第十七話 新たなギルドの名のもとに
翌朝、陽光がギルド拠点の窓から差し込み、磨き上げられた木製のテーブルに温かな光を投げかけていた。俺は、重厚な紙の束をドン!とテーブルに叩きつけた。書類の山は、まるで挑戦状のようにそこに鎮座していた。
「追加書類、百枚近くあるぞ……」
俺はため息交じりに呟いた。
「ひぃっ! こ、こいつはくせえッー!ブラック企業のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!! 」
律が目を丸くして叫び、椅子の上で飛び跳ねる。
「え、ええっ!? これ全部、直樹さんが一人で……?」
セレナが書類の山を見上げ、顔を真っ赤にして狼狽えた。
俺は一瞬目を閉じ、深く息を吸い込む。テーブルの上に正座し、心を整えた。
【スキル〈社畜魂〉発動──『書類処理速度上昇』】
脳裏に、あの地獄のようなオフィスの記憶がフラッシュバックする。押印、署名、決裁、添付、確認──無限のループを生き抜いた経験が、今、俺の血を滾らせた。
ペンが紙の上を疾走する。カリカリと響く音は、まるで戦場の鼓動だ。
「直樹、手が残像になってる!?」
律が目を輝かせて叫ぶ。
「音速処理!? めっちゃカッコいい!」セレナが胸に手を当て、頬を染めて感嘆の声を上げた。
「ほんま、こいつおっそろしいな……でも、ちょっと惚れるわ」
ルナが尻尾をパタパタさせながら、呆れたように笑う。
そのとき、突然──
「僕ッ、参上!」
バァン!と律が勢いよくテーブルに飛び乗った。書類が数枚、ひらりと宙を舞う。
「直樹ぃ! ここは僕のネーミングセンスを炸裂させる場面だろ! ギルド名は──『イケメンズ・パラダイス』で決まり!」
「却下だ! お前の寝ぐせがまだパラダイス状態だぞ!」
俺は即座に律の額にチョップを食らわせた。
「痛てぇぇぇ!」
律が頭を抱えてテーブルから転げ落ちる。ルナは腕を組み、呆れ顔で一言。
「ほんま、ガキやな、こいつ」
「律さん、でも……楽しそうですね」
セレナが口元を押さえ、くすっと笑いながら頬をさらに赤らめた。
ドタバタの騒ぎの中、俺の手は止まらない。書類の代表者欄に自分のステータスを書き込みながら、ふと心に引っかかる疑問が浮かんだ。
(律は転生前に“神”と会ったと言っていた。だが俺は……死んだ瞬間、もうこの異世界に放り込まれていた)
(俺の役割って何だ? なぜ俺だけ、違う道筋を歩まされたんだ?)
小さな棘のような疑問が、胸の奥に刺さる。だが、今はそれを考える暇はない。ペンを握り直し、書類の山に立ち向かう。
※
昼前。
書類の最終ページに、俺たちの新たな一歩を刻む名前が記された。
【ギルド名:黎明の旗】
「はぁ……ついに僕たちの旗が立ったか!」
律が拳を突き上げ、誇らしげに笑う。
セレナが小さく拍手し、目を輝かせる。
「素敵な名前です! 希望を感じます!」
ルナは湯呑みで茶をすすり、ニヤリと笑った。
「ま、らしい名前やな。悪くない」
※
午後。
初の公式依頼を受け、俺たちは近郊の森へと向かった。目標は、盗賊まがいのオーク数体。森の木々がざわめく中、俺たちの足音が響く。
「よし、行くぞ!」
俺の号令で戦闘が始まった。律が後方から光の魔法を放ち、セレナの火の矢がオークを焼き払う。俺は剣を握り、敵陣に斬り込む。ルナの精霊の風が背後から俺たちを後押しし、戦場に清涼な流れを生み出した。
「息が合ってきたな!」
俺は叫びながら剣を振り下ろす。ジークによる修行の日々が、確かに俺たちを一つにしていた。
「直樹、左ッ!」
律の鋭い声に振り返ると、オークの棍棒が唸りを上げて迫ってくる。だが、律が一瞬早く滑り込み、光の障壁を展開した。
「仲間を庇うのも僕の役目だ!」
律がニヤリと笑う。
「助かった! ありがとな、律! 」
俺は即座に反撃に転じ、セレナの火球が絶妙なタイミングでオークを飲み込む。
俺と律は目を見合わせ、息を合わせて突撃した。
「「これで終わりだッ!」」
二人の一撃が重なり、オークの巨体が地面に崩れ落ちた。
勝利の余韻に浸る間もなく、茂みから低い声が響いた。
「ほぅ……新参の割にはやるじゃないか」
そこに現れたのは、別のギルドの面々だった。重厚な鎧をまとった戦士、鋭い目つきの女弓使い、そして──
「……あ、あんたは……!」
俺は思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、俺がこの異世界に初めて降り立ったとき、ギルドで出会った中年の男性職員だった。無精ひげを生やし、疲れ果てた瞳で俺を見つめる彼は、薄く笑った。
「また会うとはな……。だが、忠告しておく。希望なんて抱くなよ。過去にも改革を叫んだ奴らがいたが、みんなくそくらえな仕事に潰された。この世界は、もう手遅れなんだ」
その言葉に、空気が凍りついた。
俺の拳は無意識に握り締められていた。
(……そう簡単に諦められるかよ)
胸の奥で、静かな炎が燃え上がる。
「黎明の旗」は、ただの名前じゃない。俺たちの覚悟そのものだ。この世界を変える、その第一歩を、俺たちは今、踏み出したのだ。