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E05-03 辺境伯ガロ

謁見の間には静寂が戻っていた。


オルステッド=ガロ辺境伯は、無言のまま髭を撫で、じっとエルを見つめていた。


往年のソードマスターの眼差しはまるで老獪な獣そのものだ。


一難去ってまた一難がやってきたと誰もが思った。


言いようのない緊張が走る――だが、老将の目に浮かぶ光が、突如ふっと和らいだ。


「誠に見事でしたな、エルシア殿下」


穏やかな声音に、エルは内心の戸惑いを押し殺し、特大の猫を素早く被り直す。


「……恐れ入ります。アドリアン大公が目指したノーラの姿を、わたくしも追い続けたいと願っているのです」


ガロ辺境伯は、血統を重んじる正統派だ。


血ではなく、志で国をまとめようとした亡きアドリアンの名をあえて出し、静かに出方を探る。 


(まだ猫かぶるのか、こいつは……)


隣で見ていたレイヴは、少女の腹芸の巧みさに内心でほとほと感心していた。


エルの猫被りは実に堂に入ったもので、ここまでくるといつものほんわかした姿のほうが何かの間違いかと思えてくる。


だが、歴戦の将は孫に語りかけるようにこう言ったのだ。


「儂を警戒しておられるのは当然のことでしょう。ですが、敵対する気はござらんのです。アドリアン大公閣下は誠の武人であられた。その閣下が、あなたさまを次の大公にと望んだのだろうと推察しておりますからな」


さすがの推察力にカシアンは舌を巻いた。


ガロ家は代々、大公家の指南役だった。


アドリアンの考えも、この老人には初めから見抜かれていたのだ。


エルはガロの言葉を否定せず、少し困ったように笑ってみせる。


「皆が皆、ガロどののように察しが良ければ助かるのですが」


「それではこの老いぼれの予想が正しかったと受け取りますぞ。あともうひとつ。

こう言っては台無しにしてしまうやもしれませんが、殿下の被っている猫は、脱いでいただいても差支えござらん」


エルは目を丸くした。


レイヴも、カシアンもだ。


ロウスはなんとか沈黙を貫いたが、ゼノの口からは本音がぽろりと漏れる。


「ばれてるっすね……!」


それを言ったらますますばれるだろうが!とその場の全員が思った。


堪らず、エルが吹き出す。


ひとしきり笑った後、目尻を拭ってガロに向き直る。


「ふふふ、あー可笑しい。――どうしてわかったの?」


先ほどまでの、冷たいほどの威厳に満ちた顔から一転。


そこにいたのは、すっかり肩の力が抜けた、いつものエルだった。


ガロも豪快に笑った。


顔に刻まれた皺が一層濃くなる。


「これでもノーラにガロありと一度は呼ばれた身。物事の本質を見抜くのは得意でしてな」


「うーん、さすがにソードマスターの目は誤魔化せないかぁ。ガロどのが相手じゃあしょうがないよね。わたしの演技が下手だったわけじゃないって思うことにするよ」


「無論ですぞ!殿下の猫被りはそれはそれは堂に入っておられました!」


「えー、そうかな?」


「そうですぞ!デリオどのの求婚を断った瞬間なんぞ、年甲斐もなく痺れてしまいましてな」


「褒められると、なんか照れちゃう」


なにやらおかしな会話が始まっている。


カシアンは思わず咳払いした。


「おっと、本題から逸れましたな。――今日ここに参ったのは、ただ、知りたかったからです。アドリアン閣下が望まれた、あなたさまの真価を」


「うん、もちろん。ガロどのの気の済むまで、何でも聞いていいよ」


ガロはそこで居住まいを正した。


それだけで場の空気がぴりっと引き締まる。


「先ほどのお話ですが、国外からの……それもモルテヴィアからの縁談があったと?」


「うん」


「して、どうなされるおつもりか?先のデリオどのは気付いておらなんだようだが、それはこのノーラに伸ばされた手ですぞ。それも、鋭い爪を袖の下にびっしりと隠しております」


問題は、まさにそこだった。


レイヴもモルテヴィアの名が出てからずっと気になっていた。


モルテヴィアは軍事を背景に勢力を広げる強国。


ひとたび『姻戚』の名目を与えてしまえば、ノーラの実権を握ろうとするのは火を見るより明らかだ。


厄介なのは、下手に拒めば無礼と取られ、口実として侵略を正当化されかねないことである。


かといって受け入れれば――今度は国の内側から飲み込まれる。


「わかってる。縁談を断ったら向こうはきっと躍起になってノーラに干渉してくるはず。でも……」


一拍置き、エルの声に決意の響きが宿る。


「あいつらの望みはノーラを中から食らうことだよ。だから断る以外の選択肢は、最初はなからない」


ガロの眉がわずかに動いた。


「ふむ……。ですが、具体的には? 殿下の継承の大義と、王配殿下の正当性。その両方を確立せねば、火の粉は尽きますまい」


もっともなガロの言葉に、薔薇色の瞳が不敵な光を放った。

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