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E06-04 エルの実力

どうやって次期大公たる少女に怪我をさせずに試合を終えるか――。


そんなことを考えながら、一歩を踏み出したガロの背筋に寒気が走る。


「――――っ!」


目にも留まらぬ速さでエルが肉薄する。


三日月刀の閃きが一瞬で眼前に迫り、ガロは絶句した。


「ガロどの。次は、止めないよ? 本気出さないと、髭だけじゃ済まなくなっちゃうからね」


首筋にひやりとした風が走り、顎にたくわえた白い髭が、ぱらりと数本、地に落ちた。


「……なんと……!」


一瞬の沈黙のあと、観客席からどよめきが沸き起こった。


誰もが今目にしたことを信じられない面持ちである。


ガロは驚愕していた。


なぜ、これほどの使い手を見誤ったのか。


老将は心の中で盛大に自分を叱責していた。


少女から立ち上る闘気と剣の技量は本物だ。


剣を構える姿勢も足捌きも、流れるように優美で、剣術というよりむしろ舞のようである。


表情を引き締め、大剣を両手で握り直す。


「これは大変に失礼した。どうやら殿下の実力を、完全に誤解しておったようです。……ここからは、本気で参ります」


重心を低く構え、十分に力を乗せた一撃を放つ。


エルは一歩も退かず、それを真正面から受け止めた。


甲高い金属音が場内に響き渡る。


体格差は相当なはずなのに、エルの細腕はまったく押されていない。


すぐに激しい打ち合いとなったが、ガロはここでも舌を巻いた。


正確に急所を狙ってくる。


それに、手数が半端ではない。


少女を空恐ろしいと思うと同時に、自分と同等以上に渡り合える強敵との邂逅に、武人としてはどうしても気持ちが昂ぶってしまう。


「やりますな、殿下!


「ガロどのもさすがだよ!」


エルも薔薇色の瞳を輝かせていた。


「わたしの実力がわからないなんて、ソードマスターってたいしたことないのかなって思ったけど、そんなことなくてよかった」


「なんと、推し量られていたのはこちらでしたか……!ですがまだまだこんなものではありませんぞ。すぐに殿下に膝をつかせて差し上げます!」


剣戟けんげきがさらに激しさを増す。


ガロは豪剣でエルを追い詰めようとするが、少女は野生の猫のようにすばしっこく、なかなかつかまらない。


一合、二合と斬り結ぶたびに、ガロの眉間に皺が寄っていく。


少女の剣はどうにもつかみ所がない。


ふわりと舞うように翻り、かと思うと風を裂く激しさで斬り込んでくる。


ガロが知るどの剣の流派とも異なる、異質な剣技だ。


ガロが大剣を大きく振るうと、エルは滑るように後方へ跳びのき、素早く体勢を整えた。


「……殿下の剣は、ノーラの流派ではありませんな。まるで古の時代にあったと言われる武舞のようです。いったい、どなたに師事されたのです?」


少女は一瞬、虚を突かれたような表情になった。


「すごいね。わかっちゃうの?」


「長年の経験というやつです」


実力のある武人であれば、剣を握り対峙すれば、そこからさまざまなことを読み取るものだ。


ガロも達人である。


エルの強さは尋常ではない。


「――殿下は、どこから来たのです?」


自分でもなぜだかわからないが、そう訊いていた。


元冒険者だというのは知られているが、そもそもの出自や生い立ちは知られていない。


「……どこから、かぁ」


薔薇色の瞳が一瞬、色を失う。


どこか遠くを見ているような、空虚な硝子玉のようになった双眸の奥に、何かを封じ込めているような、凍てついた静寂があった。


「殿下……?」


「ガロどのの剣は、アドリアンのと似てる」


いきなり少女が言った。


薔薇色の瞳は元通りだ。


「それは、そうでありましょう。あの方には儂が教えましたからな」


「そっか。だからかな。懐かしい感じがするよ」


寂しそうに笑うと、切り替えるように剣を構え直す。


「ガロどの、まだ本気出してないでしょう。ひとつ言っておくけど、わたしはアドリアンより強いからね」


そう言うなり、エルは一気に間合いに踏み込んできた。


一介の騎士であればまともに食らっていただろう。


だがガロはこれを受けながら攻撃に転じる。


数合と切り結ぶうちに高まる違和感に、ガロは眉をひそめた。


腕に力が入らない。


剣を交えるたびに、確かに込めたはずの力が、手元から抜け落ちていく。


「……何!?これは……!?」


驚きに目を見張るガロに、エルは優しくあやすような優しい口調で囁いた。


「だから言ってるでしょ?本気出さないと、すぐに負けちゃうよって。ガロどの、オーラを使わないと、次で詰みだよ」


ガロは咄嗟に身構えた。


次の瞬間、少女の美しい顔が眼前に迫る。


(速い……!!)


かろうじて大剣で受けると、またしても力が抜ける。


ガロが確かに剣に込めたはずの重みが、剣を交えている先から飲み込まれるように消えていくのだ。


「力が、吸い取られる……!?殿下、この術は……!? ――くっ!」


堪らず、ガロはオーラを練り上げる。


青白い光が柄から剣先までを包み込み、周囲の空気までをも振動させた。


「かくなる上は――参る!」


裂帛れっぱくの気合とともに、ガロはエルに斬りかかった。


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