第三話 この世界、まさかの魔王ロスで崩壊中?
「ん……」
朝日が差し込む宿の一室。
毛布の中で小さく身じろぎしたのは、俺たちが昨日拾った──いや、保護した少女・セレナだった。
「おはよう、セレナ。調子はどう?」
「……はい。頭がふらふらしますけど……昨日よりずっと……」
セレナは頬を染め、ふかふかじゃない布団から起き上がる。
っていうか、やっぱ痩せすぎだろこの子。
「もっと食べないとヤバいから。はい、これ。焼きパンと……謎の赤い汁」
「ありが……あれ、これ酸っぱ……あっ、目が……!」
「ごめん、それは俺も正体わからん……」
※
パンをかじりながら、ふと昨日の言葉を思い出す。
「そういえば、セレナ……魔王の娘って言ってたよね。
てことは、魔王って……ほんとに、倒されたの?」
「……はい。父は英雄の剣によって……」
「英雄の剣!? なんか急にファンタジー始まった!」
「でも……父がいなくなってから、世界は……おかしくなりました」
セレナが小さくつぶやく。
「魔族たちは統率を失って暴走、森は荒れ、魔物が増え……
人間の国も混乱して……兵士が足りなくて、ギルドの人員まで戦場に送られたり……」
「うわ……完全に崩壊しかけてんじゃん……!」
「結果、ギルドは人手不足になって、今ではもう……冒険者養成所というより、命の投資場みたいに……」
「言い回しが絶望的すぎるわ!!」
※
「ていうか俺、自分の今のステータスって見れないの? 転生者っぽく“ステータス確認!”って言えば出る?」
「……まあ、言うてみたらええんちゃう?」
「え、“ノリ”なの!?」
とりあえずやってみる。
「ステータス確認!」
──ピコン、と視界の右上に、半透明のウィンドウが浮かぶ。
【 名前 】安心院直樹
【 年齢 】28
【 種族 】人間(転生者)
【 職業 】戦士
【 Lv 】4
【 HP 】160/160
【 MP 】38/38
【スキル】社畜魂Lv.3/ストレス耐性MAX
【称号】異世界転生者/労働者の業を背負いし者
「社畜魂って何!? 聞いたことないんだけどそんなスキル!!」
「うちがちょっとカスタムしたった♡」
「ふざけんな! 社畜魂とか、もう俺の生き様バレバレじゃん!!」
※
「はぁ……ギルドを改革するって言っても、金もコネもねえしな……」
とりあえず、ギルドへ戻る俺たち。
中はやっぱり荒れたままで、掲示板の“地獄求人票”も更新されず張りっぱなしだった。
「はあ……この世界、完全に詰んでるやろ……」
「だからこそ俺が何とかしないとダメなんだよな。誰もやらないなら、やるしかねぇ!」
その決意を胸に、俺はギルドの隅にいた中年男性──職員らしき男に声をかけた。
※
「すみません、ちょっとお話……」
「ん、あんた新人か? 悪いこと言わねぇ……ここはもう、手遅れだ。」
「そんな即死判定みたいなこと言わないで! 俺、ギルドを変えたいんです!」
「……前にもな、そんなこと言ってた奴がいたんだよ。
残業ゼロの世界を!とか言ってた。……でも、現実に負けた。魔物じゃなく、仕事に殺されたんだ」
「いやそいつが真の英雄すぎる!!」
「悪いが俺はもう、期待も希望も捨てちまった。
この世界は、こういうもんなんだよ。あきらめろ。若いうちに……」
「そのセリフ、ブラック企業の部長から聞いたことある!!」
※
現実に打ちのめされた俺は、セレナとルナを連れて川辺へ。
「ルナ……俺……ちょっとだけ、川で流されていい……」
「止めはせんけど、せめて浮輪つけてな?」
「どこの世界でも優しさが雑なんだよ!!!」
そのとき──
「……あれ? なんか……川でバシャバシャしてる人いますよ?」
「ん? あー、魚追いかけてんな」
「いや待って!? 水中でガチの格闘してない!? あれ素手!? 魚に殴られてない!?」
そして──金髪の男が、水飛沫と共に盛大にコケた。
「ぶふっ!!!」
「やばい! 溺れてる!? おーい、生きてるかー!?」
慌てて助け上げると、金髪男は顔を上げて──ニッと笑った。
「よぉ、直樹じゃねぇか! 僕だけじゃなくお前も転生してたのな!」
「律ーーーーーーーーーー!!??」
「うっそ!? お前その顔どうしたの!? 顔面バージョンアップしてない!? どこ製の!? 転生メーカー!?」
「ははっ、よくわかんねぇけど、目ぇ覚めたらイケメンだったんだよな~!」
「知ってるよ!? 前からイケメンだったよ!? でも今はなんか賢者みたいな格好してるし!?」
「そうそう! ステータス見たら賢者だった! よくわかんねーけど、魔法も使えんの!」
「よくわかんねーことしかねぇな!!」
※
川辺に、再会の声とツッコミが響いた。
セレナはぽかんと見ているし、ルナはどこか満足そうに笑っている。
魔王が倒れた世界、崩壊したギルド、行き場をなくした希望。
だけど──
「仲間は、いるじゃん」
そんな気がして、俺はちょっとだけ、笑った。




