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E05-04 黒衣の賢公と白の幻妃

「かつて、ノーラ公国建国の折には『血統に拠らない継承』があったんだよ」


怪訝な顔をしていたガロが、はっとしたように声を上げる。


「まさか……『黒衣の賢公』、デイル=マルク公のことを仰っておられる!?」


不敵な笑みをその唇に浮かべ、エルは頷いた。


「似てるでしょ?わたしと、そこの魔術師さんと」


レイヴが小声でカシアンに囁く。


「おい……これか? 貴族どもを黙らせる策ってのは。俺はノーラの歴史なんざ知らないぜ」


すでにこの流れを予測していたカシアンである。


一礼して一歩進み出る。


「レヴィアンどのはご存知ないかもしれませんが、三百年前、ノーラはかのカストゥール王国の一部でした」


「カストゥールだと?」


「ええ。北の第一大陸プリマ・セレスに存在した、古き魔法国家。八年前の災厄で滅んでしまったくだんの国です。

ノーラは第三大陸トリア・ゼラム進出のための『特務領』でした」


「じゃあ、元々ノーラは、カストゥールの遠征基地だったってわけか……あの災厄があった国がノーラの母体だったとはな」


カストゥールは、八年前に滅びた魔術大国である。


星塔アストラリウム』と呼ばれた魔塔が突然魔力暴走を起こし、王国自体を消滅させる大惨事となったのである。


今では『星落の災厄』と語り継がれる前代未聞の魔力暴走だ。


カシアンは頷いた。


「まさしく。ですが、当時は転移陣も未整備。大陸間の航海は優に三十日はかかった時代です。さらに本国の政情が不安定になり、ノーラの自治は次第に強まり、やがて独立に至ったのです」


レイヴは黙って耳を傾ける。


「そして、建国の祖・初代アルディウス大公は、実子を持たぬまま病に倒れました。そこで選ばれたのが、彼の右腕であり、平民出の冒険者であったデイル=マルク。『黒衣の賢公』と讃えられる、ノーラの礎を築いたお方なのです」


レイヴは腕を組んだ。


「……似てるな」


「ええ。性別こそ違えど、エルシア殿下と境遇は近しい。実力と人望を兼ね備えたデイル=マルク公を民は受け入れ、貴族たちは従った。歴史が、それを証明しております」


ガロの視線が、エルとレイヴを往復する。


「黒衣の賢公……そうか。ならば、『幻妃』イリヤ様との系譜も……ふむ、なるほど」


「…………?」


事態が見えないでいるレイヴに、騎士団長ガルドが助け舟を出す。


「イリヤさまというのは、黒衣の賢公の奥方で、『白き幻妃げんひと呼ばれたお方です」


「……黒ときて今度は白か?幻妃なんて随分ご大層な名前だが、それがどう関係あるんだ?」


「イリヤさまのことも考えると、もっとエルシアさまとレイヴさんに似てるんすよ」


ゼノがすかさず口を挟んだ。


「俺のじいちゃんが教えてくれたんすけど、イリヤさまは、美しい銀の髪に星のような瞳、いつも白い薄衣をまとっていたって。黒の賢公は、逆にいつも黒い外套マントを身に着けてたらしいっす。イリヤさまは、戦場近くの朽ちた神殿に突如として現れて、不思議な力で黒の賢公を救ったって言われてるっす」


「不思議な力?」


「言い伝えでは、イリヤさまが触れた者は苦しみを忘れ、その姿を見た兵たちは武器を捨てたとか。相手の心を読んだとか、冬でも寒がらず素足で歩いてたとか……まぁ、色んな話がありますな」


ロウスガの説明を聞きながら、レイヴは首を傾げた。


「神聖魔法……? 違うな、幻覚か。そうか、幻術の使い手か?」


あくまで現実的なレイヴにカシアンが苦笑する。


「現代の魔術体系に照らし合わせれば、そうかもしれません。けれど、イリヤさまは出自も素性も記録に残されていない、謎多き女性です。一説には『神の使い』とも言われています。実際、デイル=マルク公がイリヤさまを娶って以降、国の空気が変わったと伝わっているのです」


「神の使いだと?」


急に胡散臭くなってきた。


レイヴは鼻を鳴らしたが、ふと皆の目線が自分に集まっていることに気づいてぎょっとした。


「……おいまさか、俺を『幻妃』扱いしてるんじゃないだろうな? 俺はただの魔術師だし、第一、男だぜ」


「ただの、とは到底言えませんよ。神の使いとまでは言いませんが、最強の魔術師レヴィアンどのを得たエルシア殿下と、黒衣の賢公夫妻を重ねる者は少なくないでしょう」


涼しい顔で言うカシアンをよそに、ガロはいたく感服した様子で、重々しく頷いた。


「……いや、これはお見事。この前例を出されたならば、民から絶大な信頼を得たお二方を、皆が思い出すことでしょう」


「これで、筋は通せるかな?」


「ええ。もちろん一部の諸侯からは不満は出るでしょうがな。不肖このガロが、殿下の治世を全力で後押しさせていただきます」


そう言うと、ガロは玉座の前に一歩進み出、恭しく膝を折ったのだ。


猫被りこそ見破られたものの、要となる重要人物を無事に口説き落とすことができたと、ほっとした雰囲気になりかけたところで、ガロはとんでもない提案をしてきた。


「――ですが、そこでひとつお願いがございます。エルシア次期大公殿下と、王配殿下の実力を、この老いぼれに見せていただけませんかな?」


エルは目をぱちくりさせた。


「それって、もしかして、もしかしなくても、戦いたいってことだよね?……わたしはいいけど、魔術師さんは、どう?」


「俺もいいぜ。でもまさか二対一でか?」


「さすがにこの老いぼれの身でお二人をいっぺんに相手にするのは不可能というもの。儂がお二人のうちどちらかと手合わせし、もうお一方は、騎士団長か魔術師団長とお願いできればと思うのですがいかがかな?」


間髪入れずゼノが手を挙げる。


「俺!!レイヴさんと手合わせっ……!お願いしたいっす!!」


「決まりですな」


こうして、エルとレイヴの名が公に試される初めての舞台が幕を上げることとなった。

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