プロローグ:過労死、異世界、そして全裸
──人は、何のために働くのか。
金のため?
生活のため?
夢のため?
──それとも、会社のため?
安心院直樹、28歳。
気づけば俺は、週7勤務・月残業150時間・年休ゼロのブラック企業戦士として、生きる屍みたいな日々を送っていた。
今日も変わらず、誰もいない深夜のオフィス。
キーボードを叩く指が震える。目の奥がズキズキ痛む。
横では、同じく終電を逃した茶髪の同僚──いや、幼なじみの興梠律がコンビニ飯をすすっていた。
「なあ直樹、今の人生に10点満点中、何点つける?」
「マイナス50点」
「草」
──他愛もない会話だった。
だけどその瞬間、ふっと世界の色が薄れていく。
あれ? おかしいな、急に息が……できな──
※
気がつくと、俺は……森の中で寝転んでいた。
いや、森の中で──
全裸で寝転んでいた。
「…………は???」
意味がわからない。
パニックになる頭の隅で、異常に澄んだ空気、どこからか聞こえる小鳥のさえずり、そして目の前にぷるぷる震える謎の生き物。
「スライム……!? え、マジで?」
状況が把握できないまま、ぞろぞろとスライムが俺の周囲を取り囲む。
うわ、これ、完全に詰んだやつ。
転生して即再死亡コースとか、冗談じゃないんだけど!!
「誰か……誰か助け──」
──そのときだった。
空に、一筋の風が走った。
そして、ふわりと宙に浮かぶ、小さな影が現れる。
「はぁ……しょうがないなあ。お前、なんか……おもろいし、助けたるわ」
見下ろすように現れたのは、
薄紫色のふわふわした毛並みに、ピンクのリボンをつけた子猫のような生き物──いや、精霊?
「誰だよお前……」
「ルナ。風と水と変化を司る精霊様や。アンタ、見た感じ転生者やろ。ウチと会えるなんて超ラッキーやで?」
呆れたように言いながら、彼女──ルナは手(前脚?)をかざすと、スライムの群れを一瞬で吹き飛ばし、落ち葉から器用に布を生成し、俺の裸をとりあえずカバーした。
「すげぇ……すげぇけど……」
「ほら、ぼさっとしてんと行くで。転生したってことは、なんか理由があるんやろ?」
理由、ねえ。
思い当たる節は……山ほどあるよ。
だけどひとつだけ、確信してることがある。
──俺は、もう二度とあんな働き方はしない。
そう誓ったばかりの俺に、
このあとさらなる“ブラックな現実”が待ち受けているなんて、
この時はまだ、知る由もなかった──