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E07-04 観測装置

「おまえが工房って言ってたのは、この城のことなのか?」


「うん。この二人が棟梁とうりょうみたいな感じで、わたしの作った設計をもとに、魔自動機械オートマタを作ってくれてるの」


魔自動機械オートマタを作る魔自動機械オートマタかよ」


「そういうことになるね」


エルが頷いた。 


「わたしが九歳でノーラの城に来たとき、城の地下、つまりこの場所にはリヴィナ石の原石が大量に保管されてたの。アドリアンに欲しいって言ってみたら使ってないから好きにしろって。それで、まずアンとフィリオンの魔核にして、二人を創ったんだ。それから二人に手伝ってもらって、残った石を使ってこの空間を作ったんだよね」


「アドリアンはぼくたちを見てびっくりしてたよねー。飛び上がらんばかりだった!」


それはそうだろう。


リヴィナ石はノーラでしか産出されない希少素材だが、扱いが難しいため魔術師たちからは忌避されており、相対的に市場価値も低い。


城の地下にあったリヴィナ石も、使い道がないから置いておいたのだろう。


そこからこんな空間が創生されたのでは仰天したはずだ。


レイヴは今は亡き旧友の当時の心境を想像し、天を仰ぎたくなった。


「アドリアンが、おまえを妻にしてまで守ったのは……おまえの力が、強大すぎたからか」


「まとめるとそうなるかな」


一体、何と何をまとめたのかというところが引っかかる。


だがそれを問う前に、エルが明るく話題を切り替えた。


「魔術師さん、これまで作ったものがいろいろあるから、見せてあげる」


そう言ってエルがレイヴの右手を取ると、なぜか左側からはアンがレイヴの手にぴとりとくっついた。


瞬間、ぞわりと髪が逆立った。


フィロが即座に警告を発する。


『主ぃ!マナ侵食されてるよぉ!』


「おい!アンって言ったな。おまえ、何してやがる」


「レイヴがエルをどう思ってるか、魔力の振動でわかるかな〜って。うん、してる!心臓が……きゅうってなった!これって……ふごっ!!」


素早く手を振りほどいたレイヴがアンの口を塞ぐ。


「勝手にマナを侵食させるんじゃない!油断も隙もないやつだな!マナ感応で感情を読むなんて、古い呪術師くらいしかしないってのに……!」


「レイヴどの、その辺にしてあげてくださいませんか。その犬は躾はなっていませんし、考えなしの脳足りんですが、悪気はないのです」


「ひどい〜!フィリオン冷たい〜っ!」


冷たい目でフィリオンに睨まれても、アンは元気いっぱいである。


「マナ侵食って結構使えるんだよ。感情を読むだけじゃなくて、術式そのものを書き換えたりさぁ」


アンは悪びれない。


そういえば、とレイヴは初めてエルと出会った日のことを思い出す。


共鳴鍵キーを設定し、自分以外には使えないはずの転移陣ポータルを、エルはあっさりと通ってきた。


あれは、術式構造そのものを侵蝕し、波長を書き換えたのだ。


それが可能なら、確かに共鳴鍵キーは要らなかったはずだ。


今さらながら、エルが古代魔術アーカイア・マギアを自在に使いこなしていることに驚嘆する。


レイヴははっとして唇に触れる。


「おい……俺たちが交わした婚姻契約も、古代魔術アーカイア・マギアの構造だったのか?」


婚姻契約はいにしえから続く儀式だ。


その契約式には今でも古代魔術アーカイア・マギアが使われているのは、考えてみれば当たり前の話である。


「そうだよ。でもあの契約書はわたしが作った特別製。だから、一般に使われている契約術式より、もっと深く魂に誓いが刻まれたかもね」


エルは悪戯っぽく笑った。


「レイヴってば、気づかなかったのぉ?」


「悪いか。結婚なんて、したことなかったんだから仕方ないだろ」


アンに揶揄されるが、レイヴは開き直った。


そのまま、四人と一匹(?)は城の奥へと歩を進めた。


やがて大きな広間にたどり着くと、そこには天井を突き抜けるような巨大装置がそびえていた。


素材のよくわからない金属の骨組みの周りを、と水晶の球体が螺旋を描いて浮遊している。


『おっきいねぇ〜!』


「これは星図……じゃないな、天球儀……?いや、ちょっと待て。これ、なんだ……?」


レイヴの声が震える。


アンが「はーい!」と手を挙げた。


「これはね、星の動きと、大陸全部のマナがどうやって関係してるかを見るための……うーん、観測装置、って言えばいいのかな?」


嬉々として意味不明なことを言うアンを、レイヴは絶望的な気持ちで見やった。


「……説明が下手くそなのも飼い主譲りなのか?」


「アンってば、変なところがわたしに似ちゃったみたい。賢い子なんだけどなぁ。でも大丈夫!フィリオンが説明するの上手だから」


「説明の任、承知しました。では……」


指名されたフィリオンがしずしずと進み出る。


「こちらは天体の動きと大地に流れる自然マナの相関を観測・解析・演算する装置です。新生魔術ネオ・マギアではあまり知られていないようですが、大地が持つマナの潮流と天体運行は、周期的かつ連動的であり、それは干潮や季節変動を超えた霊脈運動を――」


「ちょ、待って、フィリオン!止めて止めて!アンがついていけなくて壊れそうになってる!」


「ぷすぷす……ロジック過多で……演算オーバーフロウ、ぷすぷす……」

 

エルが慌てて手でぱたぱたとアンの顔を扇ぐ。


レイヴは思わず頭を抱えた。


「なんなんだ、おまえらは……」


「失礼しました。再度説明します。大地のマナの流れは、地下水脈のようなものなのはご存じでしょうか。星の運行と呼応して、潮のように満ち引きし、魔術の効果にも影響を及ぼします。

この装置は、星の位置と各地のマナ圧を重ねて分析することで、その地域の魔力環境を可視化・予測するのです」


「うぷっ……難しすぎて、気持ち悪くなってきた〜」


「アンってば〜、大丈夫?」


大騒ぎするアンのせいで気が抜けるが、この装置の機能をまとめると、恐ろしい事実が浮かぶ。


「……つまりこれは、大陸のマナの流れを把握できる装置ってことか?」


今度はエルが答える。


「うん。ちょっとなら干渉もできるよ。天候操作とか。あ、他国の魔力中継点の位置も読めるし」


「なんだって!?そりゃやばすぎるだろ……!範囲は?」


「まだ第三大陸トリア・ぜラムだけだよ。場所によって精度も違うし」


「……それだって広大な土地じゃねぇか……!それじゃあ、万が一戦争が起きたら、敵国に雨を降らせないようにして干上がらせるとか、相手方の遠隔攻撃の発動源がどこか突き止めて、先回りして潰すとかができちまう。それって、はっきり言って、最強だぜ」


「……魔術師さんてば、逆だよ。これはただの観測装置で、脅威になる動きを検知して、止めるためのものだから」


レイヴは心の中で呪詛を唱えていた。


超弩級に危険な兵器を作っておいて、エルにはその自覚がないのかと叫びたくなる。


「レイヴは新生魔術ネオ・マギアの研究の第一人者なんだよね〜?同じことができるんじゃないの?」


アンが首を傾げて問いかけてくるが、レイヴは頭を振った。


「冗談きついぜ。新生魔術ネオ・マギア古代魔術アーカイア・マギアはまったくの別物じゃないか」


「そうなの?」


ぽかんと口を開けるアンに、フィリオンが説明を始める。


エルがすかさず「わかりやすくね」と声をかけた。


「たとえばここに大きな岩があるとします。それを破壊したいとき、新生魔術ネオ・マギアではどうしますか?」


目線で問われ、レイヴは肩をすくめた。


「そうさな。俺ならでかい雷を当てちまうか、重力で押しつぶすか、だな」


「アン、あなたなら?」


「そうだなぁ……レイヴと同じでもいいけど、違う方法なら、岩を別の物に変えちゃう。鳥とかね。それで殺せば破壊したことになるじゃん?」


恐ろしいことを平然と言うアンに、フィリオンは冷静に指摘した。


「レイヴどのの術は、自然の理に沿ったもの。あなたのは、自然の理を曲げる術なのですよ」


「え〜っ、そうなの?」


「ええ。新生魔術ネオ・マギアは、自然の現象を強化する術です。火、水、土、風の四大元素に基づいて、魔術を徹底的に効率化したもの。魔力のある者が学べば、誰でも安全に魔術を使えます。火が燃えるとか、水が氷になるとか、大地が揺れるとか、突風が吹いて雷が落ちるとか、そのような既存の現象に則ったものであれば、ですが」

 

アンはぽんと手を打った。


「あ、そっか!火とか水とか、そっち系が新生魔術ネオ・マギアね〜!了解!で、古代魔術アーカイア・マギアは、なんだっけ?」


ざっくりとした理解だが間違ってはいない。


古代魔術アーカイア・マギアは、有り体に言って、『なんでもあり』かつ『ありえないことを可能にする術』です」


機械仕掛けの瞳同士が交差し、虹彩が回転する。


「岩を鳥に変化させたり、地下に異空間を作り出したり、魔自動機械に自我を芽生えさせたり。この世界の『理』そのものに手を加える、禁忌の技術なのです」


「つまり、禁術ってわけだ」


レイヴがまとめると、アンが盛大に不満を爆発させる。


「えーっ、禁術!まじかぁ。ぼくたちって、禁術?」


アンの緑の髪が静電気をはらんだように膨らむ。


「なにが禁術でなにがそうじゃないかなんて、あいまいじゃん。そんな人間の都合で、ぼくたちが『間違い』みたいに言われたくないね。ぼくたちは、ここにちゃんと、存在してるのに」


「同意します。自己判断機構に随意演算子が加わると、自律か命令かという定義は曖昧になりますし。そもそも自我が生まれるというのは想定外の出来事だったわけですからどのような『理』で否定されようとも誰の所為でもないというのが合理的な結論になります」


収集がつかなくなりそうな会話にレイヴが割って入る。


「フィリオン、いい講義だったぜ。ひとつ質問だが、古代魔術アーカイア・マギアは血の系譜を必要としていたはずだな?確か、古来の術者はカストゥールの王族だったとか……。なぜ、古代魔術アーカイア・マギアをここまで使えるんだ?」


饒舌だったアンとフィリオン、そしてエルも急に無言になる。


「ねえ、レイヴ」


アンがエルを庇うように前に出る。 


「エルはね『器』だったんだよ」


「……器? それは……」


レイヴはエルを見た。 


薔薇色の瞳はなぜか色を失っていた。


「アン!」


フィリオンがアンを抱き上げる。


「わっ、何するの〜!?」


「警告。これ以上の情報開示は創造主マスターエルシアの精神安定に有害と判定されました。アン、沈黙なさい」


「……はぁい……」


凍った空気を破るように、エルが微笑む。


「魔術師さん、それは……いずれ話すよ。もう少しだけ待ってくれる?」


「ああ、待つぜ。おまえが話したくなるまで、いくらでもな」


レイヴのその言葉に、エルはほんの一瞬、目を見開いた。


そして、誰にも見えないよう、小さく震える手を後ろに回した。

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