第一話:人生最後のデバッグは、まさかの物理バグでした。
「……おい、嘘だろ。これが、三十年捧げた男の最期かよ」
佐藤カズヤ、五十歳。職業、零細ゲーム開発会社の万年企画マン。
三徹明け。エナジードリンクという名の聖水を胃袋に流し込み、千鳥足で帰宅していた彼は、人生最大の「予期せぬエラー」に直面していた。
きっかけは、一匹の猫だった。
路地裏から飛び出してきた毛玉を反射的に避けた瞬間、カズヤの体は宙を舞い、あろうことか街灯も届かない真っ暗などぶ川へとダイブしたのだ。
顔面に広がる、ヘドロと生活排水のハーモニー。鼻を突く下水の臭い。
(いや、まだ死ねるか! 明日の朝までに仕様書の修正を……ッ!)
執念で這い上がろうとしたカズヤだったが、無慈悲にも視界は暗転した。
「……あー、あー。テステス。聞こえてるー? 死んじゃった人ー」
脳天を突き抜けるような、やたらと高い声で目が覚めた。
カズヤが目を開けると、そこは真っ白な空間。目の前には、フリフリのドレスに身を包んだ、どう見ても五歳児くらいの幼女が椅子に踏んぞり返っていた。
「よっ! 運の悪いおじさん。おめでとう、君は今、記念すべき『私のミス』で死んじゃいました!」
「ミス……? 殺害方法のデバッグ、ミスったってことか?」
「ちがーう! 私、これでも立派な女神さまなの! ほんとは隣の路地の悪党を天罰で仕留めるはずだったんだけどー、なんか操作ミスって、君のところに猫をリスポーンさせちゃったんだよねー。あはは!」
幼女――自称・女神は、てへぺろと言わんばかりに舌を出した。
カズヤの額に青筋が浮かぶ。三十年の社畜生活で培った忍耐力が、音を立てて崩れ去った。
「『あはは』じゃねえよ! 俺の三十年を、そのガキの使いみたいなミスで終わらせたのか!?」
「あー、怒らないでよ。現世にはもう戻せないけどさー、代わりにいいところ紹介してあげるから! 流行りの異世界転生! 特典盛りだくさんでどう?」
カズヤは深くため息をついた。
どうやら人生の最終章は、運営のガバガバな設定によって、強制的に新章へ突入させられるらしい。
「わかった……。だが、タダじゃ起きねえぞ。神様だろうが何だろうが、この不条理にはきっちり落とし前をつけさせてやる」
「おー、やる気だね! じゃ、いってらっしゃーい!」
幼女の投げキッスと共に、カズヤの意識は再びホワイトアウトした。




