E10-01 共鳴炉の檻
モルテヴィア城の地下には、自然の洞穴を利用して建設された巨大な空間がある。
夏にもかかわらず、息が白くなるほどの冷気と湿気のあるその空間の中心に、巨大な共鳴炉が鎮座していた。
球状の炉体は、天井に届くほどの高さがある。
半透明の外殻に封じられた無数のエーテル結晶が、規則的な波動を放ちながら、炉の内部で脈打っていた。
さらに、炉を中心として、床一面に何層もの魔法陣が複雑に組まれている。
赤い光を放つ紋様が、まるで生き物の血管のように脈動し、空間全体に異様な圧を与えている。
――そして、そのそばに、エルが拘束されていた。
四肢に絡みついた術式の鎖は、肩に刻まれた呪印と連動している。
力を込めようとするたびに、術式が食い込むように身体を締めつけ、逃れようとすればするほど、拘束の魔力は強くなっていく。
身体が鉛のように重い。
魔力も遮断されているようだ。
(動けない……わたしの肩に、こんな呪印が……。最初から、これを使う気だったんだ……)
そのとき、重い扉が音を立てて開かれた。
中に入ってきたのは、浅黒い肌に白金の髪、極彩色の礼服をまとったアスラドと、灰色の法衣をまとった老魔術師、グラディウスだった。
「泣き叫んでいるかと思えば、意外と気丈な顔をしているじゃないか。もっとも、その顔が苦痛と恥辱に歪む瞬間のほうが――俺は好きだが」
アスラドは、ゆっくりとエルに歩み寄りながら、昏い嗤いを浮かべた。
「まずはその身体をたっぷりと可愛がってやる。ふふ……そのあとは、お前が呪いをその身に受ける番。王位は俺が継ぎ、呪いはお前が継ぐってわけだ。お前が戦禍を吸収してくれれば、モルテヴィアは再び戦争に勝てる。富も力も栄光も、すべて俺のものになる!」
エルの薔薇色の瞳に炎のように激しい怒りが燃え上がる。
「……誰が……そんなこと……っ!」
叫びかけた瞬間、アスラドがエルの髪を掴んだ。
「あぅっ……!」
アスラドがエルの髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。
ドレスの胸元が荒々しく裂かれ、露わになった肌に冷たい空気が刺さった。
アスラドの目が、じりじりと這うように肌を舐めていく。
「ほぉら……震えてるじゃないか。怖いんだろう? 本当に泣き叫ぶのは、これからだ」
アスラドは唇の端を吊り上げるように笑った。
嗜虐的な笑みに嫌悪感が込み上げる。
「この地下には強力な妨害術式が張られている。お前の婚約者とやらも、ここまでは来られまい。なあ、グラディウス! さっさとこの女に術をかけろ。器にするのは後でいい、まずは……媚薬の方だ!」
「承知」
グラディウスがゆっくりと杖を振ると、その先に禍々しい光が灯る。
(あれを受けたら……自分が自分でいられなくなる……!)
恐怖が喉の奥にせり上がる。
だが、老魔術師はすぐに術を発動させない。
まるでエルを嬲るように、その瞳に昏い光を浮かべて近づいてくる。
「――ようやく、『器』が、この場所に戻ってきた。我らモルテヴィアが、カストゥールとの戦争の中で生み出した対魔術兵器。大陸間長距離魔術を無効化するための禁術、『継呪の器』」
杖の先の光が、じわじわとエルへと向けられていく。
「お前の生まれが、すべての運命の始まりだったのだ。カストゥールの王族の娘よ」
アスラドが驚いたように眉を跳ね上げる。
「王族、だと? ……そうか。こいつの母親は、たしかカストゥールで捕虜になった王女だったな。父王の慰み者にされたとか、そんな話だったが……。
まさか、おい、こいつは俺の――異母妹ってわけじゃないだろうな?」
王位継承のため、幾人もの兄弟姉妹を粛清してきたアスラドの顔に、ほんの一瞬だけ警戒の表情が走る。
だが、グラディウスは首を振った。
「ご安心を。王女はモルテヴィアに連れて来られた時点ですでに身籠っていた――つまり、父親は前王陛下ではございません。
だが、『これ』は、生まれた時から規格外の魔力を持っていた。よって、禁術の器としてこの地下に囚われ、育てられたのです」
「なるほどな……」
アスラドが鼻を鳴らす。
「……それじゃあ、遠慮はいらんな」
アスラドの目が、再びエルの白い胸元へと落ちる。
「この共鳴炉にお前を収めれば、モルテヴィアの魔術はかつての輝きを取り戻す。
そして、俺が王となる。すべては、そのためだ……!」
その言葉とともに、エルの意識が遠ざかる。
脳裏に浮かぶのは、あの場所。あの記憶。
――何度も魔術を浴びせられたあの日々。
眠ることも、泣くことも許されず。
感情を失い、人形のようになっていった、幼い自分。
あのとき、自分は確かに「壊れた」。




