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深淵の蜘蛛の深淵レストラン  作者: カニスキー
第二章 開店!深淵レストラン
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029:深淵の蜘蛛と【祝福と反省の果物ジュース】

029:深淵の蜘蛛と【祝福と反省の果物ジュース】


 双子の月が森の梢に銀の光を投げかけ、夜の帳が静かに世界を包み込む。

 

 初めての客、グレン夫妻が満足げな顔で帰っていった後、『深淵レストラン』の厨房は、心地よい疲労感と、それ以上の達成感に満ちた、温かい静寂に包まれていた。


「「「かんぱーい!!」」」

 その静寂を破ったのは、本来の蜘蛛の姿に戻ったアン、ドゥ、トロワ、三姉妹の元気な声だった。

 我もまた、慣れぬ人間の姿から解放され、8本の脚でどっしりと大地を踏みしめる。

 やはり、この姿が一番しっくりくるな。


 グラスとして使っているのは、深淵の闇の中で自ら淡い光を放つ『月光水晶』を、我自ら丁寧にくり抜いて作った特製のグラスだ。

 その中に満たされているのは、厨房に残った果実や木の実を、我が自慢の氷結糸でキンキンに冷やして作った特製ジュースである。


「くぅーっ!美味い!この一杯のために生きておるぅぅ!」

 高らかに叫び、ジュースを呷る。 うん、我ながら完璧な出来だ。

 姪たちも、口の周りをジュースでべとべとにしながら、満面の笑みでそれを飲み干している。


「やったね、おじちゃん!お客さん、すっごく喜んでた!」

 元気いっぱいのアンが、嬉しそうに八本の脚をばたつかせる。


「ええ。最後のおじちゃんとおばちゃんの笑顔、とても素敵だったわ」

 ドゥは冷静に、しかしその瞳は確かな喜びに輝きながら、グラスをそっと傾けた。


「…うん、また来てくれるって」

 トロワははにかみながら、我が脚にこてんと頭を預けてきた。

 その仕草が、何とも愛らしい。


 口々に今日の成功を喜び合う。

 そうだ、確かに上手くいった。

 あのグレンと名乗った男の、最初は鉄仮面のように険しかった顔が、我らの一皿ごとに和らぎ、最後には年相応の穏やかな表情へと変わっていった。

 その妻もまた、終始花が咲くような笑みを浮かべ、我らの料理を心から楽しんでくれた。

 これこそ、我らが求めていた料理のもつ力の具現である!


 かつて深淵の底で孤独に狩りを続けていた頃の我には、想像もつかなかった、温かく満ち足りた光景だった。

 腹の底から、確かな満足感が込み上げてくる。


 だが、と我は思う。

 祝勝会に浮かれてばかりでは、成長はない。

 我は一つ咳払いをすると、厳かに、しかしどこか誇らしげに宣言した。


「うむ!祝勝会はここまでだ!これより、第一回『深淵レストラン』反省会を執り行う!」


「「「はーい!」」」と元気よく返事をする姪たちを前に、我は司会役として、八本の脚の一本をすっと挙げた。


「さて、皆の者。今日の営業、我は正直、綱渡りであった。あの男が胃を弱らせていると聞き、我なりに必死に知識を総動員して、それらしい薬草や茸を煮込んだスープを作ってはみたが…あれは、まぐれだ。もう一度同じものを作れと言われて、美味しくできる自信が、我には全くない!皆はどう思う?何が問題だったか、意見を聞かせてほしい」


 我の言葉に、三姉妹は顔を見合わせ、少し考え込む。

 最初に口火を切ったのは、やはりアンだった。


「はい、おじちゃん!やっぱり、お肉がなかったのが問題だと思う!せっかくサラマンダーを捕まえたのに、暴れて逃げられちゃったし…。人間の体だと蜘蛛の時と勝手が違うんだね。今回はお客さん、お腹が痛いって言ってたからお肉は出さないでよかったけど、やっぱりドーンとしたお肉料理がないと、レストランって感じがしないもん!」


「うむ、確かに。人間の体の時は、サラマンダーごときでも手こずってしまうのには驚いたな。早急に肉料理の安定供給の方策が必要だ。」

 我はアンの意見に頷く。


 すると、ドゥが冷静に付け加えた。

「パンも問題だったよ、おじちゃん。今回は燻し木の里のおばあさんの差し入れがあったから良かったけれど、もしそれがなかったら、スープときのこだけになってたよ。自分たちで焼けるようにならないと、本当の意味でお客様をもてなすことはできないと思う」


「パンか…。確かに、我らの料理にはまだ足りぬものが多い。レパートリーを増やすのは急務だな」

 我は唸った。


「あのね…」

 今度は、トロワがおずおずと口を開いた。

「グレンさんと奥さん、最初、ここがレストランだって分かってなかったみたい…。もしかしたら、人間のレストランは、もっとキラキラしてて、分かりやすいのかもしれないなって…」

 トロワの言葉に、我はハッとした。


 確かに、我らの店は、見様見真似で作った人間の家っぽい何かだ。

 ノリと勢いでそれっぽく仕上がったと思ったが、たしかに人間から見れば、レストランには見えなかったかもしれん。

「飾り付けか…!なるほど、それは盲点であった。店の外観も、もてなしの一部というわけか」


 三姉妹は、それぞれに意見を出し合い、ああでもないこうでもないと議論を始める。

 その手探りの姿が、なんとも頼もしく、そして微笑ましい。

 やがて、ドゥがもう一つ、思い出したように言った。


「それから、最後のお会計の時、困らせてちゃった。お金、というものがよく分からなくて…」

「あー!あれね!」とアンが声を上げる。

「なんで宝石じゃダメなのかな?ピカピカしてて、絶対そっちの方が嬉しいのに!」

 姪っ子達は『金』という馴染みない概念に困惑しているようだった。


「うむ、良い機会だ。お前たちに、人間社会の根幹をなす『金銭』というものについて、このおじちゃんが直々に教えてやろう」

 我は、姪たちの前に屈み、できるだけ優しく、分かりやすいように語りかける。


「よいか。お前たちが森で綺麗な木の実を見つけ、我がお前たちが欲しがっているピカピカ光る石と交換する。これが『交換』だ。だが、いつもお互いに欲しいものを持っているとは限らんな?」


 三姉妹はこくりと頷く。

「そこで人間は考えた。『誰もが欲しがる特別なピカピカの石』を作れば良いんじゃないかとな、つまり『きん』を『おかね』として使い始めたのだ。そんな事をやっているといつしか人間の王様は、たくさんの金を集めて、こう言った。『この紙切れ一枚で、いつでも金と交換してやるぞ』と。すると、重い金を運ばずとも、その紙切れだけで物の交換ができるようになった。これが『金本位制』というやつだ。紙切れの価値は、王様が持つ金の量によって保証されておった」


「ふーん、じゃあ、その王様が嘘つきで、本当は金を持ってなかったらどうなるの?」とドゥが鋭く切り込む。


「良い質問だ、ドゥ!まさにそこが肝よ。やがて人間は、王様が持つ金の量以上に、紙切れをたくさん発行し始めた。そして、いつしか『この紙切れは、王様が大丈夫だと言っているから価値があるのだ』という『信用』そのもので取引するようになった。実際世の中は『信用』で問題なく回っていったのだ、むしろ金の量以上のお金が生まれることにより経済は金の量という制限を超えて活性化していったのだ。もはや、紙切れの裏付けは金ではない。王様の力、その『信用』だけが価値の源泉なのだ。…と」


「すごぉい!魔法みたい!!」

 アンは目の前で奇術師が見事にコインを消したみたいにキラキラとした瞳で手をたたく。


「でも、その『信用』って、もし王様が何か悪いことをして、みんなが『もう信じられない!』ってなったら、ただの紙切れに戻っちゃうってことよね?すごく脆い仕組みだわ」

 ドゥは、腕を組みながら思考にもぐり。


「…じゃあ、おじちゃんが『この石ころは、すごく甘いお菓子だよ』って言ったら、石ころもご馳走になるの…?」

 トロワは、なんか核心を付く鋭い事を言っていた。


「だが、しょせん人間!まだまだ甘いと言わざるを得ない!我の八つの瞳はその先を見据えておるのだ!」

 我は立ち上がり、ノリノリで八本の脚をリズミカルに動かしながら、壮大な構想を語り始めた。


「紙切れなど、燃えれば灰、濡れればただのゴミ!偽造もされれば、盗まれもする!なんと不完全なシステムか!だが、この我ならば、その全ての問題を解決できる!良いか、よく聞け!紙幣経済の次に来るもの、それは『蜘蛛ペイ』だ!」


我は、一本の脚の先から、キラキラと輝く極細の魔糸を一本、紡ぎ出す。

「この糸を、客の魂に直接結びつける!一度結べば、その者だけの唯一無二の証となる!偽造など不可能!盗むことも不可能!なぜなら、魂そのものが財布となるのだからな!支払いも、指を鳴らすだけで完了する!これぞ、究極の個人認証にして、至高の決済システム!まさに理想の通貨ではないか!」


 我の深淵なる知識の奥底で、この『蜘蛛ペイ』のさらなる発展した未来が展開されていく!

「ククク…それだけではないぞ。魂に結びついた糸を通して、蜘蛛ペイポイントは『信用』だけでなく、『能力』や『影響力』、果ては『欲望』の揺らぎすらも数値として仮想ポイントに変換できる。すなわち利用者のすべてをリアルタイムで監視できるのだ。奴らは、まるで光に集まる羽虫のように、経済という名の餌につられ、我の張り巡らせた蜘蛛ペイという罠に飛び込んでくる!もはや、これは経済活動ではない!これこそが、次世代の蜘蛛の『狩り』の形なのだぁ!」

 我の八つの複眼が、獲物を前にした狩人のように、ギラリと怪しい光を放った、その時だった。


「ねえ、おじちゃん」

 アンが、純粋な瞳でこちらを見上げている。

「それって、レストランと関係があるのかな?」

 その、あまりにも純粋で、あまりにも的を射た一言に、我の暴走していた思考は、ピタリと停止した。


 ハッと我に返る。

 いかん、いかん。狩人としての蜘蛛としての本能が少しだけうずいてしまったようだ。

 我は、そこで言葉を切り、ふぅ、とため息をついた。


「話がそれたな、そんなわけでお金としての知識はあったつもりだが、我らの料理がどのくらいの価値なのか、その『塩梅』が全く分からんかった。これも大きな課題だ」

 まあ、金の塩梅については、これから人間社会を観察し、学んでいくとしよう。


 だが、それ以前に、我らがこの地上で活動する上で、避けては通れぬ、もっと根源的な問題がある。

「最後にして最大の問題が、お前たちのその体だ」

 我は、擬態を解いたアンの脚を指差した。

 彼女の黒曜石のような脚に、よく見なければ分からないほどだが、小さな、しかし禍々しい輝きを放つ蜘蛛の魔紋が、うっすらと浮かび上がっている。

 ドゥとトロワの体にも、同様の紋様が確認できた。


「…脱皮による成長は人間への擬態を可能としたが、まだ不完全なようだ。この魔紋は、お前たちの魔力が効率的に運用されている証だが、まだまだ小さく不安定だ。長時間人間の姿を維持するにはまだまだ成長と訓練が必要になるだろう」

 我の診断に、三姉妹は不安げな顔になる。


「どのくらい、人間の姿でいられるの?」

「そうだな…今のお前たちなら、もって1日、24時間は難しいといったところか。そして、一度蜘蛛の姿に戻れば、再び擬態できるようになるまで、おそらく三日ほどの休息が必要だろう」

 これは、大きな制約だ。

 人間の里へ料理の勉強や市場の調査に行くにしても、この制限を考慮せねばなるまい。


「…課題が、山積みだね」

 我の言葉に、厨房は再び静寂に包まれた。

 だが、それは先ほどまでの温かい静寂とは違う、未来への挑戦を見据えた、心地よい緊張感をはらんだ静寂だった。


「よし、決めた!」

 我は、姪たちの顔を一人ずつ見渡し、力強く宣言した。

「当面はレストランはお前たちの人化のスケジュールに合わせて、三日に一日の営業することにしよう。そして次のオープンの前に、人間の里に赴き、今言った課題を解決するヒントを探すことにしよう!!」


「「「おーっ!!」」」

 三姉妹の、力強い声が厨房に響き渡る。


 そうだ、それでこそ我が姪。

 我らは、この新たな挑戦に胸を躍らせながら、厨房の片付けを始めた。 未知なる美味と、まだ見ぬ客との出会いを夢見て。

 深淵レストランの、本当の冒険は、まだ始まったばかりなのだ。



【祝杯の反省の果物ジュース】

 評価:★★★★☆(キンキンに冷えてやがる)


 深淵レストラン、記念すべき初営業の打ち上げで振る舞われた特製ジュース。

 厨房に残っていた様々な果実や木の実を、深淵の蜘蛛が自慢の氷結糸を駆使してシャーベット状にし、霊峰の岩清水で割ったもの。

 深淵の蜘蛛が月光水晶を削りだして作ったグラスに入れると、通常よりも長い時間キンキン状態が維持される。

 それぞれの素材が持つ自然な甘みと酸味、そしてシャリシャリとした食感が、疲れた体に優しく染み渡る。

 この一杯が、彼らの新たな門出を祝福し、次なる挑戦への活力を与えたことは言うまでもない。



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