024:万象の織姫と【黒曜石の薔薇の紋章【レプリカ】】
024:万象の織姫と【黒曜石の薔薇の紋章【レプリカ】】
せっかく悪辣な輩達から救って差し上げたのに、目の前の二人の雌は目がイッちゃってますわね。
どうしたものかと考えていると、ふと茶髪の雌の手首に巻かれているエンブレムを見て、わたくしの背に氷柱を突き刺されたような衝撃が走りました!
間違いありません、茶髪の雌の手首に巻かれているエンブレムは『ローズ・オブ・オブシディアン』!
私の愛のバイブル『極悪女王にとらわれた可憐な王子様を助けるため、正義の乙女は今日も奮闘します』(略称おとふん)の読者アンケートのお礼に抽選3名に配られた、王子が持っているオブシディアン家を表すエンブレムのレプリカ!!
何故?そんなに詳しいかですって?
それは、もちろん私も持っているからに決まっていますわ!
ちなみに、応募券を獲得するために、アンケート応募期間中は本が発売される度に可能な限り本を買い取らせてもらいましたからね!
しかしながら、安心できませんわ。
この人間の雌が、本当に我が同胞なのか、どうやら調べてみないといけませんわ。
「お前たちに慈悲を与えてやろう。今から三つの質問をする、もしこの質問に答えることが出来たらお前たちを無事に返してやろう」
まずはジャブですわ、おとふん第二巻でヒロインが極悪女王に捕らえられた時、拷問官に言われたセリフです。
金髪の雌は地獄に仏のような顔をして、なんでも聞いてくださいと言わんばかりに顔を輝かせた。
だが、茶髪の雌の方は、わたくしの意図を正確に読み取り、不敵な笑みを浮かべてこう言い放ちました。
「断る!!お前みたいな下劣な者たちに、屈する事などありはしない!!」
金髪の雌は顔面蒼白になって、茶髪の雌につかみかかって、「ちょっとあなた何言っているのよ!!」と泣きながら問い詰めていますわね。
ほほう、一字一句間違いはございませんね、まずは第一関門突破ですわ!
面白くなってきましたわ、次に行きますわよ!!
「状況が分かっていないようね。貴様の内臓を引きずり出した時も同じセリフを吐けるのか見ものだわ!」
これは第五巻、ヒロインの乙女エララが影の将軍に捕らえられた際の尋問シーン!将軍のドSっぷりが炸裂する、ファンにはたまらない名場面ですわ!
金髪の雌が「内臓!?ひ、引きずり出すですって!?やめてメアリ!謝って!早く土下座して謝るのよ!殺されるわ!」と必死に茶髪の雌を止めようとしていますが、もう遅いですわ。
茶髪の雌 -メアリは、その手をそっと振り払うと、恍惚とした表情で、天を仰ぎながら答えます。
「たとえ私たちが八つ裂きにされようとも!いつの日にか私の同志たちが、下劣なお前の喉笛を必ず噛み千切りにやって来る!さぁ!早く私を殺してみるが良い!!」
か、完璧ですわ!これも第五巻でエララが将軍に啖呵を切って、逆に将軍をビビらせるシーンの再現ですわ!!
声の震え、間の取り方、あの絶妙な表現!この雌、わたくしと同じ、相当な手練れですわね!
金髪の雌は「もう…だめ…」と短い言葉を残して白目を剥き、その場に崩れ落ちたみたいですわ。
もはや、わたくしたちの間に言葉は不要。
これは、魂と魂の対話。
わたくしは感極まって、涙ぐみながら最後の問いを投げかけました!
「そこまで言うのなら答えなさい!貴女が、命を賭して戦う理由は、一体何なの!!!」
これは第六巻、極悪女王との対決シーンで、極悪女王がエララに送った問いかけ!
ファンであれば、誰もが涙した名シーン!
すると茶髪の雌も、胸に手を当て、その瞳に大粒の涙を溜めて、叫び返しました。
「決まっているでしょう…!愛する人の笑顔!それこそが、私の唯一つの真実なのだから!!」
「「……!!」」
一瞬の静寂。
そして、わたくしたち二人は、同時に泣き崩れました。
「あ、あなたも…あなたも『おとふん』のファンでしたのねーーっ!!」
「は、はいぃぃ!まさかこんなところで即興でのセリフ合わせができるなんて、感無量ですぅぅぅ!」
わたくしたちは互いに駆け寄り、固い握手を交わしました。ああ、同志よ!この世界で、これほどまでに魂を通わせられる存在に出会えるなんて!
わたくしたちは日が暮れるのもお構いなしでどっぷりと濃厚な『おとふん』話に花を咲かせまして、すっかり打ち解けておりました。
素晴らしい時間でしたわ。
私に『おとふん』を薦めてきた我が眷属との会話でさえ、ここまで濃密な共感は得られませんでしたもの。
むしろアイツは『あっ、私、ショタ目的でおとふん買ってるんじゃないんで、アルベルト×アラン目的なんで』とか言って、話していても同じ作品の話をしている感じがしないのですわ。
それに比べて、目の前の茶髪の人間の雌であるメアリはどうでしょう。
打てば響く鐘のように、話せば話すほど新しい世界が拓けていくのです。
『おとふん』という広大な宇宙に、わたくしとは全く異なる座標軸から光を当ててくる、まさに未知との遭遇!
擦り切れるほど読み込んでいるはずの我が愛のバイブルに、まさかあのような深遠な解釈があったなんて!
まるで目の前の霧が晴れていくようですわ!
まさか、あの王子が裸足でヒロインの顔を踏みつける行為に、あのような意味が隠されていたなんて!
そうなると今までのエララの行動の意味が根底から覆りますわ!
帰ってもう一度ゆっくり読み返してみましょう!!
同志と認めたからには、このまま巨大な蜘蛛の姿で話すのも無粋というもの。
同じ目線で語り合う為に、わたくしは万象具現の力で、人間と何ら変わらぬ姿へと変身いたしました。
もっとも、わたくしの美貌は隠しきれないようですけれど。
ようやく意識を取り戻した金髪の雌 -リリィも交え、改めて話を聞くことにいたしましたの。
「それで、一体どうしてあのような輩に絡まれていたのです?それに貴方達からはかすかにですが、わたくしが良く知った匂いを感じるのです」
わたくしが尋ねますと、茶髪の同志 -メアリは、気まずそうに視線を落としました。
「お恥ずかしい話ですが…私たち、騙されて多額の借金を背負ってしまいまして。返済のためにハンターになったは良いものの、経験も浅く、この間も悪い商人に騙されて…」
聞けば、護衛依頼と称して危険な森の奥深くまで連れて行かれ、そこで依頼主が豹変。金目の物を奪われ、危うく奴隷として売られそうになったところを、一体の巨大な蜘蛛の魔獣に助けられたのだとか。
(なんですって…?巨大な蜘蛛…?まさか、あの方では!?)
「その…蜘蛛様は、とても恐ろしい見た目でしたけれど、私たちを助けてくださり、携帯食のお礼にと不思議な鉱石をくださったのです」とリリィが続けます。
「私たちはそれをギルドに持ち込みました。そしたら、それが『深淵魔鉱石』というとんでもない価値のあるもので…!私たちは借金を返済し、さらにお屋敷が買えるほどの大金を手に入れたのです!」
しかし、話はそこで終わりませんでした。
その大金が、新たな不幸を呼び寄せたようですわね。
「その噂を聞きつけたのが、先ほどの盗賊たちでした。私たちは誘拐され、もっと魔鉱石を持っていないか、どこで手に入れたのかと、拷問まがいの尋問を受けました」
メアリの瞳に、再び恐怖の色が浮かびます。
「私たちは正直に、『深淵の蜘蛛様にいただいた』と話しました。でも、彼らは信じてくれなかった。『そんな強力な魔獣が、こんな森の入り口にいるはずがない』と。嘘をついていると思われ、逆上した彼らに…今度こそ殺されると…」
そこまで話すと、二人はわたくしの方を真っ直ぐに見つめ、深く、深く頭を下げました。
「そこを、貴女様が助けてくださったのです。本当に…本当に、ありがとうございました…!」
…なるほど。全ての点が、線で繋がりましたわ。
この者たちを助けたのは、やはり、わたくしの愛しいあの方。
そして、そのあの方との縁が、巡り巡って、わたくしとこの者たちを引き合わせた。
これもまた、運命の糸の導き、というわけですわね。
ふふ、面白いではございませんか。
あの方が遺したささやかな善意を、わたくしが引き継ぐ。
なんだか、共同作業のようで、胸がキュンといたしますわ。
おとふん談義が楽しかったせいでしょうか、話の流れで、わたくしもつい自分の身の上を二人に話してしまいましたの。
長年競い合ってきた宿敵の、その弟君に心を奪われてしまったこと。
その宿敵が所帯を持って、今ではライバルというより親友のような関係になり、乗り越えるべき最大の障害がなくなってしまったこと。
そのせいで、かえってあの方にどう接して良いかわからなくなってしまい、いざご本人を前にすると、いつもの余裕綽々なわたくしではいられなくなる、このヘタレな乙女心を。
目の前の二人は、わたくしの話を真剣に聞いてくれましたわ。
メアリは、我がことのように悔しそうな、それでいて深く同情するような瞳で、わたくしの手を固く握りしめてこう言いました。
「そんな…!なんて健気で、いじらしい恋心なのでしょう…!織姫様、分かりますわ。好きな人の前だとうまく振る舞えなくなってしまう、そのお気持ち…!でも、ずっと一途に想い続けているそのお姿は、本当に美しいですわ!」
リリィも、まだ少し顔は青いですが、必死に頷きながら続けます。
「そ、そうです!それに、その蜘蛛様は私たちの命の恩人でもあるんです!私たち、微力ながら、ぜひ織姫様のお力になりたいのです!いえ、ならせてください!このご恩は、必ずお返しいたします!」
まあ、なんと心強い同志たちでしょう!
あの方が繋いでくださったこの縁、無駄にはいたしませんわ。
ええ、見てらっしゃいな、我が愛しの君。
この者たちの力を借りて、今度こそ、このヘタレな恋心に終止符を打ってみせますから!
【黒曜石の薔薇の紋章【レプリカ】】
評価:★★☆☆☆(マニアからの評価は★★★★★)
『極悪女王にとらわれた可憐な王子様を助けるため、正義の乙女は今日も奮闘します』(略称おとふん)の読者アンケートの賞品として作られた、作中の王子が持つオブシディアン家の紋章のレプリカ。
限定3個の抽選プレゼント品である。
業界裏話として、このプレゼント企画は本についている応募券で応募する形式だったのだが、その巻が発売される度に完売し、応募券が全て同じ筆跡で編集部に送り付けられてくるという異常事態が発生した。
あまりの異常事態に、応募券に書かれた住所を確認しに行った若手編集部員が見たものは、誰も住んでいないはずの古い洋館だったという。
売り上げは爆発的に伸びたものの、空恐ろしい何かを感じた編集長が、その読者の応募分だけは抽選せずに当たりとし、しばらく読者アンケート企画を取りやめたという、少しばかり怖い逸話が残っている。




