第十三話 祝杯と影
「──合格だ」
ジークの短い一言に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
疲労でぐったりしていた体が、一瞬で軽くなる。
「マジで!? やったああああ!!」
律が子供みたいに飛び跳ね、セレナは胸を押さえて安堵の涙をこぼした。
ルナは「ふふん」と尻尾を揺らし、得意げな顔。
そんな俺たちを見て、ジークは珍しく口元をゆるめた。
「祝いだ。……酒でも飲みに行くぞ」
「え、師匠が酒屋!? なんか似合わねぇ!」
「うるさい、新人。祝い事に口を挟むな」
「……はい」
こうして俺たちは、修行の地獄から解放されると同時に、街の酒場へと繰り出した。
※
夜の酒場は、冒険者たちの笑い声と木杯の音で賑わっていた。
分厚い木のテーブルに腰を下ろすと、香ばしい肉の匂いが鼻をくすぐる。
「お待たせしました! 本日のおすすめは“山鳥の丸焼き”と“茸のシチュー”ですよ〜!」
看板娘が大皿を運んできた瞬間、律の目が輝いた。
「うおお……! 直樹、見ろよ、肉汁が! あ、これ絶対うまいやつだって!」
「落ち着け、ハイエナかお前は!」
俺はフォークを突き刺し、熱々の肉を口に運ぶ。
──ジューシーな脂が広がり、香草の香りが鼻に抜ける。
「……っくぅ、うめぇ……」
セレナはパンをシチューに浸し、ほっぺを赤くして食べていた。
「ん……美味しい……こんなの、久しぶり……」
「うわぁ、セレナ、顔が緩んでる!」と律がからかうと、
「ち、違う! これは……料理が……」と真っ赤になって慌てる。
ルナは酒を片手に、尻尾を揺らしながら余裕の笑み。
「お前ら、はしゃぎすぎや。これからが本番やのに」
「いいじゃねぇか。今日は特別だろ」俺が言うと、ルナは肩をすくめた。
その横で、ジークが黙って杯を口に運んでいた。
いつもの冷徹さは薄れ、どこか遠くを見るような眼差し。
※
「……なぁ、ジーク」
ルナが静かに口を開いた。
「昔、あんたが初めて“精霊流槍術”を覚えた時のこと、覚えとる?」
その一言に、ジークの動きが止まった。
律もセレナも俺も、思わず耳を傾ける。
「忘れるわけがない。……あの時、俺はまだ半人前だった」
ジークは杯を置き、低く笑った。
「師匠の無茶な稽古に付き合わされ、槍を振り回しては倒れ、血反吐を吐いた」
「ふふ。あの頃はお互い若かったなぁ」
ルナは懐かしげに笑う。
だが、その表情にはほんの一瞬、影が差した。
「──結局、あん時の仲間は……もうおらんけどな」
ジークの目がわずかに細められる。
セレナが不安そうに俯いた。
(仲間……? やっぱりルナとジークには、何か大きな過去がある)
俺は杯を握りしめた。
聞きたい。でも、今はまだ聞けない。
代わりに、律が空気を変えるように声を張った。
「まっ、とりあえず! 今は僕たちの門出祝いだ! 今日は食え、飲め、笑え!」
「お前、良いこと言うじゃん」
「だろ? 主人公だからな」
「いや違うから!」
いつものようにツッコミを入れながら、俺たちは笑い合った。
その夜、酒場の灯りの下で、俺たちは確かに「仲間」として絆を深めた。
けれど、ルナとジークの背後にちらついた“影”は、確実にこの先の伏線を告げていた。