第十一話 社畜、地獄の研修二日目
朝。
鳥のさえずりとともに目を開けると、体が鉛みたいに重かった。筋肉痛で腕は上がらず、足も石のように固まっている。
「……お、おはよう……」
俺が呻くように挨拶すると、横で寝ていた律が布団から半分だけ顔を出した。目の下にはクマ。
「おはよ……いや、これ完全に徹夜明けシフト明けの感覚だろ……」
寝癖をかきながら呻く律の姿は、かつてのブラック企業戦士そのものだ。
一方セレナはというと、火をつける手伝いをしながらも、ふらふらと膝が折れそうになっている。
「わ、わたし……昨日から足が棒のままで……でも頑張らなきゃ……」
それでも真っ直ぐ火口を見つめる目には、決意の色があった。
ルナは尻尾を揺らしながら、俺たちの様子を見てにやにや。
「ほら、始まるで。あんたら、今日が本番や」
そう、ジークが立っていた。
黒の軽装コートは朝の霧に溶け、青い瞳は冷たく光っている。
槍の石突きをトン、と地面に突き立てると、空気が引き締まった。
「走れ。昨日よりも速く、長く。止まったら死ぬ」
「またそれかよ!?」
俺が即ツッコミを入れると、律がボソッと。
「……いや、これはもう“走ることが業務”っていう研修カリキュラムだろ……」
セレナは涙目で声を上げる。
「し、死ぬって何回言うのぉ!?」
それでも走らされた。昨日よりも長い距離。
俺は歯を食いしばり、呼吸を合わせてなんとか前へ。
律は途中で足をもつらせながらも、「俺は……まだ……倒れねぇ……!」と意地を見せる。
セレナは泣きながら、それでも俺の背中を追い続けた。
ルナは相変わらず木陰でお茶をすすり、尻尾をぱたぱた。
「ふふ、ちょっとは“冒険者”らしくなってきたやん」
◆ 午後 ― 武器と魔法の訓練
「かかってこい。昨日より一撃多く俺に届かせろ」
ジークが槍を構える。
俺たちは三人で呼吸を合わせた。
律が光魔法で視界を奪い、セレナが火球を放つ。
俺は木剣を振りかぶり、突っ込む。
──が。
「遅い」
一瞬で槍が閃き、光も火も木剣も、まとめて叩き落とされた。
吹っ飛ばされた俺は、背中から土に転がる。
律は膝をつきながら、「や、やっぱ軍曹じゃん……」と呻き、
セレナは尻もちをついて唇を噛む。
「くそっ……まだ一撃も当てられないのか……」
俺は悔しくて、拳を握った。
ジークは無表情のまま俺たちを見下ろす。
「直樹、判断は悪くない。だが動きが鈍い」
「律、知識に逃げすぎる。体を動かせ」
「セレナ、炎は強いが……心の迷いがまだ揺らぎを生む」
セレナはびくりと肩を震わせた。
その横顔は、一瞬だけ暗い影を落とす。──過去を思い出しているような。
俺は言葉を飲み込んだ。今はまだ聞くべきじゃない。
◆ 夜 ― 精神修行
ジークは薪の前に座り、淡々と告げる。
「心を鎮めろ。社畜の心得をさらに教えてやる」
俺は思わず声を上げた。
「また社畜かよ!?」
隣で律が、寝癖の残った髪をガシガシ掻きながらぼそっと呟く。
「……いや、なんか逆にホームシックみたいになってきたわ」
セレナは膝を抱え、火の光に揺れる瞳で小さく震えた。
「やだ……怖いよ……」
だが瞑想を続けるうちに、不思議な感覚に包まれた。
仲間の呼吸、木々のざわめき、夜の魔力の流れ。
少しずつ、全部が見えてくる。
【スキル〈社畜魂〉が成長しました】
──『タスク分割(集中管理)』を習得。
俺はハッとして目を開いた。
「……! 頭の中が、整理される……!」
昨日よりも、冷静に周りを見られる気がした。
ジークは淡く頷く。
「そうだ。社畜の地獄も、活かし方次第で力となる」
律は「いや美化すんな!」と突っ込んだが……俺は、少しだけ誇らしかった。
◆ 修行二日目の成果
•直樹:タスク分割を習得。冷静さと戦術眼が向上。
•律:魔法詠唱のスピードが僅かに改善。体力も増加。
•セレナ:炎の制御に手応えを感じ始める。だが心の影は消えない。
•ルナ:見守りつつも、ときおりジークと視線を交わす。その間には、まだ語られぬ過去の気配が。
焚き火を囲んで、俺たちはぐったりと寝転がった。
「なぁ直樹……」律がぼそっと。
「これ……ブラック研修ってよりさ……ブラックでも“やりがい搾取系”だろ……」
「でも……」セレナは小さく微笑む。
「昨日より……ちょっとだけ、自分が強くなれた気がする……」
ルナは尻尾を揺らし、意味深に笑った。
「ほらな? 転生者ってやっぱり、おもろい運命に巻き込まれるんよ」
──俺たちの修行の日々は、まだまだ続く。