E11-04 救援
「エルシア=ノーラだな。直ちに投降しろ!」
「アスラド王子の命だ。エルシアは生かして捕らえろ、他は殺して構わん!」
詠唱の声が重なり、騎士たちの背後で魔術師たちが術式を展開し始める。
レイヴは思わず歯噛みしていた。
この数、吹き飛ばすのは不可能ではない。
だが――
レイヴは腕の中のエルに視線を落とした。
疲れ切って、魔力も、体力も、限界に近い。
「もう死んじまった奴の命令だ、って言っても聞く耳持たないだろうな。フィロ、フィリオンを呼べ。今すぐだ!」
『あいあい、主!!』
フィロの瞳が金色に光り、強い魔力の波動が辺りを揺らす。
その時――
「……創造主エルシアを視認」
静かな、それでいて場を支配するような声が響いた。
声の主を探すように、モルテヴィアの騎士たちが辺りを見回す。
「あそこだ!」
騎士たちが一斉に上を見上げる。
夜闇に溶け込むように、一本の高木の枝にフィリオンが立っていた。
月を背に、夜風に長い髪をなびかせる。
人ではあり得ない、風景から切り離された異物。
モルテヴィアにとっては悪夢、エルたちにとっては、希望そのものだった。
「フィリオン〜!やっと会えたぁ」
これで思いっきり暴れられるとばかりに、アンが不敵な笑みを浮かべる。
「転移陣を起動。
サイラス拠点よりノーラ軍主力部隊が跳躍中――3、2、1……展開完了。
着地座標、モルテヴィア王城外、南の森。跳躍成功、総数82名。
指揮官:騎士団長ロウス、魔術師団長ゼノ」
フィリオンの言葉と同時に、空き地の一角が淡く発光する。
精密に制御された転移陣が浮かび上がり、地鳴りとともに風が巻き起こった。
青白い光の中から、堂々たる甲冑に身を包んだ騎士団長ロウスが現れる。
その後ろには、魔術師団長ゼノ、そして整然と戦列を組んだノーラの兵たち。
「なっ……!こんな場所に、転移陣だと……!? ありえん!」
モルテヴィアの指揮官が驚き叫ぶ。
「奥の手は、見せ札にしねぇもんだろ」
うまく時空を繋げられたことに胸を撫で下ろしつつ、レイヴは言った。
かつて、海沿いのサイラス村で子供たちが偶然跳躍した、空間の歪み。
レイヴはその穴を転移陣として固定し、脱出経路として再利用する策を立てていたのだ。
「……間に合ったか」
ロウスが剣を抜き、威風堂々と前に出る。
「エルさま!レイヴさん!もう大丈夫っすよ!」
ゼノが灰色の瞳で敵陣を見据え、杖を構える。
「突撃――ノーラの名にかけて、この地を制圧する!!」
ロウスの号令と同時に、ノーラ軍が一斉に飛び出した。
魔術師団が放った雷撃が敵陣を切り裂き、鋼鉄の剣が盾を弾き飛ばす。
わずか数秒で、戦況はノーラ優勢へと傾いた。
その隙にレイヴはエルを抱え直し、転移陣へ向かう。
「今だ、フィリオン。こいつを連れて離脱しろ」
「えっ、ちょっと待って!わたしだけ……なんで?」
「おまえはもう限界だ。無理して残っても、足手まといになるだけだ」
「……言い方っ!」
エルが拳を握りしめる。
だが、その手は小刻みに震えていた。
レイヴはふっと目を細め、そっと額を寄せるようにして言う。
「言うことを聞け。おまえは良い子だろ?」
「…………っ」
低く穏やかな声には、逆らえない重みがある。
しばらく押し黙ったあと、エルは言った。
「……わたしが離脱したほうが、あなたたちが動きやすいんだよね?」
「ああ。あとは俺たちで片付ける」
「他国の来賓を助けるの?」
「そりゃそうだろ。せっかくここまで来て散々挨拶して回ったんだぜ。魔物に殺されちまったら外交のし損じゃねぇか」
「ふふ、それもそうだね。どさくさに紛れてこの惨事もノーラのせいにされそうだし、今のうちに他国に恩を売っておくのが得策だよ」
色気のない会話をひとしきり交わしたところで、フィリオンがそっとエルへ手を差し伸べる。
エルはレイヴの腕から降り、フィリオンの腕に掴まる。
「創造主、転移準備完了。座標:サイラス村、指定地点。離脱します」
「……絶対、無事に帰ってきてよ」
「誰に言ってる?」
飄々とした返しに、エルは笑いを噛み殺した。
「待ってるからね」
二人の間に、美辞麗句はない。
けれど、確かに約束は交わされた。
フィリオンと共に、エルは光の中へと包まれていく。
レイヴはその光に背を向け、黒い魔力を練り上げる。
「さて……やるか」
ノーラ軍とともに、レイヴはモルテヴィア王城の制圧へと進軍していった。




