表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/50

E11-01 反撃

――共に、立つ。


ならば、共に、超えていく。


グラディウスは、唇の端を吊り上げて笑った。


「何も用意していないとお思いか?――お見せしましょうぞ、我が奥の手を」


杖を高々と掲げると、床に新たな魔法陣が走る。幾重にも重なる術式が輝き、おぞましい気配が湧き上がる。


「出でよ、『嘆きのカンティクル・コクーン』……!」


轟音が地下空間を満たした。


地の底を裂くような呻きとともに、魔法陣から這い出した『それ』は、目を疑うような異形だった。


現れたのは、肉塊のように肥大した巨大な繭。


外殻はぬめりとした粘膜に覆われ、臓器のごとくどくんどくんと脈打っている。


球体に近く、どこからどこまでが胴かも判然としない。


表面にはいびつに歪んだ人間の顔がいくつも浮かび上がっていた。


呻き声が、繭の内側から絶え間なく漏れ続ける。


叫びにも似た低い振動が、洞穴の岩肌を震わせ、共鳴炉エーテル・リアクター硝子ガラスを震わせた。


レイヴは盛大に顔をしかめた。


「……酷いことしやがる。ありゃあ、人体実験の成れの果てだ」


そのとき、繭の表面に浮かんだ顔のひとつを見たエルがぎょっとして叫んだ。


「魔術師さん、あの女のひとは……!」


それは、夜会でエルに突っかかってきたモルテヴィアの令嬢の顔だった。


「あいつも……喰われたのか」


グラディウスの瞳が、狂気を宿して光る。


「ほっほ。ええ、ええとも。あの中にいるのは、かつてアスラド王子に召し出され、弄ばれ、捨てられた娘たち。

そっちの貴族の娘は、多少魔力がありましたからな。つい先ほどこやつに喰われて、精神を取り込まれたのですじゃ」


「てめぇ……!」


レイヴのこめかみに青筋が浮かぶ。


「これは言うてみれば『器』を作るための練習台。もっとも、こちらの繭は単純な仕組みでしてな――魔力の強い者を引き寄せ、精神を取り込み、二度と還さない。ただそれだけの、すばらしい失敗作ですわい。

くくく、精神を取られた肉体は夢遊病者のように彷徨い、やがて消滅する……」


「それはどういう……?」


エルはその言葉の意味をすぐには理解しきれなかったが、レイヴは顔を険しくした。


「その貴族の女の肉体が消えるところは見たぜ」


夜会の会場でフィリオンが見たという令嬢も同様だろう。


またエルとレイヴは預かり知らぬことだったが、アンが城の裏手で接触した異様な女魔術師も、この魔物に取り込まれ精神だけを喰われていたのだ。


「最低野郎だね」


「外道め」


ふたりは、背中合わせに立った。


エルはグラディウスへ。


レイヴは『嘆きの繭』へ。


互いに、闘気をたぎらせながら。


エルの身体から溢れ出した魔力は星色に輝き、空間そのものを震わせる。


対して、レイヴのまわりには黒い靄のような魔力が揺らぎ、鋭い刃へと変化していく。


「心では泣いてるのに、声も出ない。どこにも悲しみが届かなくて、誰にも知られずに消えていく……そんなの、絶対駄目だよ」


静かな声でエルが言った。


「だったら全部ぶっ壊すしかないな、俺たちの力で」


レイヴが応じる。


ふたりの視線が、それぞれ獲物を捉えた。


二人の魔力が呼応し合う。


星が瞬き、闇がうねる。


そして空気が爆ぜた。


洞窟全体が震え、魔力の奔流が天井をなぞる。


レイヴはすでに動き出していた。


黒いマナをその身に纏い、音を置き去りにする速さで駆ける。


「葬ってやるよ」


跳躍と同時に、魔力の黒い刃が繭の表面を裂いた。


ぬめる外殻に亀裂が走り、内側から粘液と呻き声がほとばしる。


「怨み恨みが溜まりきってるって感じだな。その膿、全部出してやるよ」


二撃、三撃。


黒い閃光が風のように繭を削り落としていく。


「なっ……!嘆きの繭をやすやすと切り裂くとは……!だが、その粘膜はすぐに再生する!アスラド王子、こちらへ!」


「ははは、魔物に喰われてしまえ!」


グラディウスはエルの前からわずかに退き、繭の余波を避けるようにアスラドと共に洞穴の隅へと姿を引いた。


追撃しようとしたエルに、繭から影が伸びる。


黒い瘴気を纏った触手が、素早く足元から這い寄ってくる。


「っ……!」


触手が一瞬、エルの足に触れた。


次の瞬間、意識の底に、誰かの悲鳴が流れ込んできた。


(やだ……死にたくない……!怖い……!)

(辛いよう。苦しいよう)


触手から誰かの思念が流れ込んでくる。


「精神攻撃……!」


断片的な意識が、無理やりこちらの心の中に侵蝕してくるのだ。


侵入これを許したら、こちらが呑み込まれてしまう。


嫌悪感がぞわりと背に走った。


「くっ……最初にこっちを片付けなきゃ、進めないってことだね!」


薔薇色の瞳が凛然と輝く。


「魔術師さん!」


エルは跳躍し、地下空間を軽やかに舞う。


ロングドレスの片足に入った深い切込スリットが足さばきを妨げない。


飛びながら、詠唱する。


「星の軌道よ、敵を穿て。

天に咲き、地に堕ちよ―― 星弾アストラル・レイ!』


掌に収束した星色の魔力が、夜闇を裂く光の鞭となって振るわれる。


「届け……!」


繭の表面を閃光が走る。


裂け目がさらに広がり、呪詛のような呻きが空間に響く。


「しぶといな、こいつ」


エルとレイヴが魔物の前に並び立つ。


攻撃はかなり効いてはいるが、それでも倒れる気配はない。


レイヴが割いた亀裂はあちこちにできているが、それもだんだんと塞がり、粘液がすぐに復活してくる。


決定打が必要だった。


「ん?おまえが攻撃した箇所は復活してないみたいだな」


「ほんとだね。攻撃のときに、マナを狂わせてるからかな」


エルが割いた一箇所の亀裂だけは、なかなか閉じずにぼたぼたと粘液が溢れたままだ。


「そうか。おいマナを合わせるぞ」


「どうやるの?」


「手ぇ貸せ」


エルが手を伸ばすと、レイヴがそれを優しく取った。


指を絡め、魔力が流れはじめる。


「おまえの中には俺のマナがある。俺の中にはおまえのがな。同調させて、一気に魔力を練り上げろ」


「もう!簡単に言うね」


「簡単さ。おまえならできる」


婚姻契約でふたりはマナを交換している。


心臓の近くに、互いのマナを感じていた。


黒い嵐のようなマナがエルの中に。


星色の雷のようなマナがレイヴの中に。


「こっち見ろ。……エル」


エルは目を瞬かせた。


「今、わたしの名前……初めて呼んだね」


「いいから早くしろ」


戦闘の最中だというのに、どこか温かい気持ちでエルは手を繋ぎ、視線を合わせた。


白と黒。


星と闇。


異なる光が呼応し、ひとつのうねりとなって繭へ収束していく。


エルの心は不思議と凪いでいた。


あたたかい魔力が静かな光となって心に灯る。


(この手……絶対に離さない)


その気持ちが、レイヴに伝わる。


(ああ。この光……絶対に、消させねぇよ)


「行くぞ」


「うん!」


衝撃が炸裂した。


白と黒の光が螺旋を描いて繭を突き破る。


夜空に咲いた流星のような閃光が、すべての怨念を焼き尽くすように――


繭の中の人面たちが、やわらかく溶けるように崩れ落ちる。


涙のような光片が、上空へと舞い昇っていった。


崩れ落ちた繭の残骸が、ぬかるみに染み込むように消えていく。


そして、静寂が戻る。


レイヴは息をついた。


「……やったか?」


「うん。あとは……元凶だけ」


呻き声が響いた。


奥の暗がりから、グラディウスがよろよろと姿を現す。


その瞳には、まだ狂気の炎が燃えていた――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ