E11-02 戦いの終焉
「愚行だな……同じモルテヴィア人だろう? なぜここまでする?」
レイヴの問いに、グラディウスが口元を歪めて嗤う。
「だから、器を作る練習台だと言っておろう!? 器……すべては器のためよ! だがあんな女どもでは魔力が足りん。王族の血こそが、器たる条件!」
老魔術師はよろめきながら片手を天井の共鳴炉へと掲げる。
「まだ……鍵となる女がいる!そやつさえ手に入れば……! よこせ、エルシア=ノーラを!!」
奥の手の魔物を倒され、悄然としていたアスラドもわめき立てた。
「そうだ! 王族は神に選ばれし存在なんだ! 俺は王子だぞ! お前ら下賤の者どもとは違う。俺のためにその身を捧げるんだぁ!」
洞窟の奥に響くアスラドの声は、もはや理性を欠いた咆哮だった。
エルは、静かに彼らを見下ろした。
薔薇色の瞳は冷たく、どこまでも澄んでいた。
「ばっかみたい。血なんて、関係ない。生まれなんて、どうでもいい。大事なのは生まれたあとどう生きるかだよ」
「違う、違う! 王の血こそが――」
「じゃあ、その『王の血』で、呪ってあげるよ」
エルの言葉と同時に、星色の光が宙へと舞い上がる。
闇に包まれた天井を照らすように、その光は空間を満たし――
「……おじいちゃん、来て」
星の粒子が集束し、一点に収束していく。
光のなかに、老人の姿が浮かび上がった。
白い長衣をまとう影――アル=ザルの思念体である。
その姿は幻のように薄く、けれどその場の空気を支配するほどの威厳に満ちていた。
レイヴが息を呑む。
「なんだ、あれは……?」
「わたしの師匠だよ」
そしてエルは静かに詠唱した。
「古の契約よ、我が声に応え、いまこそ扉を開け。
沈黙を破り、真理を示せ――啓光!」
エルの呼びかけに応えるように、アル=ザルが腕を振る。
静かに、しかし揺るがぬ意志で、星色の鎖が放たれた。
淡く発光する鎖は音もなく宙を走り、アスラドの身体を瞬く間に絡め取る。
逃げる間もなく、その身体は共鳴炉へと引き寄せられていった。
「や、やめろ……やめろぉぉぉぉォォ――!!」
千切れるような悲鳴が反響する中、共鳴炉の硝子がアスラドを迎えるように開いた。
とろんとしたエーテルの液体がアスラドを包み込み、咆哮は泡のように掻き消えていく。
アスラドは必死に内側から硝子を拳で叩く。
だが、みるみるうちに苦悶の表情を濃くし、びくんびくんと身体が跳ねる。
エルはその様子を無表情で見つめていた。
凍えるほど冷たい眼差しで因果の帰結を見守る。
「あなたが自分で欲しがったんだよ、『器』の力を。……血の系譜の縛りには、モルテヴィア王家の血を指定したの。よかったねぇ、アスラド王子。あ、でも――拒絶反応、出ちゃったかぁ……残念」
やがて硝子の中のアスラドは、ぴくりとも動かなくなった。
命を吸い尽くされた蝋人形のように、目を見開いたまま、ゆっくりと底へ沈んでいく。
「王家の血でなければ……って言うけど、『真の王たる資質』がなければ器にすらなれない。血の系譜は諸刃の剣なんだよ」
レイヴは小さく肩をすくめた。
「これで……復讐完了ってわけか?」
エルは、少し考えてから言った。
「復讐か……そうだね……すっきりするかなと思ったけど、正直なところ微妙かな。アスラド王子が器になるか、拒絶反応が出るか。わたしが決められたことじゃなかったけど……」
「ま、気に病むなよ。おまえは降りかかる火の粉を払っただけだ」
「うん……ありがと」
ふっと緊張が解けた、その瞬間だった。
洞穴の奥から、最後の呻き声が聞こえてきた。
「……まだ、終わらん……っ!!」
グラディウスが、老いた身体を引きずりながら詠唱を始める。
指先に術式が灯ろうとした、その刹那――
「おまえも、いい加減もう諦めろって」
レイヴが地を蹴った。
その身体は黒い疾風となり、宙を舞う。
手に集束した黒のマナが一閃し、グラディウスの杖を真っ二つに両断した。
次の瞬間、黒い魔力がグラディウスの魔方陣を塗り潰す。
術式が軋み、歪み、暴走する。
行き場を失ったマナが渦を巻いて反転する。
それは、術者たるグラディウス自身へと跳ね返った。
「ぐ、ぐあああああああああっ!!」
激痛に引き裂かれながら、グラディウスの眼が見開かれる。
倒れ伏す直前、その濁った瞳に一瞬、光が宿った。
「……ま、まさか……この黒いマナ……っ……闇より出でし……なぜ……ここに……」
「…………」
かすれた呻きのような声。
レイヴはその問いには答えず、肉塊となりゆく老魔術師をただ見下ろした。
そして、黒の奔流がグラディウスを飲み込む。
影が形を変え刃となり、老魔術師の肉体を千々に裂いた。
レイヴは冷たく吐き捨てた。
「地獄で娘たちに詫びてこい、糞野郎」
すべての光と影が収束し――
「これで、おしまい!」
エルが星の閃光を放つ。
残された肉塊を焼き尽くすように光が走った。
輝きが消え、地下空間に静寂が訪れる。
エルの身体が、ぐらりと揺れた。
「あ……」
「おい、大丈夫か」
「うん……なんか、膝に力が入らなくて……」
レイヴが駆け寄り、そっとエルを支える。
その腕に寄りかかるように、エルは小さく息を吐いた。
そのとき――
洞窟の入り口が、勢いよく開かれた。
「エル〜!!無事!?」
『主ぃ〜!大丈夫〜?』
飛び込んできたのは、アンとフィロだった。




