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3.プロジェクトC (vol.3)

 ピーターの判断は速かったが、それでも相手の動作より遅かった。

 いや…ジョン太やフリッツの様な戦闘用ハイブリットに比べれば遅い反応だが、ピーターも原型に近いハイブリットだ。

 ノーマルな人間に比べれば、反射速度も身体能力も高い。

 それで対応出来ないなら、相手は魔法でどうにかしているのだ。

 どこから現れたのかも知れない相手に、鯖丸が叩き伏せられた瞬間に、ピーターは自分を転送していた。

 不本意だが、唯一代理の居ない自分のコマンドは「いのちをだいじに」だ。

 転送を開始する直前に、真っ先に浮かんだイメージは指揮車だった。

 自分ではそうだと思っていた。

 だから、目の前に現れた光景を、少しの間理解出来なかった。

 宇宙船の内部ではあり得ない緑が、視界を覆っていた。

 むろん、月の居住区や軌道コロニーならあり得るが、この場にそんな物がある訳が無い。

 少し考えて、先刻通り抜けて来たコクピットだと分かった。

 一目で分からないくらい、周囲を緑が被っていた。

 床に倒れているパイロットも、緑の蔦に半ば埋もれていた。

 絡みついた蔦から、回復系の魔法が、少しずつ流れ込んでいる。

 ライルと並んで、副機長の席に座っているファニーメイの、パールピンクのスーツが蔦の間に見えた。

 蔦はコクピットを這い出し、壁の一部ををこじ開けて、客室まで続いていた。

「お前、何してんだよ。こんな」

 無茶な魔法の使い方をして…と、ピーターは言いかけたが、振り向いたファニーメイと目が合って黙った。

 冷静で、少なくとも表情からは無理をして魔法を絞り出している雰囲気は無い。

 どれだけ魔力高いんだ、この女は。

 スーツの開け放ったシールドから、大量の蔦が這い出し、浅黒い顔と色の薄い髪の周りを被っていた。

「あなたこそ、何をしているんですか」

 若干呆れた表情で聞かれた。

「ああ…」

 言い訳をしかけて、止めた。

 普通ならハイスクールに通っている様な年齢だが、特殊な能力とあまり良くない環境の所為で、随分昔から裏家業の魔法使いだ。

 切り替えは早かった。

「ニンジャマスターが襲われた。場所はええと…メシ作って配るとこ」

「ギャレーユニットですね」

 コクピットで集中しているライルが言った。

 ファニーメイよりも余裕は無い様に見えるが、プロの軍人だから、気を使ってやらなくてもいいだろう。

「ニンジャマスターって誰よ」

 ファニーメイは眉をひそめた。

「アレだよ、アレ。薄っすい顔の東洋人で」

「人数少ないんだから、名前くらい覚えてくださいよ。サバマルですね」

 ライルは確認した。

「知らねーよ。とにかくニンジャが、あのスパイとか言ってた学者に襲われて」

「えー!!」

 ライルとファニーメイは、同時に声を上げた。

「何んでここに居るのよ、貴方は。助けようと思わなかったの?」

 ファニーメイに非難された。

 むろんピーターは、ファニーメイと鯖丸の、過去にあったU-08での関わりは知らない。

 なので、ファニーメイに庇われた鯖丸を、微妙にライバル位置として認識した。

「いや…俺のポジションは、自分確保だから」

「いいですね。正直、感心しました」

 ライルが言った。

「君はもう少し、直情的な子供だと思っていたんですが」

「直情的はいい。子供は取り消せ」

「褒めてるんだけど…」

 ライルは、不満げに言ってから、ふと我に返った。

「君は、非常時には基地車に戻る設定だったはずですが」

「転送は微妙なんだよ。ご希望なら今から基地車に戻りますけど~」

「いや…いい」

 この場の仕切りを任されているらしいライルは、一瞬だけ考えて言った。

「客室の麻痺が解け始める時間だ。体勢を立て直しましょう」

 蔦に絡まれている機長と、側に屈み込んでいるアテンダントに声をかけた。

「我々は客室に移ります。この扉は、生命の危険が無い限り、封鎖してください。いずれ、救助が来ます」

「いや…我々は、乗客の安全を守る義務が…」

 蔦に絡まれたまま、横たわっていた機長が言った。

 反論する程回復したのは、喜ばしい。

「足手まといだから、ここで待機しろと命令しているんです」

 ライルはぴしゃりと言い切った。

「指示に従ってください」

「分かった」

 機長は、諦めたのか、そう答えた。

「ファニーメイ、君もここに残って。ユートが交替のパイロットとして来るはずだ。それまで、機内環境の保持を頼む」

「はい」

 緊張した表情で、ファニーメイはうなずいた。

 普通なら、こんな子供に任せてどういうつもりだと非難される所だろうが、ファニーメイの魔法は、視覚的にもインパクトがある。

 機長とアテンダントは、大人しく従った。

「じゃあ、行きますよ」

 ライルは、非常時にはエアロックとしても機能する、頑丈な扉を手動で開いた。

 客室までは、アテンダントの控え室を兼ねた、短くて狭い通路があるだけだ。

 ほんの少し先の客室では、パニックが起こりかけていた。


 蔦の這い回った客室で、最初に目を覚ましたのは、乗客ではなく拘束されたテロリストだった。

 客室内で最初に目を覚ました彼は、兵士としてはそこそこ優秀だったが、むろん魔力は低かった。

 ジョン太が念入りに巻いた拘束テープを外そうとしている間に、人質だった乗客の幾人かが、目を覚ました。

 目を覚ました冷静な乗客と混乱した乗客は、そこだけは意見が一致して、ギャレーワゴンのトレーと本体で、目を覚ましたテロリストをタコ殴りにしていた。

 そうこうする内に、他の乗客とテロリストも、順次目を覚まして行った訳だが、この場を仕切らなければいけない魔法使いも軍人も、こんな所に派遣されて来るくらいだから、平均より魔力は高い。

 テロリスト側も、魔力の高い者は、拘束され、倒れたままだ。

 敵も味方も、指揮系統を失っていた。

 そこへ、ライルとピーターが乱入した。

「国連宇宙軍だ。全員その場へ伏せろ。少しでも動いた者はテロリストと見なす」

 威嚇に、火薬式の銃を二発撃ってから、客席へ向けた。

 先刻までの、どちらかと云うと軍人としては大人しいタイプに見えた男の面影が無い。

「待て、私達は…」

 反論しかけた乗客の一人を威嚇してから、銃口をずらし、明らかにテロリストだと分かる拘束された二人を、何の躊躇いもなく撃った。

 目を覚ましていた二人は、変な声を上げて動かなくなった。

「質問は、こちらからする」

 やべぇ。まともに見えたけど、こいつも軍人のクセに魔法使いだしな…。

 とりあえず、パニックが起こる前にこの場を制圧する目的らしい事は、ピーターにも分かった。

 もう一つの目的は、先行したバット隊長達への合図だった。

 それからライルは、四隅に倒れたテロリストの方をちらりと見た。

「君は、こいつらを指揮車へ」

「いっぺんには無理だぜ。どいつから行く?」

 能力的に無理という意味ではなく、指揮車に確保したスペースは小さい。

 転送事故無しに運べる限界は、二人くらいだ。

「寝てる奴からだ。魔力が低い奴は、後回しでいい」

 まぁ、魔力が低くて目を覚ましてた奴らは、あんたが撃って瀕死にしちまったからなぁ…と、ピーターは考えた。

 まだ寝ているテロリスト二人の首根っこを掴んで、その場から消えた。

 ピーターが消えると、ライルは、まだ大半が寝ている乗客に向き直った。

「脅かしてしまってすみません。間もなく、サウスシティーから救助の為の地上車が来ます。皆さんは、準備ができ次第、船外へ避難していただきます。それまで、どうかパニックを起こさないで、こちらの指示に従ってください」

 順次、目を覚ました人々は、周囲に説明されたり、何となく状況を察したりで、それなりに秩序を取り戻しつつあった。

 魔力の高い者は、まだ誰も目覚めていなかった。


 リッキーとバットが合流したのは、ギャレーユニットの先、一般乗客が入れる通路の突端だった。

 ここまでは、誰にも出会わずに来た。

 この先は、機関室と添乗員宿直室と貨物室…侵入経路として使った場所で、階層も異なる。

 ジョン太は、通路のどん詰まりで待っていた。

「遅いぞ」と、一応文句を言ってから、続けた。

「二人だけか?」

「Cチームの合流も無いんですね」

 ジョン太とバットは、顔を見合わせて、一瞬黙った。

「下の階層を確認して来ます」

 リッキーは銃を構え、Bチームが侵入経路に使った非常用通路のハッチに手をかけた。

「待て」

 バットは、リッキーを止めた。

「Cチームのサポート無しで、これ以上チームを細分化する訳にはいかん。客席に戻る」

 少なくとも、客席には確実に仲間が居る。

「乗客を守りつつ、皆がフリッツの無差別麻痺から目を覚ますのを待つ」

 範囲外に居るテロリストの確保は出来なくても、人質を奪還すればこちらの有利に持って行ける。

「ハストはどうするんです」

 特別な人質として、範囲外に連れ去られているハストの居場所は、まだ分かっていない。

「まぁ、政治家なんだから、いざとなったら一般市民の為に身を捧げてもらうさ」

 バット隊長は、さらっと政治的にも人道的にも、色々問題がありそうな発言をかました。

「俺が単独で確保して来るよ」

 ジョン太が提案した。

 普通ならあり得ないが、戦闘用ハイブリットの能力と、職業魔法使いのスキルを持っているジョン太なら、それ程無茶だと思えない所が恐ろしい。

「後で余裕あったら応援寄越してくれや」

「分かりました。出来ればCチームの残り二人とも、合流してください」

「さりげに、てめーの手下二人の確保まで押し付けんじゃねぇよ」

 文句を言いつつ、ジョン太は下階層に向かった。

 くそう、鯖丸はピーター連れて、どこをほっつき歩いてんだよ。あいつらが居れば、もっと余裕あったのに。

「まさか、すげぇ久し振りに、全裸で掠われたりしてねぇだろうな…あいつ」

 以前と比べたら、だいぶ弛んでいるが、それでも通常の基準ではまだイケてる体型に分類されるかも知れない武藤君二十六才既婚、もうすぐ子持ちが、昔と同じ様な感じで拉致られる図を想像して、ジョン太はうんざりしてため息をついた。

「何やってんだよ、あのバカは…」


 バカは拉致られていた。

 状況を把握するのに、しばらくかかった。

 気圧も酸素濃度も低い。

 全裸ではないが、装備は全て剥ぎ取られて、アンダースーツ一枚だ。

 努力しなければ、呼吸も困難な環境だ。

 目の前に、見慣れない仕様のスーツの足下があった。

 起き上がろうとしたが、拘束されて手足は動かなかった。

 無理に上体を起こすと、くらくらした。

 頭痛と吐き気が襲った。

 おまけに、中装スーツの、ラバーの滑り止めが付いた踵が、少し起こした頭を、もう一度床に叩き付けた。

「動くな」と、命令された。

 吐き気と頭痛が、外傷の所為なのか、低酸素状態の所為なのかも、まだ分からない。

 よし、落ち着け…と、自分に言い聞かせた。

 相手の声は聞こえた。ものすごく微かだが。

 耳で聞いているのか、魔力で補強しているのかも、判断出来ない。

 相手は一人、スーツのシールドは閉じている。

 周囲を探ると、自分の刀はごく近くにあった。

 辺りは暗い。

 目視出来る範囲内では、機関室への通路だ。

 メンテナンス作業で通る場所だから、通常呼吸可能な環境にはなっていない。

 おまけに、機関室で爆破事故があった後だ。

 そんな場所に、下着同然のアンダースーツ一枚で、転がされている。

 一瞬で血の気が引いた。

 死ぬ!! 俺死ぬ。

 運良く生きて帰れても、長生きは出来ない。

 客室や乗務員室は、きちんと隔離されているが、こんな所、中装宇宙服以下の装備で、事故後に入る奴なんて居ない。

 ああ…それでもまぁ、生きて帰れれば、平均寿命の半分くらいは何とかなるだろうな…今後医療も進歩すれば、そこそこは長生き出来るかも知れない。

 でも、今後はきっと子供は作らない方が無難だし、自分の健康状態も万全とはいかないだろう。

 うわぁ、ちあごめんよぅ。

 予定していた明るい家族計画が、一瞬で暗い感じに。

 うろたえるだけうろたえた鯖丸は、少し冷静になった。

 そこまでの状況なら、俺、とっくに死んでね?

 自分の周囲に、もやがかかっていた。

 魔界と外界の境界に似ている。

 ただ、相手には、見えてないっぽい。

 無意識で結界を張っていたのに気が付いた。

 視線を落として、アンダースーツ越しの体を確認した。

 今までに無いくらい厳重に、外殻を強化していた。

 便宜上『鬼丸』と呼んでいる、弱点を補強する鬼の様な外観が展開していた。

 無意識の自分が、とりあえず最良の選択をしたのが分かった。

 次は、これからどうするかだ。

 今の所、索敵範囲に居るのはこいつ一人。

 装備と戦闘能力は高そうだが、魔力は普通だ。

 拘束に使った強化プラスチックのテープは、外殻を変形させるとあっけなく切れた。

 相手の足下を探り、スーツの足首を掴んだ。

「お前は」

 話せるのは、自分で無意識に確保した周囲の空気の所為だろう。

 時間が経ったので、酸素濃度も気圧も低下している。

 大気操作系の能力があるので、今まで死なずに済んだが、こういう場面で必要なのはきっと、ファニーメイの植物操作なんだろうな…と思った。

 自分を見張っていたテロリストは、銃を持っていた。

 連射出来る自動小銃で、魔界でも作動するタイプだ。

 口径は小さいので、船体に致命的な損傷は与えない。

 テロリストらしき相手は、こちらを見下ろした。

 周囲は暗くて、シールド越しには、年齢も性別も分からない。

「お前は」

 もう一方の手を伸ばして、ゆっくりと刀を呼んだ。

「若いのか年寄りなのか、男なのか女なのかも分からないけど」

 言葉を吐き出すのにも、努力が必要だった。

 ああ、これ、やっぱり低酸素症だ。

「俺を一人で確保して、無事で居られると思ってるのか」

「殺すなとは言われているが、傷つけるなとは言われていない」

 長い銃身がこちらを向いた。

 わぁ、こんな接近戦で、頭に直接銃口突き付けたら、勝ちだと思ってんだ。

 おめでたい魔界素人だな。

 掴んだ足下から、極小のかまいたちを放って、相手のスーツを切った。

 そこから、スーツ内にある豊富な酸素をこちらの結界内に吸い込む。

 相手が倒れるのはすぐだった。

 スーツのシールド越しに辛うじて見えたのは、うっすら髭を生やした、白人の青年だった。

 鯖丸は、相手から吸い取った空気を、周囲に張り巡らせて体を起こした。

 呼んだ刀を左手に握った。

「こんな所に一人で居るって事は、お前には未来なんて要らないんだな」

「当然だ。我々北ルミビア…」

「飽きたわそれ」

 鯖丸は、起き上がって、顔面に蹴りを入れた。いわゆる『ヤクザキックは』低重力にしては割合綺麗に決まった。

 相手のスーツから予備タンクを引きむしった。

「じゃ、これも要らねーよな。俺は、今後の人生設計がいっぱいあるから、もらってくよ」

「ちょ…待て」

 手を伸ばした所を蹴り飛ばされて、相手は床に転がった。

 あわてて、腰のポーチからスーツの修理パッドを出して、足首に貼り付けている。

「化け物かよ、お前。こんな真空に近い場所で、一時間も経って死なないなんて」

 一時間も経ってたのかよ…。

「お前らのせいでこうなったんじゃ、ボケが。俺だって昔は、可愛い子供だったわ」

 蹴り飛ばしてから、少し考え直して、スーツ姿の多分若い男を、ずるずる引きずって、出口に向かった。

 弾除けの楯くらいにはなるだろう。

 問題はDrハリーだ。

 あいつの魔法が何なのか、全然分からなかった。


 客室では、敵味方を含めて、ほとんどが目を覚ましていた。

 残っているのは、アウラとレディーUMAだけだ。

 フリッツの魔法が発動してから、七十七分。

 ランクSのトリコが目を覚ましているのは、意外だった。

「君は…魔力ランクが低下したのかな」

 だるそうに首をひねっているトリコを見て、バット隊長はたずねた。

 魔法は、魔力が高い程よく効く。

 有利な物も、不利な物も。

 フリッツの無差別麻痺攻撃は、ランクSなら二時間近く意識を失っているはずだ。

「いや~、何回もかかってたら、慣れたみたいで」

 まだ少しだるいらしく、運動神経が鈍いおばちゃんがやる様な、微妙なストレッチをしてから起き上がった。

「何回もって、どういうプレイなんだ」

 既に目を覚まして周囲を制圧しているフリッツに尋ねた。

「それは、夫婦間のプライベートな話なので」

「ジョークで聞いてんだから、否定しろよ」

 肩をすくめてから、周囲を固めつつ、客室内を確認した。

 ライルが、見かけによらないやんちゃっぷりを発揮して、半殺しにしたテロリスト二名を除けば、客室内の敵は排除されている。

 外には、ユートが乗って来たWN703…名目上は、テロリスト側の要求に応えた形の長距離宇宙船と、その背後に、迷彩偽装された月面地上車が、魔界との境界に控えている。

 人質さえ確保出来れば、実は魔法使い達には話していないが、シグマ010を魔界の影響を受けない高軌道から、爆撃破壊する段取りも付いている。

「今の内に、出来る限り乗客を船外に出す。添乗員は、皆を誘導してくれ」

 客席から、三人が立ち上がった。

 内の一人は、潜入時に協力してくれた東南アジア系の添乗員だ。

「皆さん、01のゲートから通路へ出てください。簡易宇宙服の数には余裕があります。現在、お客様全員が着用しても、余ります。慌てずゆっくり、係員の指示に従ってください」

 マニュアルとは少し違うのだろうが、まぁ、近い感じの指示なのだろう。

 順調に行くはずだった乗客の誘導が滞ったのは、皆が客室から出て、少ししてからだった。


 真っ当な宇宙旅客船なら、乗客の定員数に合わせた簡易宇宙服を標準装備している。

 この船も、当然そうだった。

 通常なら、空気圧で上階まで押し上げられて来る簡易宇宙服のユニットが、操作出来なくなっていた。

「見て来ます」と言って、狭い点検孔から下に降りた小柄な添乗員の女は、少しこわばった表情をして、戻って来た。

「格納庫が破壊されています」

 乗客にパニックを起こさせない為に、バット隊長の耳元で言った。

「簡易宇宙服の全てが破壊されてはいません。一部が損傷しただけです。ただ、着用前にチェックが必要です。手動でここまでユニットを上げる事は出来ます」

 一つずつ、動作チェックをしてから、人質に宇宙服を着用させる手間を考えて、目眩がした。

 敵側も、それを想定して、雑にユニット周辺を破壊したのだろう。

 頭を抱えるバットの背後で、フリッツが添乗員に命じた。

「非常用脱出艇の動作確認。無事なら地球人優先で乗せろ。限界まで詰め込んで、月面に放り出せ。同時進行で、経験者優先で簡易宇宙服の配布」

「ちょ…お前」

 いや…それ、いい案だけど非道いぞ。

 どうせ、テロリスト連中は、船外まで手を出せる奴は少ないだろう。

 脱出の時、一番足手まといなのは、マイナーコロニー出身の子供でも、月や軌道ステーションの大人でも無く、地球人だ。

「私は最善を尽くします。後始末はよろしく」

 とても珍しい事なのだが、フリッツはにっこり笑った。

「指揮官は自分ですが、最高責任者は貴方ですからね」

 バットは、少し俯いて笑った。

 フリッツの肩に手をかけて、ぽんぽんと二度叩いた。

「喰えん魔法使いになったな、お前」

「魔法使いになったのは、ここ最近ですが、喰えん奴なのは昔からです」

「いやいや、お前只のツンデレだろ」

 反論しかけたフリッツを制して、バットは言った。

「ピーターと鯖丸は何処だ。トラブルがあったのか」


 ピーターは、暫くして基地車から戻った。

 基地車に、客室から連れ出したテロリスト全員を確保する空間は、もちろん無い。

 適当にスーツを着せた後、拘束してから、魔界と外界ぎりぎりの境界に放り出したと言った。

「後は、外界の奴らがどうにかしてくれるだろ」

 境界ぎりぎりなら、外界からの手出しも容易だから、放り出されたテロリストの確保は、おそらく通常の範囲で行われただろう。

「あと、そんな事出来るなら、乗客全員連れ出せとか言ってたけど、あいつらアホなの? 軍人のくせに何も分かってないみたいだけど、一応殴らないで我慢した方がいいの?」

「済まんな。魔界の事を知らん正規軍の認識なんて、そんなもんだ。後で説教しとくから」

 マクレーに謝られて、ピーターは「ちゃんと報酬もらえるなら、謝罪なんて要らないよ」と、答えた。

「で…俺があちこちジャンプしてた間に、ここ、どうなってんだ」

「うーむ、良くはなってない」

 鯖丸は相変わらず行方不明で、ジョン太にはハスト確保の為、単独行動を任せた事を説明した。

「正味、今襲われたらヤバイ。索敵と守備は魔法使い達に任せて、うちの連中は乗客の誘導とスーツの点検だ」

「へぇ、俺も索敵に回る? だったら、慣れてるから、姉ちゃんかボスと組みたいけど」

 無邪気な表情で聞いて来る、ウサギ型ハイブリットの少年を、バットは複雑な気分で見た。

 扱いとしては、一般の魔法使いと同様になっているが、こいつは子供だ。

 環境の所為で、ファニーメイと違って大人扱いされているけど、どう考えても『アイ・カーリー』に出て来る様なガキだ。

 ドラマの設定よりは、ちょっとだけ年上だが。

「お前は代わりが居ないから、引き続き自分確保だ」

「命令ならそうするけどさ…。俺、スーツの点検なんて、マニュアルに書いてある事しか出来ないぜ」

「大変なポジションなのに、スーツの点検までしてくれるのか。働き者だな、君は」

 ピーターは、長い耳を伏せて、頭の後ろを掻いた。

「褒めても何も出ねーぞ、おっさん」

 ハイブリットは、混血と世代交代で特性が薄れてしまったとはいえ、人に奉仕して褒められると嬉しいという特性は、うっすら残っている。

 というか、残っている者も居る。

 個人差だ。

 この子供を、どこまで利用していいのだろうと、バットは少しの間考えた。

 この作戦終了までは利用しよう。

 この子の生命に危険が及ばない範囲内で。

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