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深淵の蜘蛛の深淵レストラン  作者: カニスキー
第一章 深淵レストラン開店前夜
12/29

012:深淵の蜘蛛と【猿がくれたもちもち団子】

012:深淵の蜘蛛と【猿がくれたもちもち団子】


「誇り高き蜘蛛の王よ。その礼節に、心からの敬意を。いざ、尋常に…」

 ミハエルの言葉が終わるか終わらないかの刹那、奴の姿が掻き消えた。


 否、消えたのではない。

 我が未来視の魔眼すらも置き去りにするほどの、神速の踏み込み。

 空気が悲鳴を上げ、ミハエルが立っていた地面が円形に爆ぜる。

 奴は地を蹴ったのではない、空間そのものを蹴り飛ばしたのだ!


「面白いッ!」

 理性を置き去りにし、闘争の本能が歓喜の雄叫びを上げる。

 我が八本の脚は、思考よりも速く、最適解を導き出していた。

 蜘蛛の糸で編んだ罠ではない。

 この戦場そのものを、我が巣へと変貌させる。

 大地から、木々から、空間の歪みから、目に見えぬほどの極細の魔糸を無数に張り巡らせる。

 触れれば最後、我が意のままに動きを封じる絶対支配の領域だ。


 だが、ミハエルはその全てを「見て」いた。

 奴は、まるで水面を滑るように、糸と糸の僅かな隙間を、ありえない角度で摺り抜けてくる。

 その動きは、体術というよりも舞踊。


 時折、不意に背を向け、滑るように後退する奇妙なステップは、我が予測演算を僅かに、しかし確実に狂わせる。

 あれが、人間界の舞踏術とやらか。面白い!


 ならばと、未来視を攻撃に転用する。

 奴が次に踏み込むであろう空間、その一点に狙いを定め、八本の脚から同時に高密度の魔糸の槍を放つ!

 回避不能の全方位攻撃!


 しかし、ミハエルは笑っていた。

 奴は、我が攻撃が放たれるコンマ一秒前に、まるでコマ送りのようにカクカクと不自然な動きで体勢を崩し、全ての槍を紙一重で見切りおった!


「くっ…!」

 この我の未来視による攻撃を、ことごとく見切るだと?

 奴もまた、未来を見ているのか!?


 ミハエルは不敵に笑うと、見惚れるほどの軽快なステップを披露して、我が注意を惹きつけた。

 その隙に、奴は信じがたい踏み込みで結界の間際まで肉薄していた。


 奴の狙いは、この結界そのものを透過する一撃だった!

「――寸勁!」

 ミハエルの短い呼気と共に、ゼロ距離から、最小限の動きで拳が放たれる。

 それは、力任せの打撃ではない。全身のバネ、捻り、その全てを凝縮し、一点に爆発させる浸透勁。


 ゴォンッ!

 結界は砕けない。しかし、拳が触れた一点から、衝撃の波紋が水面のように広がり、結界を透過して我が内腑を直接揺さぶった!

「ぐ、ぉっ…!?」

 外骨格は無傷。

 しかし、内側から叩きつけられたような鈍い衝撃に、呼吸が一瞬止まる。

 なんと厄介な技か!


 次の瞬間、ミハエルの手の中に、一本の棒が出現した。先ほどまで何も持っていなかったはずのその手に、まるで空間から染み出すように、赤黒い光沢を放つ棒が握られていた。


 ミハエルが不敵に笑う。


 その不思議な棒は、天を貫くほどにまで瞬時に伸び、空気を切り裂く轟音と共に、我目掛けて振り下ろされた!

 我は一瞬目を見張った、この世の理にあるまじき挙動、自在に伸縮する金属の棒、この世の理を超えた存在が魔獣なら、このミハエルという人間もまた我らと同じ領域にいるのだと理解した。


 金属の棒のおかげでそれまでの距離の概念が吹き飛ぶ。

 速い、そして重い!

 今までの体術とは比べ物にならぬ、純粋な破壊の質量!

 咄嗟に横へ跳んで避ける。直後、我の背後にあった巨大な岩盤が轟音と共に粉々に砕け散り、凄まじい爆風が巻き起こった。


「ぬぅ…!」

 冷や汗が流れる。

 あれをまともに食らえば、この我の硬い外骨格とて無事では済むまい。

「ならば、これでどうだ!」

 八層の多重結界を瞬時に展開する。

 ただの防御ではない。

 一枚一枚に異なる斥力と引力、そして時間差で発動する反射の概念を付与した、我が秘術の真骨頂だ。

 ミハエルの棒が、雷鳴と共に第一の結界に叩きつけられる!


 ギャァァァンッ!

 鼓膜を突き破るほどの金属音と共に、昼ですら目が眩むほどの激しい火花が炸裂した!

 凄まじい衝撃が結界全体を揺るがし、叩きつけられた一点に、蜘蛛の巣のようなヒビが入る。

 だが、一枚目を突破した棒の勢いは、第二、第三の結界が持つ複雑な斥力と引力によって相殺され、その威力を急激に減衰させていく。


 ミハエルは棒を引くと、今度は棒を使って天高く跳躍した。

 縦横無尽。奴の攻撃は、もはや二次元的なものではない。上空から、側面から、死角から、予測不能な軌道で棒が襲い来る!


「小賢しい!」

 ただ守るだけでは芸がない。

 結界を維持しつつ、内側から無数の糸の刃を放ち、ミハエルを切り刻まんと襲い掛かる。

 だが、奴はその棒を風車のように回転させ、全ての刃を弾ききってしまう。攻防一体。

 なんとまあ、厄介な男よ。

 防戦一方。これほどの屈辱、伊勢馬場との戦い以来か!

 一度距離を取り、息を整える。


 ふと、我が魂の至宝である姪っ子たちの様子が気になり、視線を送った。

 その光景に、我が八つの複眼が全て点になった。


 姪っ子三姉妹――アン、ドゥ、トロワは、いつの間にかミハエルの猿がどこからか取り出したのであろう、古風な茣蓙ござの上にちょこんと座り、呑気にこちらを眺めているではないか。

 しかも、その手には串団子。猿が差し出したのであろう、皿の上にはまだたっぷりと白い団子が積まれている。


 アンなどは、団子を頬張りながら「おじちゃん、がんばえー」などと、まるで運動会でも応援するかのように暢気な声を飛ばしてくる。

 ドゥは冷静に戦況を分析しているのか、時折小さく頷いて入るがその手には団子の串が握られている。              トロワに至っては、団子を食べるのに夢中で、こちらを見ているのかすら怪しい。

 そして、その中心にいる猿。

 奴は、我とミハエルの死闘を、まるで芝居でも観るかのように、腕を組んでふんぞり返り、時折団子を口に運びながら、満足げに頷いている。


 …なんだ、この観客たちは。

 我は命がけで戦っておるというのに、この余裕綽々な態度は。

 舐められたものだ。


 よかろう。

 ならば、見せてやろうではないか。この深淵の王の、本当の力を。観客が退屈せぬよう、もっと派手に、もっと苛烈に、この矮小なる人間を蹂躙してくれよう!


「クク…クハハハハ! 小僧、余興はここまでだ! 我が真の舞を見せてやる!」

 全身の魔紋が禍々しい光を放ち、周囲の空間がギシギシと軋み始める。

 七つの魔眼を解放し、未来視の精度を極限まで高める。

 もはや予測ではない、確定した未来の創造だ!


「小僧、駆け引きとはこうやるのだ!」

 結界での防御に集中していると見せかけ、足元に仕掛けておいた罠を発動させる。

 地面に擬態させていた粘着糸が、ミハエルの着地と同時にその足に絡みついた!

 一瞬、ミハエルの動きが鈍る。


 その刹那、逃さん!


 絡め取った糸を、我が八本の脚全てで掴み、渾身の力で振り回す!

「ぬおおおおおっ!」

 ミハエルの体は、まるで玩具のように宙を舞い、凄まじい速度で地面に、木々に、岩盤に、何度も何度も叩きつけられた!

 地響きが轟き、濛々とした土煙が戦場を覆い隠す。

「…ふん、これで終わりか。」

 勝利を確信し、荒くなった息を整える。


 だが、その時。

 土煙の向こうから、静かな、しかし確かな闘気を纏って、一つの人影がゆっくりと立ち上がった。

 全身から血を流し、衣服はボロボロ。立っているのが不思議なほどの満身創痍。しかし、その口元は、確かに三日月のように歪んでいた。


「…ははっ、参ったな。これは…効いた」

 ミハエルは、口の端から流れる血を無造作に拭うと、再び棒を構え直した。その瞳は、少しも光を失っていない。むしろ、先ほどよりも強く、愉悦に燃え上がっている。


「ほう…まだ、やるか」

 我は、目の前の光景が信じられず、ただ呟いた。


 その瞬間だった。

 天が、にわかにかき曇った。いや、違う。雲ではない。

 天そのものが、巨大な一つの生命体として、我らを見下ろしていた。

 巨大な影。陽光を浴びて白銀に輝く鱗。

そして、この世界の理そのものを体現するかのような、圧倒的な存在感。

「…神竜、アマルガム…」

 我も、ミハエルも、天を仰ぎ、言葉を失った。



【猿がくれたもちもち団子】

 評価★★★★☆(もちもちした歯応えが堪らない)


 猿が自ら作った非売品のおやつ(レシピは門外不出)

 特別な芋を用いることで、もちもちの食感を表している。

 猿が気に入った相手か、子供にしか食べさせないので、ある意味伝説の甘味と言える。


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