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E04-05 招かれざる客人

謁見の間に向かうと思いきや、侍従はレイヴを別の場所に連れて行った。


普段は入らない奥の部屋で待っていたのは、女官長マチルダである。


その表情は穏やかなものの、レイヴの姿を見るなり右手を上げた。


「さっ、皆のもの、急ぐのです!」


「…………はあ!?」


マチルダの掛け声は後ろに控えていた女官達に向けられたものだった。


あっという間にレイヴは女達に囲まれ、服を剥がれ、新しい衣装をすかさず着せられ、顔を拭かれ、髪を梳られる。


ノーラの王宮の女官達は有能である。


時間をかけられないため、あくまで素早く、しかし丁寧に、レイヴの身支度を済ませてしまう。


あてがわれた服は、黒を基調として隅々まで銀の刺繍が施された礼服だ。


それに上質な生地で織られた黒の長衣ローブを羽織ると、どこからどう見ても魔術を嗜む貴族という風体である。


ただ、その眼の光は違う。


男の纏う野性的な気配は、戦いを知らぬ貴族のそれではない。


「……着せ替え人形ってのは、こういう気分か」

 

ぼそりと呟くと、マチルダが神妙な顔で頷く。


「エルさまも常にそうおっしゃいます。ですが、王配殿下には女性の身支度の十分の一ほどのお時間しかかけておりませぬ」


「ああそうかい。初めてあの嬢ちゃんと意見が合いそうだぜ」


げんなりして執務室にたどり着き、扉を開ける。 


そこにいたエルの姿に、思わず目を見張った。


エルは身体の曲線に沿った、深紅のロングドレスを身に着けていた。


上には銀灰色の短丈ジャケットをきっちりと合わせ、女性的かつ上品な装いである。


わずかに光を含んだ絹混の生地は、言わずもがな最高級品だ。


銀地に紅玉ルビーを配した耳飾りは、ドレスとともにエルの色だ。


銀の髪は大きく結い上げ、そこにも紅玉ルビーをあしらった繊細な銀細工の髪飾りが揺れていた。


光輝くような美しさに加えて、女大公としての威厳と品格が醸し出されている。


貴族としての身支度から毎朝のように逃げ出すエルの変わりように、レイヴはぽかんとするよりない。


そんなレイヴの気も知らず、エルは着替えたレイヴに微笑みかける。


「あ、魔術師さん。へえ〜よく似合ってるよぉ」


こっちの台詞だ!とは言えず、レイヴは顎をしゃくった。


「……そっちこそ、その格好はどうした?」


「今から嫌なやつが来るの。だから、猫被り用」


「……はあ?」


「カシアンがね、この方が効果的だからって」


また訳のわからないことを言っている。


「レイヴさん、格好良いっすね!宮廷魔術師みたいっすよ」


「おおレイヴどの、男ぶりが益々上がりましたな」


騎士団長ロウスと魔術師団長ゼノは、いつの間にかちゃっかり随伴しており、執務室に先に着いていた。


そこへカシアンがやって来た。


さすがノーラの宰相は表情には出さないものの、どことなく余裕のない様子である。


「今しがた、先触れもなく登城した諸侯らがおります。一人はバレンティア領主の息子デリオどの」


エルがその名を聞いて、顔をしかめる。嫌な奴というのは、どうやらこちらのことらしい。


「もうお一方は、オルステッド=ガロ卿。ノーラ南部の副都セグンダを治める辺境伯であられます」


その名が出た瞬間、ロウスとゼノの間に緊張が走った。


レイヴが怪訝そうな表情を向けると、カシアンが説明を続ける。


「ガロ辺境伯は、ノーラ公国では大公家に次ぐ広大な領地を持つ人物。齢六十を超えておりますが、八年前に国内に出現した名持ネームドの魔物を討伐された実力者です」


「ほう」


レイヴが面白そうに口角を上げた。


フィロも赤い瞳をきらめかせる。


「ガロ卿をこの機会に説得できれば、今後は極めて有利な展開が見込めます。卿は正統派に属しますが、実のところ、根っからの武人で、実力を何より重視される方です」


「なるほどな。中庸派ってことか」


カシアンは頷く。


「国内のすべての派閥に顔が利く方です。おそらく、あなたの噂を聞きつけ、ご自身の目で確かめにいらしたのでしょう」


ノーラ国内の派閥は、大きく三つに分けられる。


血統を重んじる『正統派』。

実力を重んじる『実力至上派』。

経済を重んじる『実利派』。


そして、オルステッド=ガロは、そのすべてに人脈を持つ、まさに、国政の要ともいえる人物だった。


「まずは一戦だね〜」


エルがのんびりと言う。


緊張感のない声に脱力しかけると、ゼノがこっそりと囁いてきた。


「ご安心くださいっす、レイヴさん! エルさまは、いつもこんな感じでぽやぽやしてるっすけど……戦闘時には鬼神のようになるっすから!」


「ええ、まさに人が変わったようになられますな」


「それは実戦の話だろ。貴族連中と会うのまで戦扱いか?」


そう返しながら、レイヴはこの二人の団長はエルの実力を知っているのだと気がつく。


「あ〜、レイヴさん。エルさまの猫かぶりって、まだご存じないんすね……?」


ゼノが納得したように頷くと、ロウスも満足気に言った。


「それはもう、見事なものですぞ」


「そうそう。まるで何かが乗り移ったみたいに、完璧な淑女に化けるっすよ」


「乗り移る……?」


どうにも想像がつかず、首を傾げるレイヴだったが、もう時間である。


エルが、全員に向かって明るく声をかけた。


「じゃあ、行くよ〜」


緊張感のない掛け声だが、誰からともなく動き出す。


カシアンが先導する。


団長二人もそのまま同行するつもりのようだ。


レイヴだけが、肩をすくめた。


最初の戦場は――謁見の間である。

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