第二十三話 魔瘴石の魔人
――鉱山が、悲鳴を上げていた。
地鳴りとともに、坑道の奥から黒い靄が吹き荒れる。
それは瘴気の暴風。
中心には、黒く硬質な肉体に変わり果てた“魔瘴石の魔人”が立っていた。
眼孔は光を失い、口元からは赤黒い結晶が滴っている。
人の名残は、もうどこにもない。
「……これが、“働かされすぎた末路”かよ」
直樹が唇を噛む。
魔人が一歩踏み出すたび、地面が沈む。
その拳が空を裂き、ルナたちに黒い波動を放つ。
「来るで!」
ルナが風の障壁を展開するも、衝撃波で吹き飛ばされる。
律が飛び込み、ルナを抱きかかえた。
「無理すんな! こいつ、ただの魔物じゃねぇ!」
※
セレナが炎の矢を放つ。
燃え盛る紅蓮が魔人を包む――が。
「……消えた!?」
火は吸い込まれ、逆に魔人の体が輝きを増した。
ルナが息を呑む。
「魔瘴石は魔力を“食う”……せやから、魔法攻撃はあかん!」
律が舌打ちしながら駆け出す。
「なら物理で行く!!」
剣が閃き、魔人の腕を斬りつける――だが、金属音だけが響いた。
「っ……硬すぎる……!」
律の剣が弾かれ、衝撃で後退する。
直樹が冷静に全体を見渡した。
セレナは距離を取って再詠唱。ルナは防御魔法維持、律は前衛維持――
すべてが無駄じゃない。だが、かみ合っていない。
社畜魂スキル・発動
「……“業務再構築”」
直樹の瞳に青白い光が宿る。
周囲の戦況、仲間の行動、敵の特性――
すべてのデータが彼の脳内で回転し、最適化されていく。
「セレナ、魔力制御を『圧縮燃焼』モードに変更。ルナ、風と水を二重層で展開して――“排熱結界”を作ってくれ!」
「はい!」
「わかった!」
「律、魔人の右腕関節に微細な亀裂がある。そこを抑え込め!」
「おうっ!」
声が飛ぶたび、戦況が変わる。
まるで彼らが一つの“組織”として動いているかのようだった。
「リーダーの采配ってこういうことか……!」
律が笑いながら剣を構える。
「直樹の指示、妙に社畜臭ぇけど最高だぜ!」
「黙って働けッ!!!」
直樹の怒鳴りとともに、再構築された戦術が始動する。
※
ルナが詠唱を完了。
「“双流結界”――発動!」
風と水の渦が交差し、坑道全体に冷却と遮断の層を張る。
黒い瘴気が押し返され、空気が澄む。
その中へ、セレナの炎が射出された。
「“紅蓮圧縮弾”――いっけぇぇぇ!!」
炎球がルナの結界を抜ける瞬間、圧縮された熱が増幅し、
暴走せずに――一点集中で魔人の胸部へ直撃した。
轟音。閃光。
熱波が坑道を駆け抜け、黒い外殻がひび割れる。
「今だ、律!!」
「任せろッ!!!」
律が跳躍し、ひびの中心へ渾身の斬撃を叩き込む。
――刃が突き刺さる。
黒い結晶が砕け、内部から瘴気が爆発的に溢れた。
直樹が前へ出て、掌を翳す。
「社畜魂スキル──“残業終息!!”」
彼の魔力が光となって仲間たちを包み、残った瘴気を中和する。
黒い鉱石がぱらぱらと剥がれ落ち、やがて風に乗って舞い上がった。
その姿は――まるで、黒い羽が散るように美しかった。
静寂。
坑道の奥に残ったのは、崩れた魔人の骸と、うっすらと光る結晶の欠片だけ。
※
「……終わった、のか?」律が息を切らして言う。
「ええわ、魔瘴石の反応は消えたで」ルナが頷く。
だが、彼女の顔はどこか曇っていた。
掌に残った黒い羽根のような欠片を見つめながら、
ルナは小さく呟く。
「……この石、もしかして……」
「ルナ?」セレナが首を傾げる。
ルナは目を伏せ、風の魔法でその欠片を空へ流した。
だが、その一瞬、欠片の表面に奇妙な紋章が浮かぶ――
“翼の印”。
「……いや、まだ、確信はないわ。けどな……もしこれが本物やったら――」
彼女の言葉は風にかき消された。
坑道を出た空は、いつの間にか薄く曇り始めていた。
黒い羽が、ゆっくりと空へ昇っていく。




