第八話 社畜、奇襲に残業対応
──翌日。
ギルドで報酬を受け取ろうとした俺たちを待っていたのは、受付嬢の震える声だった。
「……す、すみません。討伐報酬は……お支払いできないことになりまして……」
「はぁぁぁ!?」
俺は机に両手を叩きつけた。
木製のカウンターがビリッと揺れる。
律が肩をすくめる。
「いやいや、さすがに露骨すぎない?」
ルナが鼻で笑う。
「つまり、昨日の“証拠”の件で、潰す気やろな」
セレナは困ったように両手を胸の前で握りしめ、小声で言った。
「……また、戦わなきゃいけないんですね」
俺は睨みつける。
「そういうことか。だったら──受けて立つ」
※
その日の夜。
宿を出た瞬間、路地の暗がりからザッと足音。
「直樹。囲まれた」
ルナが冷静に呟く。
冒険者風の男たちが十数人。
全員、ギルドの闇側に雇われてる奴らだ。
「お前らが余計な詮索をするから、こうなったんだよ」
リーダー格の大男が片手に斧を担ぎ、歯を剥いた。
律が小声で俺にささやく。
「ねぇ直樹。僕ら、今すぐ謝って逃げるって手もあるんじゃない?」
「バカ。今さら逃げても“無断退職”で首締められるだけだ」
「うわあ……比喩が完全に社畜」
※
「来るぞ!!」
俺が叫ぶと同時に、敵が一斉に飛びかかってきた。
◆
最初に前へ出たのはルナ。
「──風よ、盾となれ!」
彼女の足元から風が巻き起こり、四方に結界が展開。
突撃してきた敵の剣が弾かれ、甲高い金属音が響いた。
「た、助かった!」
俺はすかさず木の枝を拾い、地面の石を蹴り飛ばす。
石は敵の足元に転がり、カランッと音を立て──
「うわっ!? くそっ!」
一人が転んだ隙に、枝で喉を突き上げる。
「よっしゃ一人目!!」
律が後ろから手を突き出す。
「“爆裂”──ッ!!」
轟音と共に火花が弾け、路地の石畳が陥没。
数人がまとめて吹っ飛び、地面に転がった。
「律!! 威力ありすぎ!!!」
「ごめん! 僕、調整って苦手で!」
◆
「セレナ、援護だ!」
俺の声に、セレナはぎゅっと唇を噛み、杖を握りしめる。
「……はい! もう暴走はしません!」
彼女の瞳が紅に輝き、魔力が集束。
「──ファイア・ランス!!」
空気が震え、一直線に火の槍が敵へ突き刺さる。
爆炎の柱が上がり、敵の数人が焼き飛ばされた。
「よくやった!」
俺が叫ぶと、セレナは息を切らしながらも笑みを浮かべる。
◆
だが──敵の大男が斧を振りかざして突っ込んできた。
「テメェらごときが、調子に乗るなぁぁ!!!」
「──ッ!」
俺は咄嗟に前へ飛び出し、両腕で枝を構える。
衝撃。
斧と枝がぶつかり──バキィッと音を立てて折れた。
「クソッ……!」
腕に衝撃が走るが、俺は踏ん張った。
その瞬間、脳内に声が響く。
【スキル〈社畜魂〉がレベルアップしました】
【新効果:ストレス耐性Ⅱ(威圧・恐怖無効化)】
「……は?」
目の前の大男の威嚇の咆哮が、妙に静かに聞こえる。
恐怖心が、一切湧かない。
「……悪いな。俺、残業には慣れてんだよ」
俺は折れた枝の破片を逆手に持ち、大男の喉元に突き刺した。
「ぐぉ……!」
大男が崩れ落ちる。
※
残った敵は、ルナと律の連携で制圧された。
路地に転がるのは、呻き声をあげる男たちだけ。
セレナが震える声で言った。
「……また、人を……殺してしまった」
俺は彼女の肩を掴み、真っ直ぐ目を見る。
「違う。これは守るためだ。お前のせいじゃない」
ルナが横で、ふっと笑う。
「せやな。せやけど……ここから本格的に、敵はうちらを潰しに来るで」
律が青ざめた顔で叫ぶ。
「え、やだよ!? 俺もう労災下りてもいいくらい働いたんだけど!?」
俺は拳を握りしめ、夜空を見上げた。
「いいさ。来るなら来い。ブラックの天井、ぶち破ってやる」
その瞳に、炎のような決意が燃えていた。