第三十話 黎明の旗、再び掲げる
その日、ギルド「黎明の旗」は、表向き“業務一時停止処分”という札を貼られていた。
いつもは子どもたちが遊びに来たり、依頼者がちょこちょこ顔を出す玄関先も、静けさが広がっている。
けれど――中の空気は、まるで逆だった。
直樹は机に広げた書類と向き合い、社畜魂の淡い光を纏いながら、黙々と作業していた。
律は椅子を逆さに座り、作戦地図を眺めている。
セレナは大量の魔導書を読みながら、赤い髪を揺らしている。
ルナは窓際で結界を細かく調整し、時折小さく尻尾を揺らしていた。
彼らの表情は不安よりも、むしろ燃えているようにさえ見えた。
「……なあ直樹」
律がふと口を開く。
「ギルド停止中って、普通もっと落ち込むもんじゃないの? 僕ら、やる気上がってない?」
直樹は苦笑しながら書類に判子を押した。
「慣れてんだよ、こういう理不尽な締め付けには」
セレナがぽそり。
「……前の世界で、いっぱい……あったの?」
直樹は肩で息をつき、静かに微笑んだ。
「まあ、俺ら“修羅場の経験値”だけは高いからな」
その言葉にルナがふっと目を細める。
「そないな奴らが集まっとるギルドやで。簡単に止まるわけないやろ」
誰も反論しない。
むしろ、その小さな確信だけが、部屋を満たしていた。
※
午後になると、外から小さな声が聞こえた。
「……ねえ、ここ、“黎明の旗”だよね?」
ドアを開けると、少年と母親が立っていた。
少年は布に包んだ野菜を差し出す。
「この前、助けてもらったから……お礼。ギルド、お休みでも食べてほしいって」
セレナの瞳がふわっと潤む。
「ありがと……うれしい、です……」
その後も、パン屋の夫婦や、道具屋のおじさんが差し入れを置いていく。
「……あんたらのやり方、好きだよ」
「監査なんて関係ねえよ、頑張れよ!」
人の流れが絶えない。
旗が下ろされた看板の横で、確かに“応援の灯り”が灯っていった。
※
石畳の向こう。
フードを深く被り、人混みには混ざらず、ただ一人で歩く影があった。
ダグラス。
黎明の旗の看板を見上げると、かつての疲れ切った瞳が少しだけ揺れる。
「……ふん。まだ潰れてないか」
彼の声は呆れのようでいて、どこか嬉しさが滲んでいた。
そのまま振り返らず去っていくが、足取りは以前よりずっと軽かった。
※
夕日が差し込む頃、直樹は一人で屋根裏部屋にいた。
手元の布は、あの日の戦闘で破れたままだった——
ギルド創設時に四人で描いた、黎明の旗。
裂けた部分を縫い合わせながら、彼はゆっくりと呟いた。
「……夜明けを待つんじゃない」
縫い針を進めるたび、記憶が重なる。
最初の依頼。
出会った人たち。
“諦める”世界と、“変えたい”仲間たち。
最後の糸を結びながら、直樹は深く息を吸い込んだ。
「俺たちが夜明けになるんだ」
その瞬間――
屋根の小窓が風で開き、夕焼けの風が吹き込んだ。
修復された旗がふわりと舞い、橙色の光を受けて大きく翻る。
まるで、この世界の未来を照らすように。
階下にいた仲間たちが見上げる。
ルナが微笑む。
セレナが手を胸に当てる。
律がニッと笑う。
「……行くか、直樹」
「ああ」
――その旗こそが、彼らの誓いだった。




