第二十六話 神々の監査官
翌朝。
いつもより空気が張りつめていた。
ギルド《黎明の旗》の扉を叩く音が、やけに硬い。
直樹が応対に出ると、そこに立っていたのは――
銀髪を結い、純白の外套をまとった女性だった。
瞳は水晶のように澄んでいるのに、そこには一片の温もりもない。
「ギルド《黎明の旗》の代表者――安心院直樹殿ですね」
「え、えぇ。あの、どちら様で……?」
女は小さく頷くと、胸に手を当てて名乗った。
「私は《神界監査官》、アリシア。
あなた方“転生者”の活動を監査する立場の者です。」
背後では、律とセレナ、ルナが警戒するように身構える。
ただ、その“神界”という単語に、空気が一変した。
アリシアは、羊皮紙の束を取り出すと、冷たい声で読み上げた。
「――通達。
転生者《安心院直樹》《興梠律》両名、及び所属ギルド《黎明の旗》に対し、活動制限命令を下す。
理由:秩序の過剰な改革・現場干渉・信仰構造の乱れ。」
直樹が思わず言葉を失う。
「ちょ、ちょっと待ってください。“秩序の過剰な改革”って何ですか!?俺たちはただ、鉱山で――」
「労働環境を勝手に是正し、人々の“運命”に干渉した。
この世界は神の定めた“最適解”の上に成り立っています。
あなた方の行動は、それを乱す要因となり得る。」
「最適解、ねぇ……。ずいぶん都合のいい言葉じゃん?」
律が歯噛みする。
セレナが思わず口を開く。
「倒れてる人を助けることが、“乱れ”なんですか……?」
アリシアの瞳が微かに揺れた。
「……あなたたちには、理解できないでしょう。
秩序は、苦しみの上に築かれるものです。」
その言葉に、直樹の拳が震えた。
心の奥に、かつての記憶が蘇る――
上司の理不尽、過労死寸前の職場、使い捨てにされた新人たち。
“秩序のために働け”
“会社のために死ね”
――あの地獄と、何が違う。
「……あんたら、“神”ってやつらも結局、上層部だろ。」
直樹はゆっくりと顔を上げた。
その瞳は怒りではなく、静かな覚悟で光っていた。
「現場の人間がどれだけ苦しんでも、書類上“最適”なら見て見ぬふりをする。
そっちの理屈はもう飽きた。」
アリシアが表情をわずかに曇らせる。
「何を……」
「社畜魂スキル――業務最適化・拡張!」
直樹の身体が淡く青い光を放つ。
机上の資料、報告書、ギルドの管理魔法が一斉に展開され、空中に浮かび上がった。
「“現場の声”は、上に潰させない。
俺たちは、現場が間違ってないって証明するために動いてんだ!」
その声に、律が拳を握り、セレナが炎を灯す。
ルナも軽く笑い、「うちのリーダー、やっと本気出してきたなぁ」と囁いた。
アリシアの目に、初めて動揺が走る。
「あなた……その力……神の監査を、上回る……?」
直樹は一歩前に踏み出した。
「“現場が押し返す”――俺の世界の常識だ。」
アリシアが静かに空を見上げる。
その背後に、薄く輝く巨大な紋章――神界との通信陣が浮かび上がった。
「……報告します。“異常な転生者”を確認。要注意対象に指定。」
そう告げ、アリシアは光の中に姿を消した。
残されたのは、沈黙。
けれどその沈黙の中で、確かに全員が感じていた。
――ついに、“神”そのものを敵に回した。
直樹は深く息を吸い、呟く。
「上等だ。上が動くなら、下も動くだけだ。」
その背に、ルナの小さな声が重なる。
「……直樹。あんた、ほんまアホやけど、でも……かっこええわ。」




