蛇足:恋に生きた愚かな男
いつも感想と誤字脱字報告ありがとうございます。、
ドロドロ王宮姉妹喧嘩蛇足編第二話!!ジョシュア章!!!!!です!!!
ろくでもない男です。
「オリヴェイラ王女との離婚は済ませてある。これよりお前は当家の者ではない。……恩を仇で返した恥知らずが。」
恥知らずはどちらか、と、思わず笑みがこぼれた。──それを見て不愉快そうに眉をしかめる姿に、思わず言葉が口をつく。
「いえ……、本当に恥知らずなのはどちらだろうと思いましてね。」
お前と違って、私はずっと仕えるべき主にお仕えし、愛すべき人を愛した、それだけなのだから。
にこりと笑う姿を、なぜだか兄はどこか哀れむように目を閉じていた。
──昔から、兄のことは好きではなかった。
尊敬はしていた。自分と違い快活で、誰とでもすぐ仲良くなって、困っている人がいればどんなときでも手を差しのべるお人好し。周囲から好かれる兄の姿を羨むように眺めていたのは、あまり思い出したくない過去だった。
代々王宮の執事を務める伯爵家。その次男に産まれた僕、ジョシュアは自由に生きてよいのだと両親からも兄からも甘やかされていたと思う。
家を継ぐのは兄で、家を継ぐからには王宮の執事になるべく育てられるのも兄だった。麗しき王国を治めるいと尊き王族の方々。彼らの傍に近寄ることも、時には気安く接することも許される一握りの人間。──羨ましくて仕方がなかった。
でも、執事になりたいだなんて言えるわけがなかった。兄は齢一桁の時から王太子からの信任が厚く、身の回りのことは全て兄と父が用意していたから、今更変わることなんて出来やしないし出来たとしても兄のように親しく声をかけて貰うことなんてできないだろう。そんなことを思いながら、騎士になろうと惰性で剣を振るっていたときだった。
急に、どこか緊張した面差しの兄と共に王太子の元へとお呼ばれした。その時はなぜ呼ばれたのか分からなくて、初めて近くで見る王家の、次代の国王である殿下の前でなにを喋ったらいいのか分からず固まっていた。
そんな自分を、彼は柔らかく微笑んで椅子に座るように促してこう言った。
「私のわがままでこんなところまで来させてしまって申し訳ない。」
初めてだった。初めて、高貴なお方にお声がけをしていただいただけでも幸いなのに、こちらを気遣い謝罪をしてくれた。ありがたくて、おそろしくて、正直なにを話したのが覚えていないけれども。
「……君は騎士を目指していると聞いた。……大人になったら妹達を守ってあげて欲しい。」
そういわれたことだけは、確かに覚えている。
妹達。この国にいる王女は三人。第一王女のエリザベータ殿下。第二王女のイザベラ殿下。そして、王太子殿下と母を同じくするオリヴェイラ殿下。まだこの時オリヴェイラ殿下は生まれていなかったから、将来はエリザベータ殿下かイザベラ殿下の近衛として仕えることになるのだと言われた気がして、酷くふわふわとした心地で帰路についた。──隣で、もの言いたげな兄の視線に気がつかない振りをして。
そして、それからおよそ2年後、王太子殿下はお隠れになった。葬儀は速やかに行われ、すぐにエリザベータ殿下が次期女王としてこれからは王太子殿下にかわり公務をこなすことになることが公表された。…そして、兄はその次の日には姿を消した。
両親に聞いても、なにもこたえてくれなかった。ただ、「お前が次の王の執事になるのだ」とだけ。…それだけ。
エリザベータ様。海のごとき瞳をもつ、美しき黒真珠の姫。私の最愛。私の唯一。私だけの女王陛下。
彼女が次期女王として励む姿を、私はずっとみていた。どんなときでも気高く前を向き、けして弱味を曝け出さず、己に厳しく常に努力し続けるその姿に恋をした。時折心が折れそうになるときだけ、私と共に紅茶を飲んでたわいのない言葉を交わすいじらしさも、成果が出たのだと安心したようにみせる笑顔も、女神のように美しくて。
だから、彼女の夫となる人が決まったと言われたときは胸が張り裂けるように激しく痛んだ。
海向こうの第二王子。顔も知らぬ、地位と権力が釣り合うというだけで選ばれた男。そんな男に、エリザベータ様を?
承知しました、そう掠れるような声で了承したエリザベータ様の顔は、酷く青白くて、部屋に戻った瞬間紅茶を用意するようにと震える声で指示を出されたとき、思わず口をついたのだ。
「私はどこまでも、どんな時でもおそばにいます!」
そう、そう──私が唯一間違えたとしたらここだった。濡れた瞳で震える彼女の手を握りしめたこと。執事として越えてはいけない一線を、幼さで許されることなどない一線を、自分の意思で越えてしまった。でも、─安心したように緩む顔を見たら、後悔など出来るはずもなかった。
それから年は過ぎ、私の縁談もたやすく決まった。よりにもよってエリザベータ様の妹のオリヴェイラ殿下。儚げで物憂げな、影を背負った薄幸の姫君。──ウィルフレド元王太子殿下の同腹の妹姫。
かつて、頼まれたことを思い出す。妹達を守ってあげて欲しいと、そう。…確かに、私の家に嫁ぐのなら王家としても安心なのだろう。閉じられた宮で育てられた深窓の姫が今更社交界に出ても性質の悪い貴族に騙されてしまうのは目に見えている。私達一族は王家への忠誠心は高く、その血を悪く扱うことはない。それこそ下にも置かぬように丁重に扱うことだろう。
私も、そのつもりだ。男としての心はエリザベータ様に捧げたが、姫殿下を軽んじるつもりは毛はどもない。エリザベータ様との関係もあまりよくはないようだし、聞く話からするに体もさほど強くない。家を彼女が過ごしやすい様に整えて好きなように過ごして貰おう。子をなせるかも分からない女、とエリザベータ様が仰っていたから、初夜だけ共にすれば夫婦としては義理を果たしたとも言える。
それ以降は、宮で過ごしていたとおりに穏やかで、そして誰からも害されることのないように守り続ければいい。それでいい。
「ではその仕えるべき、夫ある身の主を孕ませたことは恥ではないとお前は言うんだな。」
「!それ、は…………!」
なぜ、兄が哀れむようにこちらを見てくるのが分からない。まさか、エリザベータ様が子を授かるだなんて思ってもいなかったのだ。
「目の前で避妊薬をのんだだけでなぜそう思えるのか俺には分からないな。……どんな薬も必ず効くというわけではない。そもそも……不倫はいけないことだって分からなかったのか?」
「……!!お前に!!なにが分かる!?ウィルフレド殿下が没したすぐ後に出奔した貴様が!!お前がいないせいでエリザベータ様がどれだけ苦労したかとか…!!」
そうだ。エリザベータ様。おかわいそうに。次期王の執事として育てられたものから逃げられた。その噂のせいでどれ程あの方が苦労したことか。あの小さな肩に、どれ程の重圧が乗ったことか、想像を絶する。
この国の執事はただ身の回りを整えるだけが仕事ではない。仕えるべき主人のスケジュール管理をはじめとしながら、必要な情報を集め精査するのも、主につかえる従者達の統率と主人の仕事を補佐、社交の段取りから主人の代筆に社交の代行など、公私を問わずありとあらゆることを支えるのが仕事だ。王太子の執事は、それだけで多大なる影響を与えている。つまり、執事に出奔されるということは、仕えるべき主人足りえないと見放されたことを意味する。──しいては、エリザベータ様は王位にふさわしくないと、兄は雄弁にその行動で訴えていたということになる。
「なにがわかる?………お前こそ、なにが分かる。」
低い、地の底から響くような声がする。バキリと、手に持つ筆をその握力だけで握りつぶしながら兄は言う。
「俺は今も昔も、仕えるべき主の言葉にしたがっているだけだ。お前のように弁えず欲のままに動く獣とは違う!!」
血を吐くような叫びだった。今にもその身を焼き尽くしたいと、そう心から願っているような叫びだった。
「王太子殿下はお隠れになる前にこういった!!『次の女王はオリヴェイラだ』と!!!!そのために力を尽くせと言われたから!!俺は今までそのためだけに生きていたんだ!!」
兄が、なにをいっているのか分からなかった。
ざあざあと、雨が降っている。その後、もう顔も見たくないと着のみ着のままで追い出された私は当てもなくさまよっていた。
『そもそも!!ウィルフレド様が……王太子殿下が!!!!正妃様が毒に倒れお隠れになったのも!!ぜんぶ!ぜんぶ!!エリザベータ殿下の母君のせいだ!!!!!』
手から血を流しながら拳を振り上げる兄の姿を、初めてみた。
『これから我が家は王宮執事の座を返上し影となり王家をお支えする。…変なことをしてみろ、その時は、俺がお前を殺してやる。』
オリヴェイラ殿下が次期女王?なにをいっている?あの、なにも出来ない人形のような姫が?王になったところでなんになる。そんな、周りから助けて貰わないと何にもできないような、そんな存在が………陛下はそれを認めたのか?
だらだらと、取り留めなく考えて、どうにか住む場所と仕事を用意して、何度も何度も考えて、……結局答えは分からなかった。
でも、
エリザベータ様が城を出るのだとかつての同僚から話を聞いて、そんな些細なことなど頭から消え去ってしまった。
出産のおりにえた病が治ることなく、このままでは次期女王として動くこともままならないと辺境で療養するため、秘密裏に運ばれると、彼女はいった。供も最低限で、とてもではないが王女の出立とは思えないと、涙ながらに。
私は、わたしは、
「………な、んで……………」
白い髪。─かつての艶のある黒髪が見る影もない。枯れ木のようなひび割れた肌。─珠のような白肌がこんなに衰えて、でも、海のようなその瞳だけは変わらなかった。
熱い、熱いなぁ、背中が、そりゃあそうか、王宮を追われて、貴族の籍を抜かれた人間が、王女の乗る馬車に近づいて、護衛を押しのけて扉を開けたんだ。当たり前だ。
「あなたの、そばに……いると、約束しましたから」
ちゃんと笑えているだろうか、何でもないように、いつものように。
申し訳ない。いつも自分は堪え性がない。あと一歩で考えが足りない。でも、それで二度と会えないよりは、行動してよかったと自分勝手な欲望が満ちて、自嘲する。
「忘れないでください…貴方は、どんな姿でも、どんな立場にいても、変わらず美しいことを…。」
不思議だな、致命傷なのはそうだけれど、追撃が来ない。この傷をつけたのは護衛達ではないのだろうか。
……まぁ、それもどうでもいいか。この言葉を伝えるためだけに私はここまで来たのだ。
「永久に……貴方のことを愛しています。」
どうか、忘れないで欲しい。貴方に恋をした愚かな男がいたことを。でも、それをけして後悔などしてないことも。…忘れられることが、手放されることが、死ぬよりも恐ろしかったのだと、そう。
「わたしを……はなさないで、ください……。」
地位も、名誉も、なにもかも、そんなものより貴方を選んだのだから、貴方の一生の傷としてこれからも、ずっと、傍に。
──永久に。
最後まで自己中心的で考えが足りなかったねぇ(背中から斬りつけたのは兄)(せっかく遠ざけて情報封鎖して死なないようにしてあげたのにねぇ)(兄は泣いた)