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第二話 いたづら人の

◆作中の呼称

・大蔵卿、一条の殿:一条長成。義経の母常盤御前の再婚相手。

・若君:のちの一条能成いちじょうよしなり。一条長成と常盤御前の子。義経の四歳下。

・さきの中納言:藤原信頼。後白河法皇の院近臣。義経の父義朝とともに平治の乱を起こし、斬首。

        一条長成は又従弟。


◆刀の値段

・平安時代のデータなし。

 最も多い1400年代のものを参照すると、最低価格が100文程度、一貫文(1000文)を超える価格もあり。

 太刀の質に関してはデータなし。

・婦人服と思われる「紅梅衣1領」が「見米11石」との記録が「1131年」にあったことから、古着

 の価格をその半額以下と推定。おおまかに米1石が銭1貫文とし、袿の価格を2~3貫文として計算。

・作中では、太刀一振り500文前後と想定。金覆輪(金メッキ)の価格は不明。

 (データはあるが価格が100~400文弱と通常の太刀より安く、実用性に疑問あり)



 ぶつり、と草鞋(わらじ)()がひとつ切れ、正近はとっさに一条戻橋の親柱に手をついた。削れて丸みを帯びた石の柱には三寸近く雪が積もっており、正近が触れた拍子に塊がばたばたと土の上に落ちて割れ砕ける。正近はそこに凭れ、替えの履物を出しながら辺りを窺った。伸びあがって橋の向こうを見晴るかせば、大内裏を囲む築地塀(ついじべい)の輪郭が雪よりも白く浮かび上がる。かつて帝の里内裏(さとだいり)でもあった一条院に近いこの辺りは、日ごろ正近の修行する四条室町とは全く異なり、静かで整然としていた。時おりどこかの屋敷から舎人(とねり)が駆け出し、牛車が雪に濡れた道を踏みならす他には音もしない。四方に立ち並ぶ屋敷は古いながらも手入れが行き届いており、摂関家の縁者にふさわしい品格が漂い出ていた。居心地の悪さを覚えた正近は手早く草履に履き替え、親柱から手をどけた。戻橋を渡った先の内裏などは、しょせん正近とは無縁の世界だ。堀川に背を向けて再び歩き出した彼は、途中で行き会った雑色のひとりに声をかけ、へりくだって道を尋ねた。


「もし、大蔵卿(おおくらきょう)のお屋敷をご存じではありませんか?」

「あそこの、ちょっと古いお屋敷だよ。……お布施めあてなら他所へ行った方が良い。大して羽振りは良くないよ」


雑色の言葉に正近は何も答えず、ただ合掌して謝意を表した。果たして通りを進むと、手入れの行き届いた蔵や屋敷の間に、皹の入った塀が見えた。門を掃く雑色の手つきは丁寧とは言い難く、直垂(ひたたれ)には継ぎが当たっていた。正近は門前に立つとまた控えめに合掌し、口を開いた。


「お方様に、鎌田次郎の息子が挨拶に参ったとお伝えくださいませ」


◆◆◆


 対屋(たいのや)の妻戸はほぼ閉め切られており、一つだけ明り取りのために開いた扉の蔀戸ごしに雪明りがわずかに見えた。出された白湯を一口すすった正近は、几帳の影から現れた女の顔を見て動きを止め、碗を置いて一礼した。


「これは、ご無沙汰を」

「お懐かしゅう存じまする、鎌田様。お父君があのようなことになって、お方様も御身を案じておいででした」


女は正近も何度か顔を見たことのある、遮那王の乳母(めのと)だった。その兄たちの乳母でもある。あの頃から表情の乏しい女と思っていたが、再会の挨拶に熱を感じなかったのはそのせいだけだはあるまい。案の定、顔を上げた乳母はにこりともせず、白粉で塗り固めた無表情のまま正近に告げた。


「鞍馬のお籠りに、夏と冬と立て続けに加わる四条の上人というお方のお話を、風の噂に聞きました。……こたびのご挨拶も、牛若様のご元服についてのお話がお目当てでござりましょう。しかしながら、あの方はもはや仏様に差し上げた御子にて、当家との関わりは絶たれておりまする。鎌田様も、どうぞこのままお帰りくださいまし」

「それはあまりに情けのない仰りよう。亡き殿の忘れ形見で、いまだ俗世の身であられるのは遮那王様たったお一人ではござりませぬか。遮那王様は源氏再興のために、ご勉学と武芸に明け暮れておりまする。お方様におかれましては、源氏の御曹司(おんぞうし)の母君として、ご元服のお支度を整えるのは大切なお務めであるはず」

「お方様にとって最も大切なのは、今の殿との間にお生まれになった若君のご出世。御年十二におなりで、早くも従五位下(じゅごいのげ)の官位をお持ちではありますが、その後の昇進の為にも里の後押しは欠かせませぬ。これよりのちに、牛若様がまことに源氏再興を成し遂げられたならば、若君のために再び(よしみ)を結ぶこともござりましょうが……」


乳母は口元を隠した扇の奥で、迷惑そうに眉根を寄せた。これまで遮那王の癇癪(かんしゃく)に煩わされてきた疲れが、あからさまに滲み出ていた。当然の反応とは思ったが、正近の方も引き下がるわけにはいかない。彼は身を乗り出して、泣き落としへと舵を切った。


「……さきの乱の折に、お方様の味わわれたご苦労については、お察しいたしまする。幼き子を三人も抱えた女性の身で、敵の栄える世間を渡ってゆくのは、並大抵のことでは無かったと。しかし」

「そうお思いならば、もう構ってくれますな」


御簾(みす)の奥から急に聞こえた別の女の声に、正近は言いかけた言葉を飲みこんだ。簾の隙間に(うちぎ)を纏った女の姿がにじみ、焚き染めた香のくゆりが冴え返る空気に染み出してきた。正近は乳母と共に板張りに手をついて平伏し、女が座るのを待った。遮那王の母であった女は脇息にもたれると、扇を広げて顔を隠した。


「鎌田どの、しばらくです。ご無事であられたのは何よりでございました。しかしながら、ご出家の身がかつての主君の妻子に付き(まと)うとは穏やかでない。今さら我らに近づいて、何をなさるおつもりです」

「……お方様、ご無沙汰しておりまする」


平伏したまま短く答えた正近は、女の声の険しさに内心で驚きながら、次の言葉を必死に頭の中で探し回った。幼い頃、父に伴われて訪れた主君の別邸で、若き日の彼女を何度か目にした。おっとりと流されやすく、何事も夫の言うがままだった彼女の印象は薄い。たとえ雑色が相手でも、強くは言えぬ優しげな風情だった。十数年を経て再び聞いた声は、まるで別人だ。正近は姿勢を正し、すがるような口調で訴えた。


「恐れながら、亡き殿の御遺志は源氏再興であったはず。先ごろ奥州におわす陸奥守様のお使いが鞍馬に参られ、遮那王様を奥州にお迎えし、後見としてお世話したいとのお申し出がござりました。奥州十八万騎をお味方とすれば、源氏再興は思いのまま。御父君の志を果たそうとしておられる遮那王様に、お方様からもなにとぞ、ご支援を賜りますように」

「陸奥守様のお話は、わが殿からすでに伺いました。奥州が後見して下さるというなら、元服のこともそちらにお頼みすればよい。何ゆえこそこそとこのような所に参るのです」


御簾を透かして、彼女の纏う袿の色が見えた。常盤木(ときわぎ)のような鮮やかな青は、今や圧迫感をもって正近の目に映る。几帳を越えて降り込んできた雪が床の上で水になって行くさまを目の端に映したまま、正近は声を低くして答えた。


「……恐れながら、お里のご支援の有無が、奥州に下ったのちの遮那王様のご出世に関わるゆえにござりまする。烏帽子親(えぼしおや)も、お里の用立てた太刀の一振りもなくば、陸奥守様のご郎党(ろうとう)に侮られるは必定。すでにご元服のお願いはのらりくらりと(かわ)され、遮那王様のご将来の見通しは立っておりませぬ。このまま遮那王様が奥州に飼い殺しにされるようなことにでもなれば、亡き殿のお志は」

「そうなれば、牛若の天命はそこまで。奥州の片隅で知る人も無く死ぬるがよい。いずれにしても、殿も私も牛若には(あた)うる限りのことをいたしました。あとはあの子の器量次第です」


女がそう言い放った瞬間、正近の耳に昨日の遮那王の叫び声が(よみがえ)った。鞍馬は平家との正面衝突を恐れ、奥州は面倒の少ない手駒を欲しており、里は口減らしとして厄介な継子(ままこ)を追い出したい。三方ともに、遮那王が源氏再興を成し遂げたならば付き合いたいが、それまでの面倒は負いたくないという魂胆が透けて見えた。そのための方便が「遮那王の器量」だ。正近は板張りに爪を立てた。


「……お方様は、亡き殿のお志などもはや顧みるに値せぬと」

「志で子を養えますか。殿方の仰る『志』とやらにそれほど値打ちがあるなら、そなたが骨を折らずとも牛若のことはどのようにもなっていたはず。今の私の務めは、一条の殿の御子をりっぱな公卿とすること。当家に牛若の支度まで調(ととの)えてやるゆとりはありませぬ」


いっそ清々しいほどに断ち切られたのは遮那王の甘えだけではなく、正近の中にさえ微かに残っていた依存心だった。首筋に吹きつけた冷気が上せた頭を冷ました時、正近は妙にさっぱりとした気分で茵の上に座っていた。傍目には呆然とした様子の正近を何と思ったか、女は乳母を御簾の傍に呼び寄せ、何事かを命じた。乳母は正近の方をもの言いたげに睨んだが、やがて諦めたように息をついて立ち上がる。衣擦れの音が遠ざかり、そして再び近づいてきた時、彼女は漆の箱を持っていた。乳母は箱を正近の前に押しやり、不承不承ながら口を開いた。


「お方様より、牛若様へのご餞別(せんべつ)にござりまする。売って太刀を(あがな)うもよし、仮に鎌田様が銭を懐にしたとしても、恨み言は申さぬとの仰せにて。ただし、当家には二度とお越しになってはなりませぬ。次は強請(ゆす)りとして検非違使(けびいし)に訴えます」


箱に入っていた袿には覚えがあった。遮那王の父である左馬頭の傍らで、女が身につけていたものだ。十年以上を経て色は少しばかり黄ばんでいたが、良い品だと分かった。焚き染められた香がわずかに立ち上り、正近は目を細めた。左馬頭が平治の乱に敗れたために六波羅へと引き立てられた彼女たちが、屋敷から持ち出せたものは多くはない。わずかな手回り品の他は散逸(さんいつ)したか、捕り手の者たちに奪われたか、あるいは賄賂として取らせる羽目になったことだろう。そうした数少ない形見の品の一つのはずだ。


「……お方様、これは」

「公家の妻妾ならば、錦の袿をいくらでも蓄えておると思いましたか? わが殿は誅殺されたさきの中納言様の遠戚。宮中においても昇進の見込みは少なく、平家に近しい方々にも(はばか)るお立場です。雑仕女(ぞうしめ)上がりの妻の連れ子のために、さらに用立てられる金品などありませぬ。……では鎌田どの、お達者で」


女は語尾に皮肉げな笑みを滲ませ、ゆったりと立ち上がった。平伏する正近と乳母に背を向けて、女は衣擦れの音と共に奥へと下がって行った。続いて立ち上がった乳母は袿を正近に押し付けるように渡し、空の箱を抱えて正近を見下ろした。


「お方様のお立場を、少しは思いやって下さいまし」


そういえば女も乳母も最後まで、牛若の様子を尋ねることは無かったと、正近はこのとき思った。


◆◆◆


 一条の屋敷を辞した正近は平安京の南に下り、七条の東市(ひがしのいち)を目指した。平安京を南北の端から端まで歩くことになるが、僧となって五年以上もたつ正近には大した労ではない。大路を一つ下るごとに人の姿が増え、活気が増していく。托鉢(たくはつ)修行を装いながら荷車を引いた商人や物売りの女、その間を走り抜ける子供たちを避けて歩く正近の前に、立ち並ぶ店屋の軒と芋の子を洗うような人ごみが現れた。日暮れ前の東市は、投げ売りの品を目当てに多くの客が詰めかける。特に米や餅、乾物に菓子を扱う店の辺りには人だかりができ、その後ろを通り抜けるのも一苦労というありさまだった。正近は市を大きく回り込み、心なし人気の乏しい辺りへ出た。食べ物と布を扱う店の客は女子供ばかりだが、この辺りは厳めしい顔つきの男が多い。店屋の筵の隙間から見えたのは、太刀や(やじり)、馬具のほの暗い煌めき。武器屋だった。

 僧形の正近を睨む男たちの間を足早に通り過ぎ、彼は刀屋の筵を上げて中を覗いた。鋼が石に擦れる音が、暗がりの寒々しさを際立たせる。売り物らしい刀の並ぶ(むしろ)の後ろで地べたに座り込み、砥石を使っている中年の店主を見つけた正近は、己の父よりも年嵩(としかさ)の男にぶっきらぼうな口調で声をかけた。


「見せてもらうぞ」


店主は聞こえているのか居ないのか、返事もせずに刀を研ぎ続けている。正近は構わず筵の前にかがみ、並んだ太刀を手にとっては品定めしていった。鞘から抜いて錆びを見、縦にして刀身の幅と歪みを見、爪の先で弾いて鋼の音を聞く。それを何度か繰り返していた正近に、店主はおもむろに話しかけた。


「遠国にでも勧進(かんじん)に行くのかい。護身用なら、短刀の方が良いよ。盗人は狭いところで襲ってくるもんだからね」

「俺のじゃあない。元服する十六の子にやる」


稽古に身の入らない遮那王を思い浮かべて、正近は答えた。僧たちの使う七尺の長刀(なぎなた)を振り上げるのは、あの細腕には難しい。まだ太刀の方が稽古する気になるだろうというのが正近の考えだった。反対に、元服と聞いた店主はため息交じりに笑った。


「そんなら三条か五条の辺りで打ってもらった方が箔がつく。ここに並んでるのは足軽(あしがる)が戦に持っていく刀だ。寸胴(ずんどう)で見栄えは悪いし、大した(こしらえ)はできないよ」

「それでいい。人を斬らせる」


正近は見極めを終えた刀を鞘に戻し、元通りに筵の上へ置いた。ふと視線を感じて顔を上げると、砥ぎ終えた刀を脇へやった店主がまじまじとこちらを見ていた。


「……こいつは驚いた。ご出家の仰ることかね」

「おかしいか。十六で武士の子なら、戦に出て当たり前の歳だ」

「いつの話をしてんのかね、このお坊様は。若い者がやたらめったら戦に出るようじゃ、世も末だろうよ。物騒なのは十五年前でおしまい。あとは余所で勝手にやってくれりゃいいのさ」


店主は呆れかえった様子で胡坐(あぐら)を組み、後ろに置いていた瓶子(へいし)からじかに酒を飲んだ。正近は心臓の辺りの鋭い痛みに拳を握り、とっさに鋭い目で店主を見返した。


「世も末で結構。どうせ人は死ぬもんだ」

「……そうかい」


正近の頑なさに呆れたのか、それとも怯えたのか、店主はそれ以上の反論を止めた。正近は重さの手ごろな、流行よりはやや短めの太刀をひと振り取り上げ、また店主に声をかけた。


「こっちの太刀は、金具を金銅(こんどう)にしてくれ」

「構わんが、仏さんみたいにお堂にでも祀るのかい」


店主の軽口を、正近は鼻で笑った。


「まさか。いつできる」

「来月の今日、ちょうど今頃においで」


商談のまとまった頃合いで、正近は背負っていた布包みを解き、店主に中を見せた。


「分かった。……この辺りはなまくらだが、稽古用には良さそうだ。このまま持ち帰る。支払いはこれで。古いがまだ二貫文くらいにはなるだろう」


遮那王の母から預かった袿は、薄闇の中でも淡く光っている。品としては申し分ないはずだが、店主は少しばかり困ったように首を傾げた。


「見事な袿だが、鍛冶屋に持ってこられてもね。銭は無いのかい」

「あの姦しい布帛(ぬの)屋で両替してこいと言う気か? 勘弁してくれ」


正近が親指でちょいと指した方向からは、織物を買いあさる女たちの興奮した声がひっきりなしに聞こえてくる。耳に突き刺さるその高い声に片目を瞑った正近を見て、店主は小さく肩を竦めた。


「おや、坊様のくせに地獄の鬼より女のが怖いのかい」

「鬼なら調伏(ちょうぶく)すればいいが、女はそうはいかぬ」

「違いないや。今回限りだよ」


差し出された鍛冶の腕に、正近は袿を掛けた。わずかな釣銭を受け取った正近は、稽古用として求めた別の二振りを取り、袿を包んでいた布にくるんで背に担いだ。店を出ようと(きびす)を返しかけた正近は、ふと思い立ってもういちど店主を振り返った。


「この辺りの景気は、近頃どうだ」

「相変わらず米は不作だが、そのほかは特に文句はないね。平家のお侍は行儀も金払いも良い方だし、近頃は入道相国の唐土(もろこし)びいきのお陰で、唐物(からもの)がよく入るようになった。珍しい布を欲しがる女どもが詰めかけて、うちの店の通り道を塞いじまうのは困りものだがね」


店主は受け取った袿を隅に置いて、また刀を研ぎながらそう答えた。正近はまるで菩薩像のように静かな横顔を見て、今度こそ彼に背を向けた。


「では、また来月」


◆物価に関する参考資料

古代・中世都市生活史(物価)データベース(国立歴史民俗博物館HPより)(https://www.rekihaku.ac.jp/up-cgi/login.pl?p=param/ktsb/db_param)

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