E06-02 決着
「模擬戦ってわりに、ずいぶん本気だな」
「だって、レイヴさんにずっと憧れてたんすよ!? 戦えるなんてマジで光栄過ぎて気合い入りますって! てか、今のどうやって避けたんすか!?」
「……? いや簡単だろ?詠唱が遅い。予備動作も大きいから、避けやすい」
「……遅い!? 今ので!?」
勝負の最中だというのに、ゼノは口をあんぐりと開けた。
ゼノは努力型の魔術師だ。
貴族ではない平民の出で、血の滲むような修練を積んできた。
研究にも熱心なゼノは、詠唱短縮に人生をかけてきたと言ってもいい。
ノーラの現役魔術師の中では誰よりも速く正確に陣を発動させる自信がある。
二十という若さで魔術師団長に抜擢されたのもそのためである。
そのゼノの詠唱を「遅い」と言う。
しかも「避けやすい」とも。
「じゃあ、これならどうっすか!?〈雷刃〉――!」
今度は小さな雷の刃が無数に生まれた。
ゼノの詠唱は素早く、正確で、ぎりぎりの最小限にまで削られている。
よほどの訓練を重ねなければ、ここまでの領域に到達することは不可能である。
上下左右と死角すら逃さず槍が生まれ、空間を埋め尽くすようにレイヴを追い詰める。
「……おまえ、若いのに才能あるよ」
レイヴは微動だにせず、ただ右手を上げた。
それだけで、場に浮かんだすべての光の刃が音もなく霧散した。
「…………はあぁぁ!?なにっ、なんすか今の!?」
ゼノの口は驚愕の叫びを上げていた。
何が起こっているのかわからない。
自分の術が瞬く間に打ち消されたのはわかったが、なにがどうなってそんなことが可能なのかちっとも理解できない。
「俺の陣を、無詠唱で解呪した……!?そんなことできるんすか……!?」
場内には、もはや言葉を失った観客の気配が充満していた。
レイヴが、足元から魔力を緩やかに立ち上らせる。
「おまえの術、こうしたらもっと速くなるぜ」
詠唱は――なかった。
黒の長衣が翻ると、空間に無数の雷光の槍が出現したのだ。
それも、ゼノが放ったものの数十倍の数だ。
ゼノは顔色を変えた。
違う、自分のものとは。
光の槍に込められた魔力の密度がそもそも比べ物にならないほど濃い。
威力は数十倍になるだろうし、しかも数が桁違いである。
「っ……!」
「こんな感じか? ……いや、もっと増やすか」
ゼノが防御魔法を張る暇もなく、さらに無数の魔槍が出現し、あっという間に囲まれる。
頭の上から足元まで、周囲のすべてを光の槍に覆われ、ゼノは声も出せない。
「ゼノ師団長!!」
「やばい!あんなのくらったら、死んじまうぞ!」
観戦していた魔術師達から恐怖の叫びが沸き起こる。
エルもガロも目を見張った。
「すごいね、魔術師さんのマナ……。圧倒的だよ」
「無詠唱とは恐れ入りますな。大陸で唯一、レヴィアンどのだけが可能なのでは?」
しかも、これだけの術を展開しても、レイヴの魔力にはまだまだ底が見えないのだ。
いまやゼノは無数の光の槍に取り囲まれ、まるで球体の中に閉じ込められているような状態だ。
微かな隙間から、ゼノの灰色の瞳と、真正面にいるレイヴの瞳とが交差する。
琥珀の瞳には冷徹さと、僅かに面白がるような笑みがあった。
――来る!
光の槍が一斉に煌めき、観客から悲鳴が漏れる。
場の空気が張りつめ、誰もが息を呑んだその瞬間――レイヴが指を鳴らした。
「……っあ、ああ……」
ゼノの呻きが響く。
すべての雷槍が、音もなく掻き消えていた。
「…………嘘、だろ」
誰かの声が、静まり返った場に響いた。
ゼノはがっくりと膝をついた。
その顔は汗まみれで、息は荒い。
「……負けたっす。てか、死んだかと思ったっす……」
「もっと伸びると思うぜ、おまえ」
レイヴは手を差し伸べる。
ゼノがその手を取ると、訓練場にようやく拍手が湧き起こった。
初めは戸惑いつつ、やがて喝采は嵐のようになる。
どの顔にも、興奮や、圧倒的な力量差への畏怖が浮かんでいる。
歓声ととざわめきが、天を突き抜けるように響いた。




