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深淵の蜘蛛の深淵レストラン  作者: カニスキー
第一章 深淵レストラン開店前夜
15/29

015:蜘蛛少女アンと【秘密の丸薬】

015:蜘蛛少女アンと【秘密の丸薬】


 あたしのおじちゃんは、世界で一番強くて、かっこいい。

 黒曜石みたいにツヤツヤで真っ黒な大きな体。

 たくさんあるキラキラの瞳は、あたしたちが何を考えているか、まるでいつもお見通しみたい。

 その太くて優しい脚で、どんなに高いところにもひょいと登っちゃうし、深くて低い声は、聞いているだけで安心する。

 おじちゃんは、あたしたちの自慢の、深淵の王様なんだ!


 でも、空飛ぶおっきなトカゲさんとの戦いは、すごくこわかった。

 さいごにおじちゃんの体から出たすごい光と、トカゲさんのすごい光がぶつかった瞬間、隣にいたお猿さんと黒い人間さんがあたしたちをひょいと抱えて、あっという間に遠くまで飛んでくれた。

 次の瞬間、世界から音が消えちゃった。


 しばらくして、地面がビリビリって震えて、熱くて爆弾みたいな風があたしたちの体を叩いた。あたしたちがさっきまでいた場所は、地面が大きくえぐれて、何もかもが消し飛んでいた。


 こわくて、心配で、おじちゃんがいた方を見ていたら、森の奥から伊勢馬場が歩いてきた。

 その肩には、ぐったりしたおじちゃんが乗せられていた。

 おじちゃんの黒くて頑丈な脚が、だらーんと力なく地面を引きずって、体のあちこちの傷からは、黒い血がポタポタと落ちていた。


 伊勢馬場は、そーっとおじちゃんを地面に下ろして、あたしたちには分からない難しい話をお猿さんたちとはじめた。

 あたしには何もできなくて、ただ泣きながら、まだ少し温かいおじちゃんの体にぎゅっとしがみつくだけだった。

 話が終わったのか、お猿さんと人間さんが帰ろうとした時、お猿さんがあたしを見て、指でくいくいって「こっちにおいで」って呼んだ。

 怖くなかったからそばに行くと、お猿さんはあたしの頭を優しく撫でて、どこからか出した丸いお薬をくれた。

 その目はすごく優しくて、あたしは嬉しくなって、八本の足で、ぎゅーってお猿さんを抱きしめた。


 二人が去ると、伊勢馬場はまたおじちゃんを肩に担いで、あたしたちを近くの洞窟に連れて行ってくれた。

 洞窟の中で、伊勢馬場は手際よくおじちゃんの傷の手当てをして、包帯をきれいに巻いてくれた。

 あたしがさっきもらったお薬を差し出すと、伊勢馬場は頷いて、それを自分の口に放り込んでバリバリって噛み砕いて、おじちゃんの口を無理やりこじ開けた。

 そして、だばーっとお薬を流し込んで、おじちゃんの口を閉じさせた。


 しばらくしたらおじちゃんの体がビックンって大きく跳ね上がった。

 私たちはおじちゃんが死んじゃったのかもと思って泣きながらおじちゃんの体に縋り付いたけど、それからおじちゃんの目がうっすらと開いて、私たちは嬉しくっていっぱい泣いた。

 伊勢馬場は水筒のお水をおじちゃんの口元に持っていって、ゆっくり飲ませてあげていた。

 伊勢馬場は、しばらくおじちゃんの瞳を覗き込んだり、傷口に触れたりして、難しい顔をしていた。

 そして、あたしたちの頭を優しく撫でて、こう言ったんだ。

「必ず戻ってきますから、心配しないでお待ちください」

 そう言って一人で洞窟から去っていった。


 おじちゃんが目を覚ましてから、二晩が過ぎた。

 でも、おじちゃんの様子はやっぱりおかしかった。

 いつもはツヤツヤな黒い体が、なんだかカサカサして、光ってない。

 いつもはあたしたち一人ひとりのことを見てくれるたくさんの瞳が、なんだかぼーっとして、ずっと遠くを見ているみたい。

 あたしには分かる。おじちゃんは、すごくすごく、つらそうだった。


「ねえ、おじちゃん、見て!見て!」 トロワがいつものように自慢のアヤトリをおじちゃんに見せつけていた。

 でも、おじちゃんは少しだけ困った顔をして、「すまぬな、少し疲れておるのだ」って言ってぼーっと壁をみていた。

 いつもなら、トロワのアヤトリを見て、「おお!これはなんと見事な造形美か!トロワよ、お前は天才か!?」って、あたしたちがびっくりするくらい褒めてくれるのに。

 おじちゃんは、トロワが作った傑作の「おじちゃん」を、ただぼんやりと見ているだけだった。

 トロワが悲しそうにうつむくのを見ていると、私も胸がキュウって苦しくなった。


 あたしたちは、おじちゃんのために何かできることはないか、一生懸命考えた。

 そうだ、美味しいものを食べたら、きっと元気になるはず!

 あたしたちは、慣れない地上の森を探検して、おじちゃんが好きそうなものをたくさん集めてきた。

 トロワが見つけた、なんだか良い匂いがするキノコ。

 ドゥが捕まえた、ピチピチ跳ねるお魚。

 そしてあたしは、一番色がきれいで、とっても美味しそうに見えた、真っ赤な実を見つけた。

「おじちゃん、これ、食べて元気だして!」 あたしが自信満々でその実を差し出すと、おじちゃんはゆっくりとそれを口に運んで、「うむ、これは…美味いな。とても、甘い」と言ってくれた。

 やった!やっぱりおじちゃん、喜んでくれた!


 でも、ドゥだけは、じっとおじちゃんの顔を見つめていた。

 そして、あたしたちも一個ずつ、その真っ赤な実を食べてみた。

「…すっぱ!?」

 口の中がキューってなって、思わず顔をしかめちゃうくらい、酸っぱい!

 甘くなんて、全然ない。

 その瞬間、洞窟の空気が、シン、と静かになった。

 おじちゃんが、あたしたちを見て、すごく悲しくて申し訳なさそうな顔をしていた。


 おじちゃんは、あたしたちを深淵から連れ出してくれた。

 もっと美味しいものを、キラキラしたものを、一緒に見つけて食べようって、そう言ってくれた。

 それなのに、あたしが見つけてきた、この真っ赤な実の味すら、もうおじちゃんには分からないんだ。 これから、どんなに美味しいものを見つけても、おじちゃんはずっと、砂を噛むみたいに食べるのかな。

 そう考えたら、あたしの胸も、キューって、すっぱい実を食べた時みたいに痛くなった。

「ご、ごめんね、おじちゃん…!」

 あたしはわっと泣き出しちゃった。あたしたちが弱いから、おじちゃんは無理して戦って、それで、それで…。

 違う、って言ってほしかった。でも、おじちゃんは何も言ってくれなくて、ただ、すごくつらそうな顔で目をつぶるだけだった。


 もう、どうしたらいいか分からなくて、あたしたちがただしくしく泣いていると、洞窟の入り口の暗闇に、ぽつ、ぽつ、と二つの小さな光が灯った。

 やってきたのは、大きな荷物を抱えた伊勢馬場と、白いコックコートを着た知らない男の人だった。

 その男の人は、弱っているおじちゃんを一目見ると、静かに、でもすごく力強い声でこう言ったんだ。


「王よ、ご安心を。このジャン=ピエール、貴殿に受けた大恩、我が料理の全てを以て、必ずやお返しいたします」

 なんだかよく分からないけど、その人の声を聞いたら、おじちゃんを助けてくれるかもしれないって、そう思った。



【秘密の丸薬】

 評価★☆☆☆☆(あまり美味しくない)


 猿がくれた、不思議な力を秘めた丸薬。

 その正体は、「金丹」と呼ばれる、不老不死の仙人になるための究極の秘薬の試作品である。

 その完成のため、古来よりあらゆる天才、奇才たちが人生の全てを捧げ、想像を絶する試行錯誤を繰り返しているという。

 この丸薬は、そんな伝説の秘薬には遠く及ばぬ、しがない試作品の一つに過ぎない。

 だが、不老不死の奇跡には届かぬまでも、消えかけた魂を現世に繋ぎ止めるほどの確かな効能を秘めている。

 猿がどうやってこれを手に入れたのか、それは、、、ん?誰か来たようだ、、、ちょっと見てこよう、、、


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