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3.プロジェクトC (vol.2)

 ジョン太が意識を取り戻すのは、誰よりも早かった。

 通気口のカバーを殴りつけて破壊し、狭い空間から客室へ滑り降りた。

 客室内は、予想通りの状態だった。

 消耗した人質達と、疲弊したテロリスト。

 その全員が、ひとかたまりに気を失って倒れていた。

 じゃあやっぱり、調整した自分より魔力の低い奴なんて居ないんだな…と周囲を見回して一瞬考えた。

 職業魔法使いとしては有利な要素なのに、内心少しがっかりしたのは、魔法の使えない魔法使いとして、けっこうな年月仕事をして来たせいかも知れない。

 それとも、魔法を使える様になったきっかけの、割と不愉快な事実を思い出した所為かも。

 鯖丸が『俺は少し楽しかった』という風な意見を述べたのも思い出した。

 どう考えても、あいつの方のダメージが大きいはずだけど…当時はともかく、今はそう思える。

 それから、自分の背後で気絶しているレビンを、通気口から引きずり出し、人質の外縁に配置した。

 倒れているトリコを見て、少し動揺したが、傷は大半が回復されている。

 人質の輪から引きずり出し、有利な位置に配置する。

 敵方の魔力レベルを全員把握する事は出来なかった。

 武器を取り上げながら移動し、反対側まで来て、エイハブとバニーを引きずり出して配置した。

 テロリスト側は全員、テープで拘束し、床に転がした。

 人質とテロリストを巻き込む為に、中心部に倒れているフリッツは、目を覚ました時に全体を制圧出来る客席前部に置いた。

 そんな状態でも、魔法整形で割とありがちな黒人青年の容姿を保っているのを見て、魔法使いとしては特に魔力は高くないこの男の熟練度に舌を巻いた。

 四年前には、素人に毛が生えた程度の魔法使いだったのに、どれだけ過酷な任務をこなして来たのかと、少し同情する。

 一分にも満たない時間でそれだけの事をして、やっと客室以外の周囲の状況に目を向ける余裕が出来た。

 一瞬で、魔力レベルを引き上げ、索敵する。

 犬型ハイブリットの姿が、北欧系の大柄な白人の姿に変わる。

 それから、魔力と身体能力のバランスを取りながら、普通の人間に近い姿のハイブリットに落ち着いた。

「何やってんだ、バットの奴。フリッツが伸びてる間は、てめーが指揮官だろうに」

 バットの気配が、予定していた操縦席に居ない。

 居るならとっくに、この場を制圧しているはずだ。

 フリッツの魔法範囲に、操縦席は含まれていない。

 気を失っている間に、予想外の事が起こったのだろうか。

 鯖丸も範囲外に居たはずだよな…あの時の状況なら…と、考えを巡らせた。

 一瞬また、犬型ハイブリットの姿に戻って空気の匂いを嗅ぎ、銃を構えながら操縦席に向かった。

 バットと鯖丸とリッキーとピーター、それから甘ったるいキャンディーの匂い。

 鯖丸の奴、何あめ玉舐めながら突入してんだ。(本当はバット)そして、この場を制圧しないで、四人とも通り抜けて行ったなら、もっと優先すべき事態が別にあったのだろう。

 操縦席は、通常ロックされているはずだが、ドアは手動で開いた。

 中には、ライルとファニーメイが居た。

 パイロットは床に横たえられて、操縦用のスーツは血で汚れていたが、回復されて呼吸は安定していた。

 側にアテンダントが屈み込んでいる。

 彼の制服にも血痕があったが、それはパイロットの物で、怪我は無さそうだ。表情は憔悴しているが。

 軽装宇宙服を着たテロリストが二人、拘束用のテープで確保されてコクピットの隅に転がっていた。意識は無い。ヘルメットは外されている。

 かすかに薬品の匂いがした。

 念入りに絞め落とされた上に、薬まで使って意識を失わせた上に拘束されている。

 こういう念入りなやり方はマクレーだ。

 ライルは、コクピットに座って、船の状態を確認していた。

 首筋のプラグに有線接続しているが、目の前にあるはずの表示は、粗い粒子のグレーで空中に浮かんでいて、全機能は使えないのだろうと予想出来た。

 魔界内のここまで飛ばして、不時着したのだ。

 手動での操縦は出来ていたはずだが、エンジンルームが破壊された今、どの程度船が生きているのかは、分からない。

 それの確認作業をしているだろうライルは、手を休めずに報告した。

「バット、リッキー、サバマル、ピーターの四名は、船体後部を制圧に向かいました」

 それは、Cチームがやるはずだった仕事だ。

 しかし、ロンは負傷しているし、ティンマンと確かマッキーとか言ってたか…残りのCチームは二人で、そもそも無事なのかも分からない。

「船の後ろの方で、また爆発があったみたいなんです。それで皆、そっちへ…」

 ファニーメイは、不安げにこちらを見て言った。

 パールピンクのスーツからは、緑色の植物が這い出して、コクピットの周辺を取り巻いていた。

 ふいに、空調を止められているこの場の空気が、驚く程清浄なのに気が付いた。

 客室内の空気も、先刻まではもっと酷い状態だったはずだ。

 そんなに頑張らなくてもいいんだ、安全な(ここに比べれば)指揮車に戻れと口に出しそうになった。

 この娘は、魔力が高くて宇宙育ちなだけで、息子の拓真と同年代の子供なのだ。

 言葉を飲み込んでから、ジョン太は別の事に気が付いた。

「副操縦士も居たはずだ。客室にも居なかった。ハストもだ」

「あの、ひより…政治家は」

 日和見の…と言いかけたらしき言葉を、ライルは自制して、続けた。

「特別な人質として、別の場所に居るそうです。特別な人質なら、レディーUMAの方が価値があるのに」

「ファンなの? だったら、彼女の価値が分からないテロリストで良かっただろ」

「彼女もハイブリットなんです。自分もですけど…貴方から見れば甘えた事をと思われるでしょうが、見た目は普通でも、やっぱり差別はされますからね。とりあえず、奴らがレイシストなのは良かったかも」

「日和見も才能だし、ルミビアの連中も差別される側だよ。だからって何やってもいいって訳じゃねーけどな」

「済みません」

 ライルは素直だった。

 というか、有線接続した船内の確認で、ほぼ手一杯らしかった。

 うかつに本音が漏れだだけなのだろう。

「ここは任せていいな」

 ファニーメイの方をちらりと見て言うと、ライルは「はい」と頷いた。

「で…副操縦士は?」

 アテンダントの青年が、こちらを向いた。

「副機長は、あいつらの仲間なんじゃないかと思います。機長を撃ったのは彼なんです」

 まぁ、内部に居る敵が、Drハリーだけのはずはない。

「それから、乗務員のナジールも、多分あいつらの仲間です。あいつらと話してるのを見た」

 アテンダントの一人は、消息を確認出来ていない。

 敵なのか人質なのかは、まだ分からない。

 そもそもこいつだって、気の毒だが完全にシロじゃない。

 トリコが目を覚ませば、強引な方法で確認してくれるだろうが…。

 とりあえず、むずかしい所は一段落した様子のライルに言った。

「悪いがもうしばらく、現状維持に努力してくれ」

 出来るな…と念を押しそうになって、ジョン太は言葉を飲み込んだ。

 この青年は、まるで自分が指揮官のように接しているが、実際は単なる民間の雇われ魔法使いだ。

 木星戦争の英雄、ウィンチェスター中尉という幻想は、この年になってもまだついて回るのか…と、ジョン太は少しげんなりした。

 いや…分かってて偉そうに振る舞っている俺も悪い。混乱した現場では、仕切る奴が必要とは云え。

「頼んだよ。魔力レベルの低い奴は、そろそろ目を覚ます。それが終わったら、乗客がパニックにならない様に仕切ってくれ」

 生真面目な表情で敬礼したライルを見て、ジョン太は言わなければ良かったと後悔した。

 そんな事、言われなくても分かっているはずだ。

 こっちはもう民間人で、彼は訓練を積んだ軍人だ。

 魔界なんかに派遣されているのだから、軍の中では変わり者なのだろうが。

 敬礼は返さず、軽く手を上げて曖昧に頭を下げてから(日本人にありがちの、微妙な空手チョップと併用のお辞儀)ジョン太は操縦室を出た。

 ファニーメイが、一瞬縋る様にこちらを見たが、きりっとした態度に戻って、手を振った。

 済まん。もう少しすれば、客室で気を失ってるこちら側の連中が目を覚ますから。

 拳銃と短機関銃を確認しながら、ジョン太は客席を走り抜けた。

 濾過された、独特の空気の匂いの中で、皆の行き先を特定した。

「くそっ、鯖丸の奴昔ほど臭くねぇ。身綺麗にしやがって。飴食ってたのバットかよ。ミント系は止めろ…」

 文句を言いながら、通路を進んだ。

 あっという間に行き止まりで、その先は乗務員専用エリアに続いていた。


 後部エンジンルームから異常な振動があったのは、マクレー達が操縦室を制圧した直後だった。

 当然予想出来た事だったが、鯖丸は、相手がそこまでやるとは思っていなかった。

 月と軌道ステーションを行き来するのに必要なメインエンジンは破壊されていたが、四基ある補助エンジンは半分残っていた。

 正確には、一基と半分で、残った二基の内一つは、だましだまし動いている状態だ。

 生命維持装置を確保するのに、それはぎりぎりの状態で、敵側とは言えさすが宇宙船の専門家、くやしいけれど見事な落としどころだと思った。

 それも放棄したなら、相手はもう人質の安否など、どうでもいいと云う事だ。

「いや…、元々あいつらは、人質の生命なんてどうでもいい。こちらの偽装がバレたのかどうかはまだ分からんが、楽観しない方がいいな」

 マクレーは苦々しい口調で言った。

「だって、このままじゃ、奴らの仲間も、人質と一緒に危険に晒されるじゃないですか」

 作戦上、こちらに見張りを残さない訳にはいかないだろう。

 魔界で、魔力の高い魔法使いを出し抜くのは、容易ではない。人質と残る人員も必要なはずだ。

「それも予定内だったかもな」

 嫌な話だ。…が、信義の為なら命を捨てる様な連中が、それをやらない保証は無い。

 勝手にしろ、巻き込むな…と、鯖丸は考えた。

 あんな奴ら、皆死ねばいいのに。

 チャンスがあればやってしまいそうな自分が怖かったのに、実際は足がすくんでしまった事を思い出した。

「ファニーメイ」

 コクピットのライフラインを確保している少女に、マクレーは声をかけた。

「客室内の空調も任せていいか?」

 パールピンクのスーツから蔦を這い出させていた少女は、「はい」と答えた。

 船と有線接続する為、コクピットにかさばるスーツごと体をねじ込んでいるライルに、マクレーはちらと視線をくれた。

 任せたぞと云う風にアイコンタクトを取って、腕を軽く上げた。

「行くぞ」

 鯖丸は、刀を掴んだ。リッキーは、銃を構えた。

 ピーターは、何時でも転送出来る様にシールドを閉じて身構えた。

 四人は、コクピットの耐圧扉を手動で開き、客室内に踏み込んだ。


 客室内には、むっとする空気が漂っていた。

 どちらかと云うと、気温は通常の設定より低い。

 それでも、空調を止められた淀んだ空気と、密集した人々の発する恐怖の匂いが、狭くはない客室に立ち込めている。

 乗客は、客室後部に押し込められたまま、倒れていた。

 誰一人、まだ目を覚ましていない。

 ジョン太が目を覚ましていないなら、当然だ。

 マクレー…バット隊長に続いて、客室内を駆け抜ける間に、周囲を観察した。

 なるべく広範囲を巻き込める様に、乗客とは離れた場所で倒れているフリッツ。

 怪我はほとんど回復しているが、魔力が高いから当分目は覚ましそうにないトリコ。

 近くに、アウラと、おそらくレディーUMAと思われる派手な女が、周囲を囲い込む様に倒れている。

 側には、中年と言う程でもないが、特に若くもない妙齢の女二人と、壮年と青年の男二人が、同じ空間を囲い込んでいた。

 内側に、座り込んだ姿勢のまま固まっているのは、全員子供だった。

 テロリストらしき武器を持った男達も、他の乗客もアテンダントも、無造作に周囲に転がっていた。

 少し離れた場所に、ドリーが居る。

 交渉が決裂したのか、その前に意識を失ったのかは、状況からは分からなかった。

 リッキーが、ちらりと微妙な視線を向けたので、この二人はリンクしているのかも知れないと思った。

 魔法使いとしてはめずらしくもない事だが、軍人としてはどうなのか分からない。

 この場を少しでも収拾して行こうと考えていたのか、リッキーは、迷い無く駆け抜けて行こうとするマクレーを呼び止めた。

「隊長…」

「後始末はジョン太がやる」

 マクレーが言うと、リッキーは黙った。

「フリッツの魔法圏外に居た奴らの制圧が優先だ」

 リッキーが、人質の確保より?という表情をしたが、上官の命令だ。黙って従った。

「非道い様だけど、バット隊長の言う事は正しいよ。外界でなら違うかも知れないけど」

 鯖丸は、客室内を走り抜けながら言った。

 客室外の通路に、四人は散開した。

 左右と正面の通路に、扉を手動で開いて踏み出す。

 倒れている子供達をかき分けて正面の通路へ行く間、少しだけ手が震えた。

 バットとリッキーは、左右へ分かれる。

 船体の構造上、少し先で合流するが、今の所は一人だ。

 油断無く身構えた所で、背後から「うぉ」ゴツッという声と物音が同時に聞こえた。

 振り返ると、ピーターが、通路に放り出されたカートにスーツをぶつけて、少しよろけながら付いて来る所だった。

「何んでお前も来るんだよ」

 すっかりコンビとして定着されてしまったのかと、うんざりしながら考えた。

「バット隊長が、こっち行けって言うから」

 ピーターは反論した。

 この場を仕切っているバット隊長に同行すると思っていたのに。

 それから気が付いた。

 戦力的には、客室内の仲間が目を覚ませば、補充は効く。Cチームだって、無事なら合流出来る。

 指揮官はフリッツだが、バットとジョン太も代行出来る。

 だが、ピーターの転送能力だけは、代わりが居ない。

 この場で一番魔力の高い俺に、守れって事だな。

「結局ガキのお守りかよ」

 文句を言いながら薄暗い通路を進んだ。

 この先はギャレーだが、照明は消されていて、足下と壁の誘導灯だけが薄暗く光っている。

 明るい客室からいきなり移動したので、しばらくは周囲がほとんど見えなかった。

 それでも、人の気配だけは分かった。

 普通なら、気配だけで相手を探知して、反撃する間もなく叩き伏せられるタイミングだ。

 自分の魔力の高さと、ハイブリットではない生粋の人間にしては高い身体能力の所為で、やれると思っていた。

 油断という程ではないが、考えが甘かった。

 何かが全然おかしかった。

 相手が居ると分かった次の瞬間に、叩き伏せられていた。

 ジョン太やフリッツの様な、反射速度が桁違いの戦闘用ハイブリットの動きではない。

 発見した時から次の動作までは、普通の人間の速度だった。

 だからと云って、ピーターの様な転送能力でもない。

 自分を転送する時の、空間の歪みも無かった。

 ただ、何か変な予感がして、気が付いたら相手の顔が、視界いっぱいにあった。

 少し笑っていた。

 Drハリーだった。

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