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E06-05 勝利

それはまさしく老将の本気であった。


長年の鍛錬から生まれた隙のない剣が少女に打ち込まれる。


その渾身の一撃を受け止めたエルの腕が、かすかに震えた。


白い肌に玉のような汗が浮かぶ。


「……っ、重っ……!ガロどの、ようやく本気になってくれたね」


エルが初めて見せる苦戦に、観客席から悲鳴が上がる。


ガロの目が鋭くなる。


「殿下が実力者なのは骨身にしみました。ですが、この老いぼれの剣もまだまだ折れやしませぬぞ!」


「そうこなくちゃ!」


見物人からは声が消えていた。


あまりの速さに、誰も二人の動きを追いきれていないのだ。


ガロが勢いよく振り下ろした大剣を、エルが飛び退って躱した。


距離を取りつつ体勢を整え、相手の出方を窺う。


「……ガロどのには感謝してるんだ」


「…………なんのことですかな?」


名持ネームドの魔物、倒してくれたでしょう?」


ガロは訝しげな表情になる。


かつてノーラ公国の母体であったカストゥール王国は、八年前に滅びた。


魔術大国だったカストゥールに存在した魔塔、『星塔アストラリウム』の魔力暴走によるものだ。


今では『星落の災厄』と呼ばれる魔力暴走の余波は強力で、大陸各地にも強力な魔物が出現した。


ガロがその時にノーラに出現した魔物を討伐したのは確かだが、それで礼を言われる理由がわからない。


「ノーラに名持ネームド級の魔物が現れたのは『星落の災厄』によるもの。武人であれば立ち向かうのは当然ですぞ」


そもそも勝負の最中に話すような内容でもない。


「それでも、お礼を言っておきたかったの。あれはわたしの……だから……」


風にかき消され、エルの言葉はみなまで聞き取れない。


薔薇色の瞳はどこか辛そうだった。


「…………? 殿下、いったい……?」


「……ごめん、話しすぎたね。そろそろ、終わりにしよっか」


ガロははっとした。


エルの姿が消えたからである。


「な……っ!?」


観客の誰もが、息を呑んだ。


ただ一人、レイヴだけが静かに空を見上げていた。


「――上だ」


一拍遅れて、観客からも同じような声が上がる。


「あっ、上だぞ!」


剣を突き立てながら落下してくるエルを、ガロが迎え撃つ。


それはまるで空から落ちる銀の星だ。


ガロが剣を振り上げ、剣と剣が触れ合ったその瞬間――、まばゆい衝突が起こった。


勢いよく、ガロのオーラが押し流されていく。


「なんと……!」


身体の芯を奪われるように、両腕の感覚が抜けていく。


剣を通して、少女のマナがガロの神経を侵食していると気づいたときにはもう遅い。


大剣はそのままむなしく空を斬った。


やわらかな力に静かに押されるように、ガロは膝をついていた。


次の瞬間、地に降り立ったエルの刃が、静かにガロの喉元に突きつけられていた。


ロウスが声を上げるより早く、場内は大きなどよめきに包まれる。


「……見事、エルシア殿下の勝利!」


ガロは大きく肩で息をしていた。


汗で濡れ、ぶるぶると震える手を信じられない面持ちで見つめる。


「まさか儂が負けるとは……。殿下、あなたの技は……」


ガロは物言いたげな表情をしていたが、やがて観念したように両手で額を拭った。


「いえ、お見事でございました。ノーラの新たな大公の剣、この目でしかと拝見いたしましたぞ」


「ふぅ、強いね、ガロどの。本気出してくれてありがとう。……ソードマスターに初撃で勝っちゃうかと思ったよ」


剣を引いたエルも、ここでようやく大きく息を吐いた。


ガロは苦笑するしかない。


勝負が始まる前から、少女の言葉は一貫して変わらない。


誇張でもなんでもなく、その実力は誠であったのだ。


「……完敗ですな」


ガロは心からこの少女に感服していた。


容姿だけが取り柄などと噂があったが、とんでもないことだ。


美しく儚い少女の姿をしていても、剣の腕はソードマスターたる自分を打ち負かすほどであり、何よりその内面も鋼のような度胸の持ち主である。


つかみどころがないのではなく、底が知れない大器。


ガロの歴戦の将としての勘が告げていた。


――エルシア=ノーラには『王の器』があると。


ガロは膝をついたまま、腕を胸に押し当てた。


新たな主への剣士としての敬礼である。


エルはガロに手を差し伸べ、ガロはしっかりとその手を取り立ち上がる。


一拍遅れて、観客席から大きな拍手が沸き上がった。


最初は戸惑いながら、だがすぐに鳴り止まぬ歓声となる。


「エルシア殿下、万歳!」


「我らの新しい英雄だ!」


エルが観客に向けて手を振っていると、レイヴがやってきた。


「よう、勝ったな」


エルはすまして言った。


「当然だよ」


二人は並び立つ。


訓練場に午後の強い風が吹いた。


王宮内の庭園から巻き上げられた花びらが、空に舞う。


まるで、新たな大公とその王配の誕生を祝福するかのように。

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