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深淵の蜘蛛の深淵レストラン  作者: カニスキー
第一章 深淵レストラン開店前夜
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009:深淵の蜘蛛と【虹色に輝く巨大粘菌茸(レインボースライム・マッシュルーム)】

009:深淵の蜘蛛と【虹色に輝く巨大粘菌茸レインボースライム・マッシュルーム


 街道をノシノシと進む我が巨躯の上では、我が心の至宝たる姪っ子三姉妹――アン、ドゥ、トロワが、何やら楽しげに言葉を交わしている。

 先ほど通り過ぎた村で手に入れた燻製肉もとうに消化し終えたのか、今は次の「美味」への期待で胸を膨らませているようだ。

 我はノッシノッシと歩を進めながら、我が心の至宝である姪っ子達の楽し気な会話に聞き耳を立てていた。


 アンが、我が背の剛毛を楽しそうに掴んでピョンと跳ね、こちらを振り返って言った。

「ねえねえ、おじちゃん! あの砦には、前に人間からもらったクッキーみたいな甘いお菓子や、お肉がぎっしり詰まった美味しいもの、いーっぱいあるかな?」


 ドゥが、アンの動きで少し体勢を崩しながらも、冷静な声で我に問いかけた。

「アンったら、もう食べ物のことばかり。でも、おじちゃん、きっとあの砦には美味しいものがたくさんあるよね! そうそう、おじちゃん、この前、万象の織姫おば様から面白いお話を聞いたの! 遠い異世界から来たっていう四人組の冒険者さんたちのお話なんですけど」


 トロワも、小さな声でキラキラした瞳で我を見上げながら語り掛けてくる。

「それがね、おじちゃん! 一人はすっごく射撃が上手で、あやとりも得意なんだって! もう一人の人はお話がとっても上手で、どんな難しい交渉もまとめちゃうの。それからアイアンゴーレムに乗って戦う人もいて、最後の一人はものすごい力持ちなんだって!」


 アンが、まだ剛毛トランポリンを楽しみながら話を続ける。

「その四人組がお隣の大陸で、悪い人たちが『破壊魔神』とかいう恐ろしいゴーレムを復活させようとしていたのを止めたんだって。」


 ドゥが、落ち着いた声で、我に補足するように説明する。

「その時は、万象の織姫おば様や、他にも色々な種族の方々が協力して、それはもう大変な戦いだったそうよ、おじちゃん」


 トロワが、うっとりとした表情で、小さな声で我に付け加える。

「…うん、おじちゃん、織姫おば様、あやとりはその人に教えてもらったって言ってました…その人、とっても強くて、かっこよかったって…」


 ふむ、万象の織姫が異世界の者と交流とな。

 あの女傑も、随分と変わったものだ。


 我が記憶にある若い頃の織姫といえば、それこそ唯我独尊。

 そのあまりの奔放さと力の強大さ故に、我が姉上とは究極に折り合いが悪く、顔を合わせれば口論、口論がエスカレートすれば即座に殺し合いに発展するのが常であった。


 互いの腕をもいだりもがれたりするのは日常茶飯事。

 二人の喧嘩という名の殺し合いには、天が七色に光ったり、山の向こうにいても爆発音や地鳴りが伝わってきたりしたものだ。

 本気でぶつかり合った後には、誇張なく周囲の地形が変わり果て、それまで生えていた植物の植生までもが根こそぎ変貌してしまう。

  あの二人の「喧嘩」は、もはや天変地異の域に達しておったのだ。


 体の半分を吹き飛ばされて、地面を這いずりながら戻ってきた姉上が「今度こそコロス、コロス!コロシテヤル!」と、体中の傷から血と体液を噴出させながら、痛みに耐えつつ三日三晩、織姫に対して呪詛を履き続けていたのは、本当に怖かった。


 それが今や、異世界の者と協力し、あまつさえ「あやとり」などに興じているとはな。

 …ふふ、あの織姫も、随分と丸くなったものよ。


 もっとも、丸くなったとはいえ、姉上と二人揃うと相変わらず厄介なことに変わりはない。

 数年前のことだ。

 二人がどこからか『究極の美容健康食にして至高の珍味』と噂される『虹色に輝く巨大粘菌茸レインボースライム・マッシュルーム』なるものを大量に持ち帰りおった。

 聞けば、食せば肌は玉のように輝き、一株で10年は若返るという代物らしい。

 だが、その粘菌、特定の条件下で変質しながら爆発的に増殖し、周囲のものを手当たり次第に飲み込み同化するという、とんでもなく厄介な性質を持っていたのだ。


 案の定、姉上と織姫はその管理を怠り、あろうことか我が縄張りの一角でそれを大増殖させてしまった。

 気づいた時には、我が寝床の一部が美しい虹色の、しかし得体の知れないゼリー状の物体に飲み込まれ、ブクブクと不気味な泡を立てておった。


 あの数日間は、食事もままならず、自分の巣が虹色の悪夢に侵食される恐怖に苛まれたものだ。

 最終的には、姉上と織姫が(それはもう大変な騒動の末に、互いに責任をなすりつけ合いながら)何とか処理したが、あの粘菌の甘ったるい匂いと、全てを飲み込もうとする不気味な脈動は、今でも我がトラウマの一つよ。

 あれはあれで、一種の友情の形なのであろうが、迷惑この上ない。


 そんな感慨にふけっていると、やがて木々の切れ間から、巨大な石造りの壁が見えてきた。

 あれが人間の言う「砦」というやつか。

 なるほど、深淵の岩盤とは趣が異なるが、それなりに頑丈そうではある。

「おー!あれがお城っていうやつだね!大きいねー!」

「本当だ。あの壁の上、何か小さいものがたくさん動いている。あれは何だろう?」

  ドゥが、その優れた視力で壁の上の蠢く何かを捉えたようだ。


 我も目を凝らしてみる。

 確かに、壁の上や門の前で、脆弱なる人間たちが慌ただしく動き回っているのが見える。

 何やら長い棒のようなものを振り回したり、大きな何かを運んだりしているようだ。

「ふむ、あれは人間だな。我らの到着に合わせて、何か歓迎の準備でもしておるのだろう。随分と物々しいことだ。伊勢馬場の主人は、よほど礼儀正しいと見える」

 我は、姪っ子たちにそう説明してやった。


 あの伊勢馬場のことだ。

 この深淵の王たる我を打ち負かすほどの実力者。

 彼奴ほどの男であれば、我がこの砦に近づいていることなど、とうに察知しているに違いない。

 そして、盛大な歓迎の宴くらいは用意させているだろう。

 なにせ、一度とことん拳を交えた者同士というのは、多くを語らずとも心通じる親友となるものだからな。


「へー!お祭りかな? お肉とか、いっぱいあるといいなー!」

 アンは、歓迎の言葉を都合よく解釈し、目を輝かせている。

「…でも、なんだか、あの人間さんたち、こっちを見てすごくビックリしてるみたいだよ?」

 トロワが、不思議そうに首を傾げる。

 確かに、遠目にもわかるほど、壁の上の人間たちが右往左往し、何やら叫んでいるようにも見える。

 中には、こちらを指差して腰を抜かしている者もいるようだ。

「ククク、無理もない。この深淵の王たる我が、直々に訪れてやったのだ。その威容に驚き、恐れおののくのも当然よ。あるいは、あまりの喜びに打ち震えているのかもしれんな」

 我は、そう言って豪快に笑った。

「それより姪っ子たちよ、あの砦に着いたら、まずは伊勢馬場を探し出すのだ。そして、あの婆娑羅曼荼羅蜥蜴の料理人の料理を、とくと味わってやろうではないか」

「「「はーい!」」」

 姪っ子たちの元気な返事が、のどかな街道に響き渡る。

 ただ、この先に待つであろう未知なる「美味」への期待だけが、我らの胸を満たしているのであった。



【レインボースライムマッシュルーム】

評価★★★★☆(変質後は逆に捕食されるので極めて危険)


 究極の美容珍味。虹色に輝くゼリー状の菌類で、甘く官能的な香りを放つ。

 一株で十年は若返ると言われるが、その管理は極めて難しく、特定の条件下で爆発的に変質増殖し、周囲の環境を取り込み同化する性質を持つ。

 増殖前なら、甘く癖のない味で美味しいらしい。


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