第十六話 ギルドハウス大掃除!
三日後の昼。
俺たちの新たな拠点──元酒屋は、見事に埃とクモの巣と酒のシミで覆われていた。
「うわぁぁ……これは“居酒屋”じゃなくて“遺跡屋”だな……」
俺がため息をつくと、セレナはハンカチで口元を押さえ、半泣き。
「ひ、ひどい……床がベタベタして……魔物の巣より恐ろしいです……」
ルナは箒を肩に担いで笑っていた。
「まあ、みんなでやれば楽しいもんや。ほら、青春やん」
そのとき──
「ただいまァァァ! 待たせたなァ!」
律が扉を蹴破る勢いで帰ってきた。
「うおっ!? いきなりドア壊すな! 今すでにボロいんだから!」
「細かいこと気にすんな! 朗報だ! ギルド申請が──通ったぜ!」
全員「おおおっ!!」と拍手。
律はドヤ顔で胸を張り、さらに紙束を取り出した。
「ただし! 改めて書類を書いて出さないといけねぇらしい! 名前とか住所とか代表者のステータスとか……あとは、ギルド正式名称もな!」
「……まあ、そう来るよな」
俺は腕を組んで頷いた。
「けど今は書類より掃除だ。こんな状態で住所“元酒屋”って書いたら絶対笑われるだろ」
「確かに」
ルナが尻尾を揺らしながら頷く。
「まずは見た目整えんと、信用されへん」
こうして大掃除が始まった。
※
床下から茶色い影がササッと走り抜けた。
「うおっ!? ネズミだ! ネズミが走ったぞ!」
俺が叫ぶと同時に、セレナの悲鳴が酒場跡に響き渡った。
「きゃあああっ!」
その声に反応した律が、まるで獲物を追う猫のように飛び出す。
「待てコラァァァ!」
だが勢い余って椅子の脚に足を引っかけ、ガタンと派手に倒してしまった。
「おいバカ! 壊すなっての! 戦場になるだろ!」
俺は慌てて止めに入り──その拍子に天井から埃がドサッ。
「げほっ、げほっ!? うわああ目がぁぁぁ!」
「直樹ィィ!? 目が死んでる!」
バタバタと騒ぎながらも、なんとか床の酒シミを拭き、椅子を磨き、窓を開け放つ。
ルナはマイペースに鼻歌を歌いながら雑巾を絞ると、窓を開け放つ。
長年閉ざされていた酒屋の中に風が流れ込んできた。
舞い上がる埃の粒子が光を反射して、空気が白く霞む。
ルナは雑巾を肩にかけ、深呼吸をひとつ。
「ええ風やな……ほら、青春の匂いや」
尻尾をゆらりと揺らしながら、どこか懐かしげに呟いた。
だが、その隣で窓拭きをしていたセレナは、顔をしかめて鼻をつまむ。
「ルナさん、埃と……酒臭しかしません……!」
そう言ってむせる姿に、俺は思わず吹き出してしまった。
※
作業の合間。
俺と律は床を磨きながら、ふと口を開いた。
「なあ律……お前、転生してきたとき、どうだった?」
律は雑巾を動かす手を止め、少しだけ目を細めた。
「……僕はな、死んだあとすぐ異世界に来たんじゃねぇ」
「え?」
「なんかよ……“神”を名乗るやつらに会ったんだ。二人組の……男女の双子みたいな、変な神様」
ごしごし、と雑巾の音が響く。
律の声はどこか照れくさそうで、けど真剣だった。
「そいつらに言われたんだ。“この世界には転生者が少なくない。お前も選ばれた一人だ”ってよ」
俺は動きを止めた。
「……じゃあ俺とは違うんだな。俺は死んで、目を開けたらもうこっちだった」
「そうなのか? …ということは、たぶん、僕とお前じゃ“役割”が違うんだろうな」
律はにっと笑って雑巾をバケツに放り込む。
「ま、難しいことは置いとけ! 今は掃除だ!」
「……そうだな」
俺も笑い返した。
※
夕方。
ようやく掃除は終わり、埃臭い空気の代わりに風が吹き抜ける。
セレナがカーテンを結び、窓から差し込む光に目を細めた。
「……ここ、本当に私たちの拠点になるんですね」
ルナは満足げに腰に手を当てる。
「まあ、見違えたわな。これでやっと“ギルド”や」
律は机の上に寝転がり、両手を広げた。
「はぁぁ、疲れたぁぁ! 社畜時代よりハードじゃねぇか!」
「お前はサボってネズミ追いかけてただけだろ!」
俺はすかさずチョップ。
笑い声が、拠点の空っぽの空間に響いた。
(よし……ここからだ。俺たちのギルドの物語は)
俺は窓の外を見上げ、胸の奥で強く誓った。