E12-01:エピローグ(前編)—サイラス村にて
「創造主! 心拍微弱、体温は三十二度四分、魔力圧縮率二割以下……生命活動に危険な値です!」
「エルシア殿下! こちらに!」
サイラス村でエルとフィリオンを出迎えたのは、あらかじめ村に駐屯していたノーラの騎士たちだった。
村には天幕が幾重にも張られ、誰もが慌ただしく動いていた。
フィリオンに支えられて天幕へ入った途端、エルの膝が崩れる。
肌は青ざめ、唇はわずかに震えていた。
「あなたの魔力は限界を超えています。……補填を開始します」
フィリオンがエルの手を取り、自らの魔力を慎重に流し込む。
けれどそれでは足りない。
空になった魔力核は容易に満たされず、意識が霞む。
眠気が波のように押し寄せてくる。
瞼が閉じる。
夢が、流れ込んできた。
※
──夢の中のわたしは、まだ小さかった。
アドリアンに手を引かれて、はじめてノーラの城を訪れた日のこと。
あのひとの隣で、ガリガリの身体で、もっと無表情で。
「なんですかこの子は……? 痩せすぎでは? 引き取るなど、本気で言っておられるのですか、父上」
そう言って、困惑したように目を細める少年がいた。
後のカシアンだ。
あの頃から大人びた口調。
初対面のわたしをしげしげと見つめていたっけ。
場面が変わる。
マチルダ女官長が眉をひそめながら、わたしの皿を覗きこんでいた。
「エルさま、また……。食べなければ大きくなれませんよ。それに、夜更けにお部屋を抜け出してはいけませんと、何度言いました?」
「……ごめんなさい」
俯いて、小さく呟いた。
食べることも、眠ることも、誰かと一緒にいることさえ怖かった。
アドリアンがある日、言った。
「どうしても城がいやなら、ギルドに行ってみるか? 俺の古巣だ。昔の仲間に頼めば、おまえ一人くらい面倒みるのはわけないが……」
その提案に、ほっとしたのを覚えている。
また夢の場面が変わり、冒険者ギルドの一室になる。
「ありゃまあ、風みたいな子だね。誰にも捕まえられないって顔してるよ」
陽だまりのような女将の笑顔。
その明るさに、わたしのなかの何かがほどけていった。
部屋にいるのが苦手で、何度も野宿を繰り返したけれど、それを咎めるひとは誰もいなかった。
──ああ、ギルドが、わたしの居場所になっていったんだ。
……夢が、すこしずつ遠ざかっていく。
※
目が覚めると、柔らかな温もりが手に触れていた。
レイヴがいた。
エルの隣で手を取り、魔力をそっと送り込んでくれている。
琥珀色の瞳が、心配そうに揺れていた。
「……戻ってきたんだね」
「……ああ」
「モルテヴィアは、どうなったの?」
「魔物は殲滅させた。来賓たちはひとまずサイラスに転送したが……しばらく療養が必要だろう。救護班がついてる。これから首都に移して、各国へ帰還させる手はずを整える。敗残兵の処理はロウスとゼノに任せてきた。……俺は、おまえの顔を見にきた」
「……そっか」
「モルテヴィアの元老院は健在らしい。今回の責任追及なんかは、カシアンがやつらと話をすることになるだろう」
「そっか……」
「ま、今は休め。……少し顔色が戻ったな」
「うん。魔力、分けてくれたんだよね」
レイヴはごまかすように頭を掻いた。
「ねぇ、もうそろそろ夜明けだよね。浜辺、少し……歩かない?」
「おい、無理するな」
「もう大丈夫だってば」
護衛の騎士たちに軽く会釈して、天幕を抜ける。
浜辺は目と鼻の先だった。
朝の気配が差し始めた砂浜に、潮風がやわらかく吹いていた。
まだふらつくエルの肩に、レイヴの手がそっと添えられる。
そのぬくもりを感じながら、波音に耳を澄ませた。
「なあ、あの地下空間で出てきた思念体……誰なんだ? 師匠って呼んでたよな」
「うん。アル=ザルっていうの。カストゥール時代の、星塔を創った魔術師」
「……アル=ザルだと……!?」
レイヴの驚きが、波音の中に消えていく。




