第二十四話 ギルドへの挑戦者
静寂な朝。
黎明の旗の拠点――かつての酒屋の扉が、カランと軽い音を立てて開いた。
ルナがカップを手にくつろいでいたが、その音に耳を動かす。
「……お客さん?」
そこに立っていたのは、漆黒のコートをまとい、剣を背負った青年。
灰銀色の髪に、淡い蒼の瞳。
周囲の空気が一瞬で張り詰めるほどの、異様な“静”を纏っていた。
「……このギルドのリーダーは、安心院直樹で間違いないな?」
声は低く、よく通る。
直樹が前に出る。
「そうだが……あんた、何者だ?」
青年は少し間を置いて名乗った。
「――カイ。かつて、“風の精霊ルナ”と契約を結んでいた者だ。」
その瞬間、ルナの瞳が揺れた。
「……カイ……? ほんまに、あんたなん……?」
普段の無表情が崩れ、声が震える。
セレナと律はぽかんとしたまま、視線を交わした。
「ちょ、ちょっと待って。ルナの“元契約者”ってどういう――」
「うるさいわ、律」
ルナが珍しく冷たい声で遮る。
カイは一歩前へ。
その足取りにはためらいはない。
「……久しいな、ルナ。だが今日は、昔話をしに来たわけじゃない」
腰の剣をわずかに傾け、抜きもしないまま構える。
「ギルド『黎明の旗』。その実力を見に来た――そして、“お前”の覚悟を確かめにだ。」
「覚悟……?」直樹が眉をひそめる。
「この世界をまだ“神の下”に置いておくつもりか――それを、だ。」
空気が変わる。
ルナの周囲に風が渦巻き、カイのマントも揺れる。
その一瞬で、ふたりが並び立つだけで場の温度が数度下がるような錯覚を覚えた。
セレナが不安げに囁く。
「……ルナ、戦うの……?」
「試されてるだけや。あの人のやり方やで。」
ルナが瞳を細め、ふわりと空中に浮かぶ。
「来なさい、カイ。うちの“新しい契約者”の前で、恥はかかれへんわ」
風が爆ぜた。
次の瞬間、カイの剣とルナの魔力がぶつかり、
ギルド内に強烈な衝撃波が広がる。
直樹たちは慌てて後退し、壁に身を隠した。
「おいおい、拠点が壊れるぞ!?」
「元酒屋だし多少ボロいし大丈夫じゃね?」
「そういう問題かッ!」
※
交戦の合間、カイが静かに口を開いた。
「……ルナ。お前はまだ、“神”を信じているのか?」
「……“信じる”とか“信じへん”とか、そないな問題やあらへん」
「違う。俺はあの日、見たんだ。
神が、人を見捨てる瞬間を。
そして――精霊を“管理下の道具”として再定義したあの場面を、な」
ルナの瞳が震える。
カイの声は、怒りでも憎しみでもなく、
ただ乾いた“諦念”を帯びていた。
「神はもう正しくない。
あの双子の神――『創生』と『運命』。
どちらも、この世界を選別するために存在している。
……お前たち“転生者”も、その実験の一部だ。」
その言葉に、直樹の心がざわついた。
律とセレナが反応するより先に、直樹は思わず呟く。
「……俺は、神に会っていない。」
全員が息を呑む。
カイの視線が、鋭く直樹に向けられる。
「……会って、いない?」
「ああ。俺は死んで、次の瞬間にはもうこの世界にいた。
律は“神と会話した”って言ってたのに、俺だけは――空白だ。」
沈黙。
カイはゆっくりと剣を収め、目を細める。
「……なるほど。やはり“選ばれざる者”か。」
「選ばれ……ざる?」
「お前は神の手で“管理”されていない。
その意味、いずれ知ることになる。
だが、今はまだ早い。……時が来れば、真実を見せてやる。」
そう言い残し、カイは背を向けた。
風が舞い、黒いマントがひらめく。
扉を開ける前、ルナにだけ小さく告げる。
「……ルナ。まだ間に合うと信じてる。
俺は“神の敵”として生きる。
お前は……どうする?」
返事はなかった。
ただ、ルナの瞳に宿った光だけが、何かを決意したように揺れていた。
去っていくカイの背を見送りながら、直樹は拳を握りしめる。
「……“選ばれざる者”。俺はいったい、何なんだ?」
誰も、その答えを持ってはいなかった。
ただ、ギルドの外で吹く風が、どこか悲しげに鳴っていた。




