第二十八話 監査官アリシアとの戦い
翌朝。
黎明の旗のギルドハウスを、まばゆい光が包んだ。
その中心に立っていたのは――
純白の法衣に金糸を織り込んだ女性。
背に六枚の光翼が羽ばたき、銀の瞳は万物の終焉を映す鏡のよう。
「私は神界監査局第七監察課、アリシア・ヴァル=エル」
澄んだ声が響く。
だがその言葉には、感情の温度がなく、氷の刃のように感情を削ぎ落としていた。
「“黎明の旗”――あなたたちは、神の秩序に背く活動を続けている。
転生者の過剰労働改革、報酬の自主管理、ギルド規範の改定……
これらすべて、神界法第十三条における“秩序違反”とみなします」
「は?」
直樹が目を瞬く。
「……うちら、ただまともに働こうとしてるだけやん」
ルナが呆れた声を上げる。
「働くとは、神の定めた流れに従うこと。
あなたたちの“改革”は、神々のシステムを乱す――よって、排除対象です」
アリシアが杖を掲げる。
ギルドの旗が光に包まれ、次の瞬間、バチィィィィンッ!!と雷鳴のような破砕音が轟き、旗が粉々に弾け飛んだ。
「《黎明の旗》ギルド資格、停止処分。全員、活動停止を命ずる」
その瞬間、空気が凍りついた。
「……活動停止?」
直樹の目が光を失いかけ――次の瞬間、ぎらりと燃える。
「上等だよ、神様の上層部。
業務停止命令? なら、残業で抗うまでだ!!」
直樹の言葉が、凍りついた空気を真っ赤に燃やした瞬間。
ルナがぱちんと口を開け、呆れと笑いが半々に混じった声で叫んだ。
「言い方終わっとるわ! 残業でぶち抜くって、どこの社畜やねん!」
その隣で、セレナがくすっと笑う。
「でも、好きです……その無茶っぷり」
そして律が鋭い視線を光らせながら、片手で髪をかき上げ、チャラい声で決め台詞をぶちかました。
「へへっ……残業、開始! ってことで、直樹。 僕の出勤簿に『神様ボコボコタイム』追加しといてくれよな?」
そう言って、律は軽くウインク。
でもその瞳の奥には、親友を絶対に死なせないという、熱い覚悟が確かに宿っていた。
直樹が苦笑いしながら拳を突き出す。
律がそれを軽くぶつけ返した。
そして、四人が同時に構える。
光の粒子が舞い、戦闘が始まった。
※
アリシアの杖が振るわれる。
光の神術。
それは神の裁きを模す極光。
街ごと吹き飛ばしかねない直径五十メートルの巨大な光柱が、黎明の旗を飲み込む――
「――させるか!」
直樹が前に出ると、盾を構えた。
スキル発動:《社畜魂・ロスタイム》!
脳内で終業ベルが逆回転する。
全身を金色のオーラが包み、時間が歪む。
光柱が直撃――だが、盾に当たった瞬間、
ゴギィィィィィンッ!!
衝撃波が逆流し、光柱が真っ二つに裂けた!
「今だ!!」
直樹の掛け声を聞いたルナが風を纏い、音速で横殴りに滑り込む。次にセレナが杖を掲げ、深紅の魔炎を吐き出す。
そして律――黎明の旗が誇る最強の賢者――が、片手を優雅に翳す。律の紫色の瞳が妖しく光る。
「悪いな、神様。こっちの賢者は“光”の取り扱いも得意なんだよ」
瞬間、律の周囲に無数の光のルーンが浮かび上がる。
それは神界の光とは似て非なる、人の叡智が編み上げた“純粋な光”――
《極光賢術・プリズマティック・レクイエム》!!
律の指先から放たれた光は、七色のプリズムとなって空を切り裂く。
風がそれを加速し、炎がそれを増幅し、
三人の魔力が完全に同期した瞬間――
《三重連携・トリプルブレイク・プリズムバースト》!!
風が光を屈折させ、炎が光を燃やし、
七色の極光が漆黒の炎を纏って竜巻となり、
神の光柱を根元からねじり潰す!
ズガァァァァァァン!!!
と爆音が街を揺らし、空に虹色の巨大な穴が開いた。
残光が朝焼けと混じり合い、世界が一瞬、幻想の色に染まった。
※
アリシアの銀瞳が、初めて揺れた。
「……ほう」
冷ややかな笑みが浮かぶ。
「なるほど……人の力にしては、悪くない」
すると次の瞬間、彼女の光翼が広がる。
七枚目――“神位”を示す紋章が、空に浮かぶ。
「だが、それは秩序への反逆。あなたたちは、神の敵となった」
彼女が両手を広げる。
天が裂け、数百の光の槍が降り注ぐ。
《セラフィック・ジャッジメント》――それは、神の審判の雨。
直樹たちが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
直樹は壁にめり込み、血を吐く。
「くっ……まだ終業時間じゃ、ねぇ……!」
その時――直樹の瞳に、炎のような光が灯った。
スキル発動。
《社畜魂・終業モード(ラストスパート)》
体中の痛みが薄れ、時間がスローモーションになる。
心臓の鼓動が一秒に一回。
世界が、止まった。
限界を超えた集中力と根性――まさに残業者の極致。
「全員、俺に合わせろッ!」
直樹の叫びに呼応して、三人が再び立ち上がる。
風と炎と影が交錯し、光の柱を切り裂く。
「社畜魂――全力終業ッ!!」
直樹の盾が金色に輝き、突き出す。
ルナの風が刃となり、セレナの炎が槍となり、律の影が鎖となる。
四つの力が一点に収束――
ズガァァァァァァン!!!
と衝撃波が大地を抉り、半径百メートルのクレーターが生まれた。
光の槍がすべて弾き返され、アリシアの体勢が崩れる。
初めて――彼女の法衣が裂けた。
白い肩が露わになり、血が一筋伝う。
アリシアはわずかに後退し、口元をわずかに緩めた。
「……驚きました。あなたたち、人の域を超えていますね」
アリシアが、静かに微笑む。
すると、光翼がゆっくりと閉じていく。
「今日はこれまでにしましょう。ですが――忘れないでください」
アリシアの声が、淡く響いた。
彼女の周囲に光が集まり、姿が霞んでいく。
「あなたたちは、神に逆らった存在として記録される。
次は、“抹消”の対象です」
光が消えると同時に、彼女の姿も霧のように消えた。
※
残されたのは、焼け焦げた大地と、息を切らす仲間たち。
「はぁ……マジで、神様ブラック企業だな……」
直樹が空を見上げる。
「けど……勝った、んよな」
ルナが歯を剥いて笑う。
「一応、ね。ボーナスは……無しだろうけど」
セレナが息をつく。
律が、無言でガッツポーズ。
直樹は拳を握りしめた。
声に、確かな意志を込めて。
「いいか……神様だろうがなんだろうが、“現場”が動かんと世界は止まる。
――俺たちは、働き方を変える。それが俺たちの反逆だ」
その言葉に、黎明の旗の仲間たちは静かに、でも確かに力強く、うなずいた。




