットだ。

 コロニー出身の政治家としては、多数派ではないが、希な事でもない。

 ただ、どう見ても普通の人間の遺伝子の方が強く出ている、混血の二世代目か三世代目だ。

 自分の様な戦闘用ハイブリットではないから、身体能力も普通の人間より少し優れているだけだ。

 簡易宇宙服特有の、内装に使われる有機材の匂いが前方から漂って来る。

 人の匂いもするので、呼吸装置は付けたままで、シールドは開いているのだろう。

 無線通信の出来ない魔界では、通常の措置だ。

 更に用心深く、一歩進んだ。

 軽く船体に沿って湾曲した通路の向こうに、少しだけ広い空間が見えた。

 スーツのヘッドランプらしき光が、二つ、動いていた。

 記憶の中で、船内図を参照した。

 操縦席の少し後方、客室前部の上辺りが、光源だった。

 人の話し声は聞こえないが、スーツ独特の呼吸音は聞こえる。

 ゆるゆると、音も無く前へ進んだ。

 それは、突然来た訳ではなかった。

 前触れはあった。

 空気が動いた。

 気が付いた時、Drハリーが目の前に居た。

 ああ、これダメな展開だと自分でも分かった。

 出会い頭で逃げると鯖丸には言ったが、出会い頭の設定が間違っていた。

 Drハリーが居ると感じた時に逃げるべきだった。

 ハリーが何か言っていた。

 早送りの様で、ノイズとぶれた映像しか認識出来ない。

 それでもハリーの動作を認識出来たのは、ジョン太が普通の人間や通常のハイブリットとはかけ離れた反応速度を持つ戦闘用ハイブリットだったからだ。

 反応した。

 身を守った。

 反撃は、出来ていたかどうか、分からない。

 視界の隅に、拘束されたハストと、ここに居てはいけないはずの顔が見えた。

 それから、記憶が飛んだ。

 気が付くと、周囲には誰も居なかった。


 客室の避難は、七割方終わっていた。

 船外に出たからと言って避難が完了した訳では無いが、非常脱出艇は確実に外界へ向かっていた。

 残った者は、順次簡易宇宙服を着用して、エアロックへ移動していた。

 人質の人数が、着々と減って行く事に対して、バット隊長とフリッツは、懐疑的だった。

「そもそも、人質が多すぎたのは、向こうのミスでしょう」

「どうだろうな…扱いやすい人数まで減らすのが目的なら、あいつらの思う壷だが」

 バットは、頼りない事を言った。

「どっちにせよ、人質の頭数が減るのは、いい事だ。奴らもそう思っていたとしても」

「終わったぞ」

 トリコが会話に割り込んだ。

 外見は、心身成長同調不全症候群の治療を始める前の、外界でのトリコだ。

 この女は苦手だな…と、バットは考えた。

「引き続きこのままの姿で、人質を誘導してもいいが、お前は違う考えだろう」

 夫の上司をお前扱いだ。

 フリッツは、明らかにトリコにそうして欲しそうだったが、建て前は全然別だった。

 ビーストマスターは主戦力だ。魔界ではフリッツより強い。

 と云うか、魔界でこいつより強いのは、現場では鯖丸くらいだ。

 多分。

 出来れば敵方に、こいつや鯖丸より強い魔法使いが居ないのを祈るばかりだ。

「引き続きそのままの姿で、子供達を誘導してくれ」

 フリッツは言った。

「同じ子供で、でも…そうだな、魔界出身で小さい頃から魔法使いだと言えばいい。事実だから説得力があるし、子供同士の方が通じやすい事もある。大人が邪魔をしたら、その時は元の姿に戻って、上から命令すればいい。君はそういうのが得意だし」

「人を鬼嫁みたいに言うなよ」

 ちょっとの間、トリコは口をとがらせてフリッツを睨んだ。

 見た目がちびっ子なので、かわいい。

「人質の脱出が終わり次第、現場に復帰してくれ。君の戦力は必要だ。俺を助けてくれ」

 トリコはちょっと笑った。

 今の時点では、自分よりも頭二つ分近く大きいフリッツを、ぎゅっと抱いた。

 フリッツは膝をついて、少女の様な外見の、年上の妻に頭を撫でられるのに任せた。

「がんばれ。人質全員を守れ。お前なら出来る。お前の事は、私が全力で守ってやる」

「うん」

 うんじゃねーよ、このアホは…と、バットは内心思った。

 それから、自分が軍人ではなく、どちらかと云うと魔法使いに近い男に、現場の指揮を任せてしまった事に、遅まきながら気が付いた。

 それが最悪の事態ではない事も分かっていた。

 フリッツと自分以外に、この場を仕切れる能力と肩書きを持った軍人は居なかったし、自分には他に仕事がある。

 外界での調整や、いざという時責任を取る立ち位置や、周囲に命令を下す地位や。

 いくらフリッツが魔界担当で優れていても、彼の現在の階級では、無理な事もある。

 めんどくさい状況だ。

 昔みたいに、ウィンチェスター中尉の命令に従っていれば良かった若造なら、こんな場面でも迷い無く行動出来たろうに。

 その、昔の上官が、今は指揮下にある民間の魔法使いだ。

 そして、魔法使いは皆、一筋縄では扱えない。

 ちょっとため息をつくと、トリコはこっちを向いた。

「何んだ、お前は撫でてやらんぞ。家に帰ってから、むちむちでイタリア料理の上手い嫁に撫で回してもらえばいいだろうが」

「なぜそんな個人情報を。フリッツ、貴様~!!」

「俺は言ってませんよ。イタリア料理が上手いとか、むちむちを越えた体重になって来たとか」

 絶対何か言ってる、こいつ。

「俺の基準では、まだぽっちゃりの範囲内だよ」

 バットは無駄に言い訳した。


「よぉーし、オジサン頑張っちゃうぞー」

 避難する小学生の集団を背に、鯖丸は言い切った。

 子供達を含む集団の避難が、最後になってしまった。

 理屈としては明白だ。

 地球人や、軌道ステーションや、月面都市在住の人達と違って、マイナーコロニー出身者は、船外活動に慣れている。

 簡易宇宙服を渡されても、自分で安全確認して、大人から十才以上の子供程度まで対応しているサイズ調整をして、着用までするのは、素人には困難だ。

 ここに残った子供達は、全員それが出来る。

 出来るけど、出来るから最後尾に残されてしまうのは理不尽だ。

 他にも、残っている者は居た。

 魔力が高くて、避難する時に目を覚ませなかった数人と、子供達以上にスキルの高いコロニー出身の宇宙人だ。

 その他には、子供達と残るのを選んだ教師が二人。

「オジサンなんだ…」

 背後から声がして、驚いて振り返るとショーティーが居た。

 というか、なんでここに居る。

「ええと…君は23と基地車に居たはずじゃ…」

「そうですけど、ここに残ってる友達が心配だから、戻りたいと思ったら戻ってました」

 転送能力者の能力はデリケートだ。

 他の能力と違って事故も多い。

 鯖丸の認識としては、要らん心配事が増えただけだった。

 大体、自分には無い転送能力については、アドバイスも出来ない。

 よし、こいつピーターに丸投げ決定な。

 決定はしたのだが、近場にピーターが居ないので、鯖丸は周囲を見渡した。

 いいタイミングで、世界的なミュージシャン、レディーUMAが、ランクSのトリコやアウラさえ既に目を覚ましてから数十分、普通な感じで起き上がった。

「オハヨウ。あら、ハイジャックって、まだ排除されてないの?」

 こいつ、俺が言うのも何んだが、どんだけ魔力高いんだ。


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