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E03-02 レイヴ、王宮へ

城の敷居を跨いだ瞬間、レイヴは足を止めた。


奇妙な違和感を感じたからだ。


「……フィロ、出て来い」


言霊獣を召喚び出す。


陣から現れたフィロは、素早く主人の肩に飛び乗ると、くるりと辺りを見渡した。


『主〜、なにここ、おもしろい!」


「ああ、お前も感じるよな。この城、何かあるぜ」


まるで城そのものが、あの少女に合わせて色を変えたかのような、しなやかな異質さを纏っている。


ここが少女の領域であると、魔術師としての直感が告げていた。


「あ!あの子の気配がする!』


「いたか。探索できるか?」


『やってみる〜』


赤い眼が煌々と光を帯びる。


フィロは空間を切り裂くように視線を走らせた。


『……城の海側かなぁ〜、あの子がいるのは。でも、ちょっと、まだ……ぼやける。……あの特別なマナは、確かに感じるんだけど……』


「特別?」


『うん!主もわかるでしょ?あの子のマナ、ぜんぜん違うもの。白くて、透き通ってて、雷みたいにぴりっとしてる』


レイヴの脳裏に、あの少女の眼差しがよぎる。


無邪気さの裏に鋭い剣を隠し持った、あの薔薇色の瞳だ。


先日、エルの解析に失敗したことで、フィロはいたく自尊心を傷つけられたらしい。


しばらく拗ねていたのだが、ただ打ちひしがれていたわけではなく、少女の残留マナを利用してせっせと再解析を続けていた。


その甲斐あってか、今回はうまくいったようだ。


尻尾が自慢げに揺れている。


「城全体も頼む」


『りょーかい。ちょっと時間かかるよ〜』


命じたあと、レイヴは周囲を一瞥した。


今いるのは、大公への謁見を待つ控えの間だ。


ノーラの城は、壮麗さと剛健さが混じり合っている。


外観は白亜の宮殿さながらだが、一歩中に入るとどこか無骨で、冒険者の国と呼ばれるこの国らしい質実さが残る。


レイヴの通されたこの部屋も、重厚な調度品に囲まれているのに、華美さはない。


天井近くの壁にはノーラ大公家の紋章である『潮風に舞う海鳥の羽』が飾られており、来訪者の心を引き締めるような威厳がある。


紋章は美しく装飾された額に入れられ、下から照らすように淡い光の魔法が施されていた。


レイヴは来客用の長椅子に腰を下ろすと足組みをした。


「……あいつ、本当に次期大公ってわけか」


城門で名乗っただけですんなりと案内されたのには、予想はしていたとはいえ驚いた。


本来、大公との謁見は書状による申請が必要だ。


それに紹介者や特使を通じて段取られるのが常で、手続きには数日、ことによっては数週要する。


こんなふうに門前から奥へ直接通されるのは、よほどの緊急事態か、特別な賓客に限られる。


やがて、足音が近づく。


控えの間に入ってきたのはまだ若い青年だ。


レイヴを見るや、恭しく腰を折った。


「大魔術師レヴィアンどのとお見受けします。カシアン=アルフォードと申します。不詳ながら、この国の宰相を務めております」


アドリアンの息子か、とレイヴはまじまじと青年の顔を眺めた。


アルフォードとは母方の姓だろう。


どこか繊細な線の細さが目につく男で、父親とは似ていない。


(……なるほど、こういう形に育ったか)


「高名な魔術師どのにお越しいただき誠に恐縮です。話には聞いておりましたがお若くいらっしゃいますね」


私も若輩ですが、と如才なくカシアンは続ける。


目の前の椅子に腰を下ろすと、自然な様子で尋ねてくる。


「……して、ご用件のほどをお伺いしてよろしいでしょうか?」


「先日、妙な嬢ちゃんに絡まれてこれを渡された。銀髪に赤眼の若い女だ」


単刀直入にレイヴは知り出した。


遠慮のないもの言いにも、カシアンは動じることなく応じる。


「失礼ながら、レヴィアンどのはその『嬢ちゃん』の正体についてはご存じでいらっしゃいましたか」


「いいや?知らなかったさ。だが城へ来いと言われたんでな。あいつはどこだ?もったいつけずにさっさと連れてこい」


まずはお互いの腹の中を探ろうとしたカシアンだったが、レイヴはそれを許さない。

 

「ノーラのお家事情は知らんが、あの嬢ちゃんが次期大公だそうだな」


無駄を一切省いて核心を突く。


琥珀の瞳に射すくめられ、カシアンは意図せずに背中に汗が滲むのを感じた。


この男相手には中途半端な誤魔化しや話術は通用しない。


一拍置き、カシアンは静かに頷いた。


「ええ。貴方様に会いに行かれたのは、次期大公、エルシア=ノーラ殿下に間違いありません」


レイヴは皮肉な笑みを口元に浮かべた。


率直に疑問を口にする。


「だったらなぜ最初からそう言わない?勝負を持ちかけるわ、アドリアンの手紙を持ってくるわ、まったくご丁寧なことだぜ」

 

懐から例の手紙を取り出し、ひらひらと振ってみせる。


するとカシアンは小さく微笑んだ。


「……貴方様にあのような形で父の手紙を届けたのは、確かに不躾であったとお詫びします。ですがあながち悪かったとも言えないかと」


「なに?」


「大公殿下の名の下に呼びつけたところで、貴方様は決して来てくださらないでしょうから」


その言葉に、レイヴの眉がぴくりと動いた。


(……見抜いてやがる)


レイヴは国家に属さない。


王侯貴族にへつらうこともない。


エルシアが最初から身分を明かし、大公の権威を振りかざしていたとしたら、自分はこの場にはいなかったろう。


少女の意味不明な行動を思い返しながら慎重に問う。


「そうか、あんたの考えだったんだな?いや、アドリアンの野郎の入れ知恵か?」


「貴方様を頼るように父に言われたのは事実です。ただ、殿下を向かわせたのは私の判断でした」


なんとも大胆な――いや、見事な采配だ。


(……ガキのくせに、やるじゃねえか。まったく、親父譲りだな)


「この国じゃあ下っ端を差し置いて、大将を使い走りに出すのか?」


レイヴの皮肉めいた言葉に、カシアンは苦笑いを浮かべる。


「状況に応じて、最も確実な手段を選びます」


「アドリアンのやつも、でかい図体の割にあれこれ策略を練るのがうまかったな。虎の子は虎ってわけか?」


「……褒め言葉と受け取っておきます」


平静を装って言ったものの、カシアンの掌にはじっとりと汗が滲んでいた。


大陸最強と名高い魔術師の名は伊達ではない。


レイヴと対峙するとわかる。


その身から発される威圧感が半端ないのだ。


こうして真正面から話をする会話をするだけでも、抜き身の剣を交わしているようなものである。


「それで? こんな回りくどいことまでして俺を呼んだ理由は?」


「それは……私の口から申し上げるより、殿下から直接ご説明いただくのがよろしいかと」


「おい……まだ引っ張る気か?」


「いえ、実は……今朝から殿下の姿が見えないのです。城から出た形跡はありませんが、目下捜索中で……」


「おいおい、どんだけ型破りなんだよ……」


フィロの『探索』により、少女は謁見の間にはいないというのはわかっていたが、まさか姿をくらませているというのは予想していなかった。


確かダグラスの話では、アドリアンの死後、大公妃は塞ぎ込んでいるという話だったはずだが、事実は異なるようである。


「探すのを手伝ってやろうか?」


「……できるのですか?」


「多分な」


だがふと気になった。


そもそも、なぜエルは姿を消しているのか。


「……まあ、本人に聞くのがいちばん早ぇな」


苦笑混じりにレイヴは立ち上がった。

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