第九話 社畜、師匠に弟子入りする
「……はぁ」
俺はギルドの依頼掲示板の前で思わずため息をついた。
「また三銀貨のゴブリン討伐やね」
ルナが横であくびをしながら言う。
律が腕を組み、妙にドヤ顔。
「まあまあ。僕らもう連戦余裕だし? 言ってみれば最強パーティーじゃない?」
「この間、自分で爆裂魔法で自滅しかけた奴がよく言うわ」
俺が即ツッコミを入れると、律は「ぐふっ」と変な声をあげて沈黙した。
セレナは眉を下げておろおろ。
「で、でも……強い敵と戦わなくてもいいんじゃ……」
その時、ルナがパチンと尻尾を弾いた。
「甘いわ、あんたら。──正直言うて、今のままやと次の幹部襲撃で全滅するで」
全員の表情が一気に引き締まる。
「えっ……」
「全滅……?」
「やだ、僕まだ寿司食べてないんだけど」
「律、お前最後のそれなんだよ」
※
依頼を受けて森へ向かう途中。
ルナはずっと前を歩きながら、冷たい声で告げた。
「直樹。あんたの〈社畜魂〉、確かにおもろいスキルや。けどな、器用貧乏で済ませとったら、結局“何も極めんまま死ぬ”」
俺は黙った。
胸の奥がちくりと痛む。
……それは転生前、会社でずっと言われ続けてた言葉だったから。
「俺は……変わりたい。だけど……」
その時だった。
「──へぇ、まだそんな程度なんだな」
声がした。
振り返ると、一本の槍を肩に担いだ青年が立っていた。
銀灰色の髪、落ち着いた青の瞳。
どこかルナと似た雰囲気をまとっている。
「お、お前は……!」
ルナの瞳が珍しく大きく揺れた。
「ルナ師匠。まさか、こんな奴らに付いてるなんて思わなかった」
「師匠!?」
俺と律とセレナが同時に叫ぶ。
ルナは頭を押さえて溜息をついた。
「ああもう……こいつは私の弟子やった奴や。“ジーク”って呼び」
ジークと名乗った青年は冷たく笑った。
「今のままじゃ、お前らは絶対に勝てない。……俺が鍛えてやるよ」
※
ジークは槍を構え、俺たちに襲いかかってきた。
「いきなり!?」
「死ぬ死ぬ死ぬ!?」
槍の突きが俺の肩ギリギリをかすめ、風圧で木の枝が千切れる。
律は腰を抜かし、セレナは慌てて詠唱を始めるが──
「遅い!」
ジークの蹴りで杖が吹っ飛んだ。
「……くっそ、なんだこいつ……!」
俺は歯を食いしばり、石を拾って投げる。
ジークは軽く弾き、鼻で笑った。
「そんなんじゃ、俺には傷一つつけられねぇな」
その言葉に、胸の奥がカッと熱くなる。
「……ふざけんな。俺は、諦めるために転生したんじゃねぇ!」
思わず叫ぶと、ジークの目が一瞬だけ細まった。
「……ほう。やっと“目”が変わったな」
彼は槍を引き、戦闘を止めた。
※
「合格だ。俺が鍛えてやる。死ぬ気でついてこい」
そう言って背を向けるジーク。
律はまだ尻もちをついたまま震えている。
「……ねぇ直樹、あれ……ブラック企業の鬼上司感ない?」
「やめろ。思い出すから」
セレナは不安げに直樹を見た。
「で、でも……この人が師匠になってくれるなら……」
ルナは小さく笑みを漏らした。
「ま、ええんちゃう? あんたら、ちょうど修行が必要な時期や」
俺は拳を握る。
「……いいだろ。ジーク、俺たちを鍛えてくれ!」
──こうして、俺たちの“地獄の修行”が幕を開けるのだった。