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第三十話 黎明の旗、再び掲げる


 その日、ギルド「黎明の旗」は、表向き“業務一時停止処分”という札を貼られていた。

 いつもは子どもたちが遊びに来たり、依頼者がちょこちょこ顔を出す玄関先も、静けさが広がっている。


 けれど――中の空気は、まるで逆だった。



 直樹は机に広げた書類と向き合い、社畜魂の淡い光を纏いながら、黙々と作業していた。

 律は椅子を逆さに座り、作戦地図を眺めている。

 セレナは大量の魔導書を読みながら、赤い髪を揺らしている。

 ルナは窓際で結界を細かく調整し、時折小さく尻尾を揺らしていた。


 彼らの表情は不安よりも、むしろ燃えているようにさえ見えた。


「……なあ直樹」

 律がふと口を開く。

「ギルド停止中って、普通もっと落ち込むもんじゃないの? 僕ら、やる気上がってない?」


 直樹は苦笑しながら書類に判子を押した。

「慣れてんだよ、こういう理不尽な締め付けには」


 セレナがぽそり。

「……前の世界で、いっぱい……あったの?」


 直樹は肩で息をつき、静かに微笑んだ。

「まあ、俺ら“修羅場の経験値”だけは高いからな」


 その言葉にルナがふっと目を細める。

「そないな奴らが集まっとるギルドやで。簡単に止まるわけないやろ」


 誰も反論しない。

 むしろ、その小さな確信だけが、部屋を満たしていた。



 午後になると、外から小さな声が聞こえた。

「……ねえ、ここ、“黎明の旗”だよね?」


 ドアを開けると、少年と母親が立っていた。

 少年は布に包んだ野菜を差し出す。


「この前、助けてもらったから……お礼。ギルド、お休みでも食べてほしいって」


 セレナの瞳がふわっと潤む。

「ありがと……うれしい、です……」


 その後も、パン屋の夫婦や、道具屋のおじさんが差し入れを置いていく。

 「……あんたらのやり方、好きだよ」

 「監査なんて関係ねえよ、頑張れよ!」


 人の流れが絶えない。

 旗が下ろされた看板の横で、確かに“応援の灯り”が灯っていった。



 石畳の向こう。

 フードを深く被り、人混みには混ざらず、ただ一人で歩く影があった。


 ダグラス。


 黎明の旗の看板を見上げると、かつての疲れ切った瞳が少しだけ揺れる。


「……ふん。まだ潰れてないか」


 彼の声は呆れのようでいて、どこか嬉しさが滲んでいた。

 そのまま振り返らず去っていくが、足取りは以前よりずっと軽かった。



 夕日が差し込む頃、直樹は一人で屋根裏部屋にいた。

 手元の布は、あの日の戦闘で破れたままだった——

 ギルド創設時に四人で描いた、黎明の旗。


 裂けた部分を縫い合わせながら、彼はゆっくりと呟いた。


「……夜明けを待つんじゃない」


 縫い針を進めるたび、記憶が重なる。

 最初の依頼。

 出会った人たち。

 “諦める”世界と、“変えたい”仲間たち。


 最後の糸を結びながら、直樹は深く息を吸い込んだ。


「俺たちが夜明けになるんだ」


 その瞬間――


 屋根の小窓が風で開き、夕焼けの風が吹き込んだ。

 修復された旗がふわりと舞い、橙色の光を受けて大きく翻る。

 まるで、この世界の未来を照らすように。


 階下にいた仲間たちが見上げる。

 ルナが微笑む。

 セレナが手を胸に当てる。

 律がニッと笑う。


「……行くか、直樹」

「ああ」


 ――その旗こそが、彼らの誓いだった。


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