第二話 働き方改革ってのが、何か見せてやるよ。
セレナをおぶって、俺たちは森を抜けた。
「重くない?」
「ぜんぜん。むしろこの軽さの方が問題」
「ふぇ……ごめんなさい……」
「謝らないで! もっと食べて! 栄養とって! てか誰かご飯持ってきて!!」
そんなドタバタの中、ようやく辿り着いたのは、ぽつんとした中規模の村。
「ここがリーヴェ村。このへんじゃまあまあ大きい方やな」
「助かった……人のいる場所、文明……屋根!! トイレ!!」
全裸から始まった異世界生活、ようやく文明レベルが1上がった気がする。
※
まずはセレナを安全な場所に休ませる必要がある。
となれば、冒険者たちの集うギルドに行けば何とかなるだろう──という浅はかな社畜的発想で、俺はその建物に向かった。
「ギルド、ここやな。行こか」
「うん……って、え。なんか、雰囲気が……」
建物はボロボロ。看板は傾き、ドアはギーギー鳴るし、入り口に何人か倒れてる。
いや待て、倒れてるって何!?
「死んでないよな!? 生きてるよな!? これはそういう演出だよな!? ゲーム的な!」
「んー、たぶん倒れてるだけやな。過労とかで」
「過労で路上で寝るな!! ここ、何!? 地獄!?」
ギルドの中に足を踏み入れると、異様な静けさ。
茶髪ロングの美人受付嬢は、立ったまま目を開けて寝ていた。
「え、えーと……すいませ──」
「ハッ!? い、いらっしゃいませ!! 本日はどのようなご依頼で!!?」
声が裏返りながら、彼女が機械的に言葉を吐く。
目の下には深いクマ。腕には包帯。
もはや命の限界を超えた笑顔。なんか……いろいろ限界。
「ちょっと落ち着いて!? 救急車! 救急馬車とかないの!?」
「いえ、そんなものは……それより依頼受けますか!? 冒険者登録もできますよ!? 何でもやります!!」
「怖い怖い怖い怖い」
──そのとき、掲示板に貼られた紙が目に入った。
【求人票】
■新人冒険者募集■
・週7勤務(休暇申請不可)
・1日12時間以上の拘束(超過アリ)
・日給:銅貨1枚(手取り)
・危険手当ナシ
・死亡時、自己責任
・依頼拒否:反逆罪
・逃亡:懲役5年
「……………………」
「……これ、求人……?」
「いや、これもう罰ゲームやん」
掲示板には、ズラリと同じような求人票。
しかも全部貼りっぱなし、誰も持っていかない。
「ていうか、これは労基が飛ぶレベル……って労基ねえわここ」
「うち、冒険者の魂見たことあるけど、ここの連中は全員疲れたって言ってるで」
「なにそのホラー!!?」
※
「こんなん、働かせるじゃなくて……殺しにきてるだろ……」
まるで、あの頃と同じ空気。
あの深夜のオフィス。息苦しくて、目が霞んで、それでもやるしかなかった毎日。
そして──その果てに、俺は死んだ。
「……もう、そんな世界はごめんだ」
「お? 顔変わったな?」
「決めた。俺がここ、変える。ギルドとかいうブラック企業、俺が潰して立て直す」
「おー! 言うたった!」
「セレナも、ルナも、……これから出会う人たちも。誰一人、俺みたいに過労死させない。
働き方改革ってのが、何か見せてやるよ。この異世界に!」
──ギルドの壁に貼られた求人票を、バリッと引きちぎる。
ルナが笑う。
「ほんま、見てて飽きんやっちゃな」
その肩に、小さく寝息を立てるセレナ。
新たな異世界の日常は、ブラックだけど面白くなってきた。




