E06-03 模擬戦―エル対ガロ―
「王配殿下は無事勝利されましたな」
ガロに言われて、エルは当然とばかりに頷いた。
だがその頬は膨らんでいる。
「勝つに決まってるよ。それに、魔術師さんてば、師団長さん相手に全然本気出してない」
「……殿下、なぜに怒っておられる?」
「前に勝負を仕掛けたんだけど、その時全然本気出してくれてなかったんだって確信したから」
「手加減は無用だと仰る?」
どうやら本気で怒っているらしいエルに、ガロはやや困惑気味に訊ねる。
確かに謁見の間で見せた少女のマナは驚異的だった。
しかし、たとえマナ量が多かったとしても、それだけでは戦闘に勝利することなどできない。
力、技量、体力、そして何より経験が物を言う世界だ。
魔術師レヴィアンが本気を出してくれなかったと不満を滲ませるとは、なんとも微笑ましいものだと、ガロは弟子を見守る師匠のように優しく頷いた。
「ガロどのも手加減しなくていいんだよ。じゃないと、わたしがすぐ勝っちゃってつまらなくなっちゃうでしょ?」
「はは、それは楽しみですなあ。では、遠慮なく」
「もう!本気にしてないでしょ。……まあ、いいや。どうせ、すぐにわかるから」
エルに言い募られてもガロは本気にしていなかった。
老いたとはいえ、ソードマスターと呼ばれたガロである。
実力を見せよと迫ったのは、エルの覚悟を知りたかったからだ。
アドリアンがなぜこの少女を後継に選んだのか。
それは民と諸侯達とを繋ぐ『象徴』になるからにほかならない。
エルが元冒険者というのも、ノーラの新しい時代にぴったりである。
歴代大公のように剣で名を馳せずとも、魔術師レヴィアンが実力不足を補える。
つまり、模擬戦はエルを次期大公と認めるための、いわゆる表敬試合なのである。
せいぜい木剣か、先を潰した剣での演武となるとガロは予想していた。
それでもガロは礼儀正しく、あくまでエルの意向に沿うよう試合を運ぶつもりだった。
これだけの見物人が集まっているところでは、エルの名誉も大事になる。
手こずるふりをするか、なんなら引き分けたりするほうがよいかもしれない。
ロウスが中央に立った。
「次の参戦者、前へ!」
観客席には、先ほどのレイヴとゼノの一戦の熱気がいまだに残っていた。
だが、エルとガロが中央に進み出ると、潮が引くように喧騒が静まった。
中央には今度は武器が用意されていた。
模擬戦用の剣や槍などで、参戦者が好きな獲物を選んで使用できる。
観客からざわめきが漏れる。
「なぁ……あれって本物の剣だよな……?」
「エルシア殿下が、ガロ辺境伯と真剣で勝負するってことかよ?無茶じゃないか!?」
「ねぇ、ちょっと、危なくない?誰かお止めして差し上げて!」
エルが元冒険者といっても、それほど等級は高くないはずだった。
しかも、遠目から見ても小柄なエルとがっしりとしたガロとではかなりの体格差である。
少女を気遣う声があちこちで上がる。
「殿下……本当によろしいので?」
「ガロどの、もちろんだよ。何度も言ってるけど、わたしは強いから」
心配そうなガロにエルははっきりと言った。
さらにロウスにも念押しする。
「団長さん、わかってるよね?大丈夫だから始めていいよ」
「はい。承知しております」
エルが手に取ったのは、細身の三日月刀だった。
ガロは諦めたように大剣を掴んだ。
真剣だとて自分の腕なら間違っても怪我をさせるようなことはないと踏んだのだ。
レイヴとゼノは、その様子を少し離れたところから見守っていた。
「……剣もいけるのか、あいつは?」
レイヴの問いは、質問ではなく確認だった。
「はい」
「魔術師なのかと思っていたがな」
「魔術師っすよ。剣の腕もずば抜けてお強いだけで」
ゼノは苦笑気味だ。
「あいつはなぜ、わざと実力を隠している?」
レイヴは端的に訊いた。
「どう考えても冒険者の等級が正確じゃない。これまで意図的に人前に出てこなかった理由と関係があるのか?」
ゼノの灰色の瞳が揺れる。
やはり、この城の連中は、何かを隠している。
若き魔術師団長は躊躇いがちに口を開いた。
「レイヴさんは、まだ上の城しか知らないっすか?」
「それってどういう意味だ?さっきもあいつが上の城とかなんとか言ってたが……」
「そっか……『下の城』はまだ行かれてないんすね。それを見たらエルさまのお力がわかるっす。百聞は一見にしかずってやつです。俺の口から言えるのは、それだけです」
「『下の城』……?あいつがまだ見せていない手札が、そこにあるのか……?」
そうこうしているうちに、試合が始まるようだ。
三日月刀を構えたエルからぞっとするような闘気が立ち上る。
「……辺境伯、気づいてねえな。あれは負けるぜ、確実に。俺もそうだったからな」
「だってエルさま、めっちゃ可愛いっすから! どんな達人でも騙されちゃうんです」
「……見てくれは、確かにいい」
「それって可愛いって認めてますよ?」
ロウスが、勢いよく右手を振り下ろした。
「始め!」




