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閑話01 夢の火影

焚火が揺れる。


草の匂いに混じって、潮を含んだ夜風が頬を撫でた。


ギルド裏手の庭で、自分は膝を抱えていた。


手を見ると、今より小さい。


まだ子どもの自分。


ああ、これは夢だ。


懐かしい、あの夜の夢――。


焚火の向こう側では、誰よりも信頼するひと――アドリアンが薪を焚べていた。


熊みたいな大きな身体だ。


どっしりした背中。


大きな手。 


炎に煽られて揺れる影。


世界のすべてみたいに思えた、父親みたいなアドリアンの背中。


懐かしい光景に、胸がぎゅっと締め付けられる。


「……アドリアン」


「……ん?」


返事は短い。


けれど、その声にはいつも、逃げない強さがあった。


どんな問いも受け止めてくれる気配にほっとする。


「……どうしてあの時、わたしを……拾ってくれたの?」


「拾った、ねえ。おまえ、自分を子犬か何かみたいに言うんじゃねぇよ」


ふっと笑って、薪をくべる手が止まる。


その言い方がなんだかおかしくて、こちらもつられて笑ってしまう。


……でも。


「……わたしが普通じゃないって、最初から気づいてたよね……?」


アドリアンは黙って、それからぼそっと言った。


「――目が、違ったな。あの時のおまえは」


「目……?」


「……そうだ。おまえの目は絶望に満ちていた。人が、国が、滅びる瞬間を捉えてしまった者の目をしていた」


ぱちりと音を立てて焚火の火が爆ぜた。


アドリアンが顔を上げ、まっすぐにこちらを見つめる。


「だが……おまえは生きようとしていただろう?そういうのな、見て見ぬふりできねぇんだよ、俺は」


そのまなざしは鋭いのに、あたたかかった。


「エル」


アドリアンが自分の名を呼ぶ。


彼が付けた名だった。


自分には何もなかった。


名も、住む場所も、生きる意味も――。


すべては、アドリアンが与えてくれた。


それまでは、何ひとつなかった。


なぜなら――――


「わたしは――」


言いかけて、声が掠れる。


『自分が何だったのか』を口に出すのが、怖かった。


「……うまく、言えない……」


その言葉に、アドリアンは静かに言った。


「わかりづらくてもいいから、おまえの言葉で言ってみろ」


「…………」


「おまえが何者かなんて関係ねぇ。あの時、おまえは助けを求めてた。だから、俺は手を伸ばした。それだけの話だ」


風が止まり、炎のゆらめきが静まる。


目を伏せ、ぽつりと呟いた。


「でも、わたし……いつか……大事なものを傷つけてしまうかもしれない」


アドリアンは答えない。


ただ、焚火のまわりをぐるりと回ってくると、大きな手でエルの銀髪をぐしゃりと撫でた。


「それでもな。俺は――おまえを信じた自分を、誇りに思ってる。どうだ、それでも足りないか?」


小さく首を振る。


目の端が熱い。


涙は流れないのに、心が哭いていた。


「……ううん。ありがとう」


風がまた吹いた。


揺れる炎が、薔薇色の瞳に映る。


その夢は、静かに、遠ざかっていった。

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