第二十五話 カイの真意とルナの涙
夜。
“黎明の旗”の拠点には、カイが去った後の静寂だけが残っていた。
風の音が、どこか胸に刺さる。
ルナは窓辺に座り込み、月を見上げていた。
普段の軽口も、茶化しもない。
その横顔は、まるで長い夢の中にいるようだった。
「……ルナ、さっきの話……本当なのか?」
静かに尋ねる直樹に、ルナはしばらく答えなかった。
やがて、ため息のように呟く。
「カイは嘘つかへん。あの人はいつだって真っすぐやった。……神さんの言葉すら、疑うほどにな。」
「“神が転生者を利用してる”って、どういう意味?」
律が眉を寄せる。
ルナは、月光の中でそっと目を閉じた。
「転生者はな、“この世界を保つための調整弁”やねん。
人間らが絶望して、秩序が乱れたとき――異世界の魂を呼び寄せて、“正義”“改革”“希望”を流し込む。
せやけど、そのほとんどは、世界を変えられんと潰されてまうんや。」
セレナが息を呑む。
「……それじゃ、まるで……」
「そうやな。“使い捨ての勇者”よ。」
ルナの声は、かすかに震えていた。
しばらく沈黙が続いた。
やがてルナは、ゆっくりと口を開いた。
「……昔な、うちにも“契約者”がおったんよ。
正義感が強うて、どんな苦しい状況でも仲間守ろうとする優しい子。
せやけど……神さんの“指令”に逆ろた(さからった)せいで、処分されてもうた。」
ルナの指先が震え、声がかすれる。
「ウチは、その時――止められへんかった。
彼を、見殺しにしたんよ。」
その言葉に、全員が息を呑む。
律が言葉を探し、セレナが小さく「ルナ……」と呟いた。
けれど、誰も責めることはできなかった。
ルナの瞳に宿る痛みが、あまりにも深かったから。
静かに、直樹が前に出た。
そして、ルナの隣に腰を下ろす。
「……過去は、変えられないよな。」
ルナはわずかに顔を上げる。
直樹は、ほんの少し笑った。
「けど、“働き方”は変えられる。
昔のやり方が間違ってたなら、今の俺たちで“正しい働き方”を作ればいい。
なあ、ルナ――今度は、俺たちと一緒にやろうぜ。」
その言葉に、ルナの目からぽろりと涙が落ちた。
彼女は泣きながら、微笑んだ。
「……アホやな。あんた、ほんまに変な人。」
「今さらかよ。」
「せやけど……おおきに。ちょおっと、救われた気がするわ。」
涙が頬を伝い、月光にきらめいた。
その光景を見ながら、律とセレナも静かに微笑む。
そのとき――外から風が吹き込み、窓の外に黒い羽が舞い降りた。
ルナが目を見開く。
風に乗って、カイの声が微かに響いた。
「……安心院直樹。“黎明の旗”――か。
皮肉だな。
“黎明”とは、神が最も恐れる言葉だ。」
「……どういう意味だ?」
直樹が窓の外を見るが、そこには誰もいない。
ただ風の中に、声だけが残る。
「闇が続くほど、夜は深くなる。
だが――黎明は必ず、それを破る。
お前たちの“旗”は、神の夜を壊すだろう。
だからこそ、神はお前たちを恐れている。」
風が止み、羽は光に溶けるように消えた。
ルナは静かに目を閉じ、涙の跡をぬぐう。
「……カイ……あんた、ほんまにアホやな。」
直樹は拳を握り、まっすぐに前を見据える。
「上等だ。神が何を恐れようと、俺たちは俺たちのやり方でやるだけだ。」
その言葉に、仲間たちが頷いた。
“黎明の旗”の灯火は、まだ小さい。
だが確かに、闇を裂く光を宿していた。




