第6話 〜八分咲き〜 本当に大切なものは
はじめまして、作者のしぃ太郎です。
このお話は、
「前世の彼氏が攻略対象に転生してた」という
なんとも言えない状況から始まります。
軽い雰囲気で始まりますが、
キャラ達の感情はわりと重めだったり、
甘いところは作者が照れるくらい甘かったりします。
シリアスもありますが、最終的にはハッピーエンドです。
安心して読んでいただけたら嬉しいです。
どうぞ、ゆっくりお楽しみください。
(あぁ、来てくれたんだ)
エルリック。――春樹。
その姿を見てホッとして涙が滲む。
――先程飲まされた薬で、前世を、それも死に際を思い出した。
友達だと思っていたあの子。
なんで春樹よりもあの子を信じちゃったのかなぁ……。
あの子は義弟が好きだったみたいだし。
あなたとの浮気もきっと嘘だったのね……。
あの子に刺されて死にそうだった時に見た、春樹の泣き顔。あれが真実で。
あの涙が全てを語っているじゃないの?優花。
――今、彼に伝えたい言葉もたくさんあるのに、身体が思うように動かない。
エルリックの顔に一瞬浮かんだ安堵と、その後の怒り。
(あれ?ちょっとこれは止めないと不味いわ。殺気が凄い。このままでは不味いんでは?)
「あ……、エル……ク!お願い、やめ、て……!」
無理に動いて、椅子から落ちる。
すると、エルリックがすかさず抱きとめてくれた。
(私は大丈夫だから。そんなに興奮しないでよ)
痺れる腕を動かし、彼の首に回す。
身体が重いが、そんな事よりも、彼に無茶をさせては駄目だ。
「貴様!こんな無礼を働いてただで済むと思うなよ!」
「殿下に対して礼儀がなっていません!許可もなく勝手に入室するなど、とんでもない不敬だ!即刻出ていきなさい!」
うるさく喚く側近たち。こんな乙女ゲー嫌だ。
全然魅力的じゃない。嫌悪感が凄い。
「その平民がそんなにお気に入りだったのか?レリアントの者が気に入っていると聞いて評価をしてやろうと思っただけだ。そこまで取り乱すなんてな……ふむ、面白い」
可笑しそうに王子が言う。
「一緒に享受すればいい。そうしたら、私のお前に対する心象だって良くなる」
エルリックの怒りが私の身体に伝わる。
でも、駄目だよ。
この世界では駄目なんだよ。
下の身分の人間は泣き寝入りするしかないんだもの。
「実は、殿下の素行が悪いという記事が現在新聞社に書かれており、我が侯爵家が差し止めております。さらには」
怒りを押さえているのか、握りしめた拳が震えている。
「我が侯爵家、そして殿下の婚約者であるエルバドル公爵家から連名で陛下に苦情を申し入れる予定です。殿下方の被害者の教師や生徒からの陳情書を既に相当数、受理して纏めておりますので」
「な!そこまでの問題ではないではないか!たかが平民、たかが下級貴族ばかりだ!」
「そうお思いでしたら、それでいいですよ。沙汰は陛下が下すことでしょう。私達はこれで失礼します」
それは静かで、硬い声音だった。
エルリックは私を抱き上げ、王子を素通りして部屋から出て行った。
(助かった……。あのままだと、どんな酷い目にあったか……)
お礼を言いたいのに、まだ身体が痺れている。
「エ……エルリック……。ありがとう」
小さいが、確かに伝えられた。
――すると。
「え……?」
泣いている?泣いてるの!?あの春樹が人前で?
「良かった……」
私の頬に、冷たいものが何度も落ちてくる。
「今度は間に合って、本当に良かった……。もうお前を失うのには、耐えられないんだよ……」
彼の手の震えが、言葉以上に私に伝わってくる。
さっきの騒ぎのせいで人が集まってきている。それなのに……。
私を抱き込み、足早にその場を離れながらも。
彼は涙を流していた。
誰に見られても気にしていない様子だった。
「なんで泣いてるの?」
「嬉しいから。ここに、ミリィが無事で居ることが凄く嬉しくて」
そう言って強く強く抱き締める。
――人気がない場所に辿り着く。
その場に立ち止まり、私の頭に顔を埋めて彼は声を押し殺し、泣き崩れた。
さっき飲まされた薬の効果が薄れてきた私は、彼のサラサラとした指ざわりのいい髪を撫でながら言った。
「さっき、薬で朦朧としていた時に前世の事を思い出したんだけどさ。私が死にそうになって、春樹、物凄く泣いてたね。それに、私の事を刺したのはあの子だった」
私が刺された後に、彼は泣きながらずっと抱えていてくれた。
”前世の私”。
ねぇ、彼のこの顔を見たらわかるでしょう?
本当は義弟があの子に冷たくしていたせいだったのかもしれない。
ほかの理由かもしれない。
――彼の涙に心が締めつけられる。
「前世ね、春樹が泣いていたのに。あの時、優花は抱きしめてあげたかったの。今からでも遅くないかな?」
それを私が言葉に出した瞬間。
エルリックは小さく息を呑んだ。
そして、彼の表情がゆっくりと崩れていった。
子どものように私にしがみついて泣いている彼。
エルリックは縋るように、さらに強く私を抱きしめ、しばらくの間、ずっとすすり泣いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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