E12-02:エピローグ(後編)—夜明けの約束
レイヴが足を止めた。
「おまえ、さらっと言ったけど、そいつはすべての魔術の祖だぞ?!」
「うん」
「いや待て。何百年前の人物だ!?」
「正しくは、アル=ザルの魂っていうべきかな。もう肉体はないけど、思念体だけ星塔から飛ばしてきて、色々教えてくれたの」
「なんてこった……。そんなことが可能なのか……!?てか、アル=ザルを師匠呼びって……!規格外だってのはわかってたが、おまえなぁ……!!」
「アドリアンに出会う前は、アル=ザルおじいちゃんだけが、わたしの理解者だった。でも、それももう限界だったから……八年前、あそこから逃がしてもらったの」
「……じゃあ星落の災厄は、おまえじゃなくて、アル=ザルが引き起こしたのか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。確かなのは、わたしがそれを願ったってこと。すべてを壊してでも……逃げたかった。けど、災厄があんな酷いことになるなんて、子供のわたしにはわかっていなかった。今でも思い出すと、恐ろしくて、震えが止まらなくなるときがある」
静かに、波音だけが耳を打つ。
やがてレイヴが訊いた。
「……今でもおまえは星塔に接続できるんだな?」
「うん」
エルの薔薇色の瞳が、海の向こう――夜明けの気配が差し始めた水平線を見つめた。
「カストゥール王国は滅びたけど、星塔はまだあるの。カストゥールのずっと北――第一大陸の最北端にね。今はもう閉じてるけど、わたしが望めば……また扉は開く」
「完全に究極兵器だな……。そういや、ノーラの下の観測装置は星塔を真似て作ったのか?」
「うん……。でも兵器として作ったわけじゃないんだよ。わたしを狙う勢力があったら検知しようと思って……。でも、今思うとあんなの作ったら逆に狙われちゃうかもだよね。これって卵が先か鶏が先かってやつ?」
レイヴは天を仰いだ。
「そういう問題でもないだろ。ったく、アドリアンの野郎、こんなことなら先に言っとけよ……!」
「ふふ、アドリアンとは、あのとき……モルテヴィアの城から逃げ出した直後に、偶然出会ったの。あの、転移陣あった森の中でね。名前もなかったわたしを……娘にしてくれた。けど、お城の中にはいられなくて。わたしの希望で、冒険者ギルドに預けてもらったの」
「なんで、そんなに城が嫌だった?」
そういえば、女官長のマチルダはエルをずいぶん心配しているようだった。
「閉じ込められてた時間が、長かったから……かな。屋根の下だと、またあの場所に戻ったような気がして……。だから、空が見える場所じゃないと、息ができない気がするの。……冒険者になってからは、野宿ばっかりしてた。ギルドの人たちってば、わたしが浜辺で寝てようが、森に何日いようが、誰も気にしないの。あのギルドが、わたしの最初の『自由』だったんだよ」
風がやさしく吹いた。
夜の闇が、ほんのりと紫に色づき始めていた。
思い出し笑いを引っ込めると、エルの瞳が陰を帯びる。
「アドリアンの病気がわかってから、急遽わたしをどうするか話し合ったの」
波の音が響く。
「カシアンが公国を継ぐ案もあったんだろ?」
「うん。本人にその気があるかないかは別として、だけど。結局、わたしをノーラの次期大公にすることで、国をあげて守ることにしてくれた……。わたしの力が万が一他国に渡ったら、それこそ世界の脅威になっちゃうから……」
「……おまえ自身はどうなんだ?」
「え?」
「大公になること。嫌じゃないのか?」
エルはしばらく黙ってから、答えた。
「興味はないよ。正直、なりたいなんて思ったこともなかった。でも、ノーラはアドリアンが守りたかった国だから……。わたしもその意志を継いであげたいの」
レイヴは深く息を吐くと、エルの目を真っ直ぐ見て言った。
「俺と逃げるか?」
「……えっ?」
エルは目を丸くした。
「俺は、大陸最強と謂われる魔術師様だぜ。どこへ行っても生きていける。深い森の中でも、無人島でも、おまえと暮らすのも悪くなさそうだ。万一手を出してくるやつがいりゃ、全部ぶっ飛ばしてやる。どうだ? 大公位はカシアンにくれてやれよ」
「…………本気で?」
「ああ、本気だ」
海が静かにさざめいている。
紫の夜が、藍色に染まりつつある。
しばらく考え込んでいたエルは、やがて薔薇色の瞳をまっすぐにレイヴへ向けた。
「正直に言うと……本当に、魅力的な提案で……言葉も出ないくらい、嬉しい。でも――わたしは、大公になって、この国を守るって決めたの。逃げない。背を向けたくないの」
「そうか。……ま、言ってみただけだ」
「もうっ、冗談だったの!?」
エルが拳を振り上げると、レイヴがそれを優しくつかむ。
「でもな。おまえがどうしても嫌になったときは言え。もう一度誘ってやる」
「ふふ、うん。ありがとう、魔術師さん」
「それな」
「え?」
「俺のことは名前で呼べよ」
「………………いいの?」
「何驚いてんだよ!いいって言ってんだろ?だいたい、俺とおまえは婚約者なんだろうが」
「そうだけど……」
ぽかんとしているエルに、レイヴは頭を抱えたくなる。
「えっと……じゃあ、レヴィアン?」
「今はレイヴだけどな。……おまえだけは、『レイ』って呼べ」
「……レイ」
「おう」
レイヴの手が、エルの頭にぽんと乗る。
夜を追い払う灯のように、その仕草は優しい。
東の空が、ほんのりと朱に染まり始めていた。
「来年の春には……戴冠式、だね。王配役って、嫌じゃない?」
「何を今さら。おまえこそ、どうなんだ?」
「……わたしは、あなたで良かったって、心から思ってる」
「……俺もだ。アドリアンの野郎が遺した手紙に、今は感謝してる」
理由は口に出さなかったが、そこには確かな温度があった。
「ところで、アドリアンに借りがあるって……あれ、何?」
「……さて、戻るか。アンのやつも戻ってる。フィリオンもおまえのこと、心配してるだろ」
「ちょっと! また誤魔化したね!?」
レイヴは肩をすくめて笑う。
二人は、朝焼けの浜辺を並んで歩き出す。
砂に残るのは、寄り添うように並んだふたつの足跡。
そして夜が明ける。
夜の終わりとともに、ふたりの新しい旅が始まる。
海と空のあいだに、未来だけが広がっていた。
〜第一部 Fin.〜
数ある作品の中から拙作をお読みいただきありがとうございました。
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