第四話:愛を捨てた神と、見捨てられた「残り滓」
村の片隅にある、今は誰も見向きもしない古びた教会。
カズヤはそこで、カビ臭い羊皮紙の束を捲っていた。
【処世術:Lv.99――古文書解読・文脈把握】
スキルが、教科書には載っていない「本当の歴史」を脳内に映し出す。
かつて、神と人は一つだった。
「信仰」は神からの愛を受け取るための唯一のパイプであり、人々は神に感謝し、隣人を愛することで、その絆を深めていた。神は人々の祈りに応え、大地には常に祝福が満ちていた。
だが、その均衡を壊したのは、一握りの「賢しらな人間」だった。
「神は言っている。私に貢ぐ者こそが、より多くの愛を得ると」
ある権力者が教義を捻じ曲げた。
それが火種となり、純粋だった信仰は「利権」へと姿を変えた。
人々は隣人を愛することをやめ、他者を蹴落としてでも「自分だけが神の恩恵に預かろう」と、自己中心的な考えに染まっていったのだ。
やがて、狂信者たちが異端審問の名の下に、本当に神を愛していた清廉な人々を処刑し、略奪を繰り返すに至った時――。
『……もう、いい』
天から声が響いた。
それは怒りではなく、深い、底知れない「絶望」だった。
神は人類に愛想を尽かした。
「正しい心」を持つ数少ない者たちも含め、神はこの世界から手を引いたのだ。
今のこの世界に満ちている冷めた空気、諦め、利己主義……それは、神という太陽が去った後の「冬の時代」の残り滓だったのだ。
「……なるほどな。あのクソ幼女が言ってたことは、あながち間違いじゃなかったわけだ」
カズヤは本を閉じた。
この世界の人間は確かに醜い。だが、神のやり方も納得がいかない。
一部のクズのせいで、真面目に生きようとする者まで見捨てて「あとは勝手に滅びろ」というのは、あまりに無責任ではないか。
(神がシステムを放棄したっていうなら……俺がこのバグだらけの世界に、新しい『利用規約』を書き込んでやるよ)
その時だった。
「――お兄ちゃん、何してるの?」
背後から声をかけたのは、14歳になった弟のヒロだった。
その瞳は、この澱んだ世界には似合わないほど、まっすぐで澄んでいる。
カズヤは処世術で、ヒロの中に眠る「資質」を感じ取った。
それは、神が見捨てたはずの、純粋な信仰心の結晶。
「ヒロ。お前、将来何になりたい?」
「僕……。兄ちゃんみたいに、みんなを助けられる人になりたい。この世界がもっと、優しくなればいいのにって思うんだ」
カズヤは自嘲気味に笑った。
かつて神に見捨てられた「正しい人々」の祈りは、まだ絶えていなかったのだ。
あの幼女女神が「間違い」で自分をここに送ったのも、もしかしたらこの「残り火」を消さないための、神の無意識の抵抗だったのかもしれない。
「いいだろう。ヒロ、お前は『光』になれ。ドブ板を這いずり回るような汚い交渉や根回しは、全部この兄貴が引き受けてやる」
カズヤの目的が決まった。
「人類をあきらめた神」に、もう一度この世界を「惜しい」と言わせてから、その鼻をあかしてやる。
そのために、まずはこの停滞した村を出て、より大きな「利権の渦」――王都へと乗り込む決意を固めた。




