第十四話 別れと始まり
朝日が街の屋根を金色に染める。
昨日の宴の余韻がまだ残る中、俺たちは街の門前に立っていた。
ジークは背に長槍を背負い、いつもの無表情で俺たちを見ている。
だが──その瞳はどこか柔らかかった。
「ここでお別れ、なんですね……」
セレナの声は震えていた。赤く腫れた目が、夜に泣いた痕を物語る。
律は腕を組み、わざとそっけなく言う。
「……まあ、別に寂しくねぇし。師匠だって忙しいんだろ?」
だがその目尻は赤く、口元はわずかに震えていた。
ルナは尻尾を揺らし、ふっと笑った。
「しゃーないわな。あんたの修行はここまで。……ほんま、うちの弟子らをよう鍛えてくれた」
ジークは小さくうなずいた。
「お前たちは、まだ未熟だ。だが──芯はできた」
そう言うと、俺の前に歩み寄り、槍の石突きを地面に突き立てた。
鋭い青の瞳が、まっすぐ俺を射抜く。
「直樹。お前に一つだけ言っておく」
「……はい」
思わず姿勢を正す。
「ギルドに巣くう連中は、己の利益しか見ていない。真に仲間のために動ける者は少ない」
「……」
あの理不尽なピンハネ、腐った幹部ども。俺の脳裏に浮かぶ。
ジークは続けた。
「ならば──作ってみろ。お前たち自身の“ギルド”を」
「……え?」
「冒険者が、仲間が、安心して戦い、休める場所。……そういう場をな」
一瞬、息が止まった気がした。
俺がずっと心の奥で願ってたことを、ジークが言葉にしてくれた気がして。
「でも……そんなこと、俺たちにできるんですか?」
情けなく問い返す俺に、ジークは口角をわずかに上げた。
「社畜上がりのお前ならできる。あの地獄で生き抜いた心がある限り、な」
「……!」
胸の奥が熱くなる。
昨日まで“過労死社畜”だった俺が、今は“仲間のために動きたい冒険者”としてここに立っている。
その事実が、どうしようもなく誇らしかった。
※
門が開かれ、ジークがゆっくりと背を向ける。
「──また必要になれば呼べ。お前たちが“本物”になるのを、楽しみにしている」
その背中は揺るぎなく、まるで大樹のようだった。
「ジークさん……ありがとうございました!」
セレナが泣きながら頭を下げる。
「お元気で!」
律が叫ぶと、声が裏返ってしまう。
ルナは尻尾を揺らし、短く言った。
「……ほな、また」
ジークは振り返らずに片手を軽く挙げ、朝靄の中へと消えていった。
※
しばらく誰も口を開けなかった。
ただ、冷たい風が頬を撫でていく。
俺は胸の奥に芽生えた言葉を、仲間に向けて口にした。
「……俺たちで、新しいギルドを作ってみないか」
律とセレナが同時にこちらを見る。
ルナはにやりと笑った。
「ええやん。それ、めっちゃおもろそうや」
その瞬間、俺たちの新しい冒険の“始まり”が決まった。